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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞

63. 絶体絶命ってこんな感じ 1

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 オルランドは息をのんだ。
 目の前の男は、闇に同化して気配すらない。
 目を閉じれば、存在を認知できないほどだ。
 なのに男は、確かにそこにいた。

 両手に剣を携えている。
 傭兵の格好をしているが、東流派の使徒だ。
 それも尋常ではなく強い。

「いい動きだ、小僧。よく避けた」

 ひどく楽しげな口調だった。
 ニヤッと笑われて、オルランドは右手に剣をかまえた。
 背筋がゾクゾクする。
 相手は確実に自分より強い。

「間違いなく死神だな? こんなところに呼び出しやがって……俺はケルベロスのラクシ」

 ラクシは自然に立っているだけだったが、正攻法では敵わないとオルランドは直感する。
 フウッと息を吐いて、ニコッと笑った。

「ただのお試しにしては危なかったよ。お兄さん、どこから来たの? 剣豪とは別口?」
「俺か? わかっていて聞くな。小僧、それだけ言えれば大したもんだ」

 オルランドの様子を伺っているだけで、双剣を手にしたラクシは近寄ってこなかった。
 こちらの出方を見ているのが痛いほどわかる。

 オルランドはゆっくりと立ち上がり、ラクシとの距離を測った。
 廊下の果て同士なのだから、かなり距離はある。
 それでも、奥義技の射程範囲だった。
 大きく動けば、確実に斬られる。

 剣を手に向かいあうと脳内が奇妙に冷えて、相手のだいたいの力量を感じることができた。
 古い血だけ比べてみればオルランドの方が濃い気がするけれど、年齢差と経験値の差はいかんともしがたい。

 ケルベロスならば流派の要の一人である。
 ガラルドほどではないが、逸話も数多い。
 なにせ相手はケルベロスの名を持つほどの大人で、十三歳をやっと過ぎたオルランドとは比べ物にならない。
 流派の使徒として経験も技も豊富なので、簡単に出し抜けるわけがないのだ。

 これじゃ動けないやと心の中で呟いて、オルランドは眉根を寄せた。
 正面から来ていた四人だけと思っていたのに、もう一人いるとは計算外だった。
 これはまずいぞと頭を悩まして、オルランドは外を指差した。

「いいの? 僕なんかに関わってないで、行かないと危ないよ? お姉さんの命に関わるのに」

 そう、ミレーヌは派手に悲鳴を上げていた。
 黙ってジッとしていれば魔鳥の興味も失せただろうに、あれだけ騒げば寄ってくる。
 檻をグルリと魔鳥に囲まれて慌てたらしい。

 さっきから聞こえてくる叫び声の様子から、どうやら起きていたようだ。
 さらに言えば魔鳥に囲まれるまで、ミレーヌはのんきに食事をしていた。
 どんな状況でも自分らしく行動している。

 エイッと携帯食を遠くに投げればそちらに鳥は離れていったが、奪い合って争うのもほんの少しの間だけで、喰いつくすと次を求めて檻をグイグイと引っ張って揺らす。
 もっとよこせとの要求で、状況を悪化させたに過ぎない。

 聞こえてくる声や音で、そのぐらいのことは目に見えるように想像できた。
 携帯食も三個しかないから、もう餌もないだろう。

「お姉さんがかわいそうだよ」なんて上目使いになってみる。
 もちろん、相手にされなかったが。
 ぶしつけなぐらいオルランドを観察しながらも、ラクシは非常に楽しそうだった。

「俺の役割は、この砦から誰も逃がさないことだ。ミレーヌ様は別係にお任せさ」

 その言い方にオルランドは少し引っかかった。
 逃亡者を捕まえるのがラクシの仕事らしい。
 ならば魔物を退治する四人とは別に、もう一人いるのかもしれない。

 それにしても、まだミレーヌの係は現れない。
 ずいぶん長い間ミレーヌは騒いでいるというのに、ほったらかしである。
 まだ来ていないのか、実はそんな者はいなくてハッタリなのか。
 オルランドにはまったくつかめない。

 だいたい、ラクシだっていつどこから入ってきたのかすら見当もつかないのだ。
 ずっと周辺に気を配っていたのに。
 少しでもラクシの気をそらそうと、ひたすらミレーヌのことを気の毒がって見せた。

「でも、あんなに魔鳥がいっぱいだよ? 古い檻だったから、落ちちゃったら死ぬよ? 早く助けにいかないとかわいそすぎない? 心配だよ?」
「お前がそれを言うのか?」

「だって、すごく錆びていたし」
 オルランドが憐れっぽい表情を作ると、ラクシは肩をすくめた。
「大丈夫さ。元気いっぱいじゃないか」

 そう、キャーッ! とか、ヒーッ!とかミレーヌは叫んでいるが、支柱にしっかりとコアラのようにつかまっていた。
 揺らされても微動だにしていない。
 腰の紐がなくても問題なかっただろう。

 実に騒がしいが、気を失うこともなく立派だった。
 大きくて頑丈な檻のため、魔鳥の爪もくちばしもまったく届かないのも幸いした。
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