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「英雄のしつけかた」 3章 死神と呼ばれる少年
41. 遠征は突然に 2
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と、その時。
ゴンゴンゴン、と背後から拳骨が飛んだ。
ウォ~とうめきながら、殴られた者たちは頭を押さえる。
手加減がなかったらしい。
「この、バカ者どもが。つまらんことを言うな」
いてぇなと文句をいう連中を押しやって、拳を握ったガラルドが顔を出した。
きつい眼差しが、煌々と輝いていた。
「サリに伝えろ。三食ちゃんと食って、しっかり寝ろとな。いい歳のばあさんなんだから、俺たちが帰る前にポックリいくぞ」
戦いを前にした武人の表情をしているのに、口にするのは相変わらずの台詞だった。
「いいか、土産は期待するな」
旅行じゃないのだから、そんなものは思いつきもしなかったと、ミレーヌは眉根を寄せた。
あいかわらず口の悪い人だと思う。
ただ、いつもの調子でガラルドが話してくれたので、ふわっと心が軽くなった。
「身一つで充分ですわよ」
ついついそんなふうにぼやきながらも、心遣いはちゃんと伝えておきますと笑い返した。
「あなたもご一緒に?」
先程聞いた遠征のメンバーの中に名前が入っていなかったが、よく考えれば常にない大きな遠征だ。
剣豪が出るのは当然かもしれない。
当然すぎて名前を省かれるのもどうかと思うけれど。
「当たり前だ。俺はそのために生きている」
ガラルドは尊大な調子で笑った。
存在意義と同じだときっぱりしていて、他の者と違い気概が充実しているのが見て取れた。
「嬉しそうですわねぇ」
そんなに剣をふるうのが嬉しいのなら、やっぱり生まれながらの剣豪なんだわと思っていたら、ガラルドはドーンと胸を張った。
「当たり前だ。お前の顔をしばらく見れんと思っていたからな。こいつらのことは気に病まんでいい。雁首そろえて帰るさ、俺がいる」
ドラゴン程度なら剣などいらんと自慢げに告げるので、そういった相手なのだとミレーヌは知った。
普通、ドラゴンなら流派の精鋭が一〇人そろっても厳しいと聞いていたのだけれど。
ガラルドはどれほど強いのだろう?
戦闘なんてもうすでに終わっているように、ガラルドは不遜な表情をしていた。
それどころか、快活に笑っている。
「むさくるしい男ばかりで滅入っていたから、おまえに会えて気分がいい」
非常に嬉しそうだった。
緊張感がないうえに、場違いなことばかりを当然のように口にするのがあまりに彼らしくて、ミレーヌはクスクスと笑ってしまった。
本当にどうしようもない男だが、これが英雄と呼ばれる由縁なのだと実感する。
「まぁ! では、これをどうぞ。薬酒ですのよ。全ての精霊と神の加護がありますように」
そうか、と言ってガラルドは盆を受け取ると、先に口をつけた。
飲み干すと軽く杯を掲げて、指先で印を描くのも正規の手法だった。
やっぱり、流派の方は説明しなくてもわかるのだわ。
そんなふうにミレーヌは感心する。
まじないなど武人は嫌うのかと思ったけれど、敬虔な仕草が手慣れて馴染みのある習慣だと物語っていた。
他の者へと盆ごと薬酒を回し、やはりサリはいい女だ、とガラルドはほめた。
ふと気付いたようにミレーヌに視線を戻し、災いを払うために現れたお前はさらにいい女だと、誰かの入れ知恵だとわかる口調で付け足すのでおかしかった。
ぎこちないながらも、普通を覚えようとする姿勢は好ましい。
ついつい朗らかに笑っていたら、ガラルドはまぶしそうに目を細めた。
「心配せんでも、お前が俺の還る場所だ」
まぁ、とミレーヌは眼をまたたいた。
意味はまだ知らないが、人前で言われると恥ずかしい気がして、さすがに赤くなってしまった。
何か言おうと思ったけれど、うまく言葉が出てこない。
これでは照れているようにしか見えないだろう。
「おやおや、それは聞き捨てならないな」
いいタイミングでチャチャが入った。
奥にいた隊員たちもガラルドの言動を聞いているうちに緊張がほぐれたらしい。
そろって爆笑していた。
次々に軽口を叩く。
「大将にはすぎた人だ。サリ殿とあなたのいるところを、俺たちの還る場所にしよう」
「そうだな、お二人は還る場所に相応しい」
「いくら大将でも、独り占めはどうなんだ?」
「どさくさにまぎれて、自分だけの還る場所にしようなんて、油断も隙もない奴だ」
口々に言いだして、お前が思うより競争率は高いぞとニヤニヤと笑う。
クッとガラルドが悔しそうに眉根を寄せた。
明らかに嫌がらせだとわかる表情だったから、肝心なミレーヌだけが還る場所の意味をわかっていないだけに、このやろうと腹の底で唸る。
少しは俺に気を使えとぼやきながらも、空になった杯と盆を回収してミレーヌに返した。
「聞いたか? お前は待っていろ」
どんな困難があっても大丈夫だと思えるほど強い眼差しに、ハイとミレーヌは応えた。
「お待ちしていますわ。ご武運を」
「承知した」
明確な了承を残し、窓は閉じられた。
ホッとミレーヌは一息つく。
ガラルドがいれば、絶対に皆がそろって帰ってくると、信じるのはたやすかった。
非常事態にはなんて素敵な殿方に見えるのかしら。
双剣の楯の名は、やはり伊達ではないのだ。
かなり見直してしまった。
日常でパンツ一枚でフラフラしているスットコドッコイと、とても同一人物には見えない。
何もできないけれど、皆がいつ帰ってきてもいいようにしておきましょう。
それが自分にできる唯一のことだと、ミレーヌは知っていた。
ゴンゴンゴン、と背後から拳骨が飛んだ。
ウォ~とうめきながら、殴られた者たちは頭を押さえる。
手加減がなかったらしい。
「この、バカ者どもが。つまらんことを言うな」
いてぇなと文句をいう連中を押しやって、拳を握ったガラルドが顔を出した。
きつい眼差しが、煌々と輝いていた。
「サリに伝えろ。三食ちゃんと食って、しっかり寝ろとな。いい歳のばあさんなんだから、俺たちが帰る前にポックリいくぞ」
戦いを前にした武人の表情をしているのに、口にするのは相変わらずの台詞だった。
「いいか、土産は期待するな」
旅行じゃないのだから、そんなものは思いつきもしなかったと、ミレーヌは眉根を寄せた。
あいかわらず口の悪い人だと思う。
ただ、いつもの調子でガラルドが話してくれたので、ふわっと心が軽くなった。
「身一つで充分ですわよ」
ついついそんなふうにぼやきながらも、心遣いはちゃんと伝えておきますと笑い返した。
「あなたもご一緒に?」
先程聞いた遠征のメンバーの中に名前が入っていなかったが、よく考えれば常にない大きな遠征だ。
剣豪が出るのは当然かもしれない。
当然すぎて名前を省かれるのもどうかと思うけれど。
「当たり前だ。俺はそのために生きている」
ガラルドは尊大な調子で笑った。
存在意義と同じだときっぱりしていて、他の者と違い気概が充実しているのが見て取れた。
「嬉しそうですわねぇ」
そんなに剣をふるうのが嬉しいのなら、やっぱり生まれながらの剣豪なんだわと思っていたら、ガラルドはドーンと胸を張った。
「当たり前だ。お前の顔をしばらく見れんと思っていたからな。こいつらのことは気に病まんでいい。雁首そろえて帰るさ、俺がいる」
ドラゴン程度なら剣などいらんと自慢げに告げるので、そういった相手なのだとミレーヌは知った。
普通、ドラゴンなら流派の精鋭が一〇人そろっても厳しいと聞いていたのだけれど。
ガラルドはどれほど強いのだろう?
戦闘なんてもうすでに終わっているように、ガラルドは不遜な表情をしていた。
それどころか、快活に笑っている。
「むさくるしい男ばかりで滅入っていたから、おまえに会えて気分がいい」
非常に嬉しそうだった。
緊張感がないうえに、場違いなことばかりを当然のように口にするのがあまりに彼らしくて、ミレーヌはクスクスと笑ってしまった。
本当にどうしようもない男だが、これが英雄と呼ばれる由縁なのだと実感する。
「まぁ! では、これをどうぞ。薬酒ですのよ。全ての精霊と神の加護がありますように」
そうか、と言ってガラルドは盆を受け取ると、先に口をつけた。
飲み干すと軽く杯を掲げて、指先で印を描くのも正規の手法だった。
やっぱり、流派の方は説明しなくてもわかるのだわ。
そんなふうにミレーヌは感心する。
まじないなど武人は嫌うのかと思ったけれど、敬虔な仕草が手慣れて馴染みのある習慣だと物語っていた。
他の者へと盆ごと薬酒を回し、やはりサリはいい女だ、とガラルドはほめた。
ふと気付いたようにミレーヌに視線を戻し、災いを払うために現れたお前はさらにいい女だと、誰かの入れ知恵だとわかる口調で付け足すのでおかしかった。
ぎこちないながらも、普通を覚えようとする姿勢は好ましい。
ついつい朗らかに笑っていたら、ガラルドはまぶしそうに目を細めた。
「心配せんでも、お前が俺の還る場所だ」
まぁ、とミレーヌは眼をまたたいた。
意味はまだ知らないが、人前で言われると恥ずかしい気がして、さすがに赤くなってしまった。
何か言おうと思ったけれど、うまく言葉が出てこない。
これでは照れているようにしか見えないだろう。
「おやおや、それは聞き捨てならないな」
いいタイミングでチャチャが入った。
奥にいた隊員たちもガラルドの言動を聞いているうちに緊張がほぐれたらしい。
そろって爆笑していた。
次々に軽口を叩く。
「大将にはすぎた人だ。サリ殿とあなたのいるところを、俺たちの還る場所にしよう」
「そうだな、お二人は還る場所に相応しい」
「いくら大将でも、独り占めはどうなんだ?」
「どさくさにまぎれて、自分だけの還る場所にしようなんて、油断も隙もない奴だ」
口々に言いだして、お前が思うより競争率は高いぞとニヤニヤと笑う。
クッとガラルドが悔しそうに眉根を寄せた。
明らかに嫌がらせだとわかる表情だったから、肝心なミレーヌだけが還る場所の意味をわかっていないだけに、このやろうと腹の底で唸る。
少しは俺に気を使えとぼやきながらも、空になった杯と盆を回収してミレーヌに返した。
「聞いたか? お前は待っていろ」
どんな困難があっても大丈夫だと思えるほど強い眼差しに、ハイとミレーヌは応えた。
「お待ちしていますわ。ご武運を」
「承知した」
明確な了承を残し、窓は閉じられた。
ホッとミレーヌは一息つく。
ガラルドがいれば、絶対に皆がそろって帰ってくると、信じるのはたやすかった。
非常事態にはなんて素敵な殿方に見えるのかしら。
双剣の楯の名は、やはり伊達ではないのだ。
かなり見直してしまった。
日常でパンツ一枚でフラフラしているスットコドッコイと、とても同一人物には見えない。
何もできないけれど、皆がいつ帰ってきてもいいようにしておきましょう。
それが自分にできる唯一のことだと、ミレーヌは知っていた。
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