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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男

29. 特別な存在 2

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「こりゃダメだ」
 ラルゴだけでなく温厚なデュランまで、肩をすくめてため息をついた。
 他に長役の勤まるものがいるぐらいなら、黒熊隊を結成しようなんて話は出なかった。
 奥義継承者でないと長になれないのに、その条件を満たす者がガラルド唯ひとりなのだ。
 どうやら、話すだけ無駄だったようだ。

「まぁどうでもいいさ。おやすみ」

 あっさりガラルドを説得するのはあきらめた。
 聞く耳のない者には、何を言っても時間の無駄だ。
 常日頃から変だ変だと思っていたが、その奇人ぶりを再確認しただけだったので、ガラルドらしいけどなと言いながらゾロゾロと退出していく。

 サガンが丁寧にサリに礼をした。
 巫女長が国主を務めるだけあって、サラディン人は神秘の力を持つ女性は特に敬うのだ。

「サリ殿、裸のバカはほっとけばいいさ。俺が部屋まで送りますよ」
「あらあら、ありがたいねぇ」
 そう言いながらもサリは、ちゃんと冷やすんだよと、ガラルドの頭にぬれタオルをのせた。

「おやすみ、明日にはコブも引っ込むからね」
「そうか、しっかり寝ろよ。また明日」

 大きな身体をした幼児に対するような扱いをサリから受けていたが、別に嫌ではなかった。
 こういった他人と繋がる好意を受けることに慣れないと、戸惑いはするものの悪くはない。

 だから「おやすみ」と声をかけた。
 良い夢を、と返事が返る。

 そんなふうに、皆を見送った。
 言葉にならないが、不思議な感慨が胸に湧く。
 想いが去来するとは、こういう感じかもしれない。
 扉が閉まり皆の足音が階下に消えた頃、やれやれとガラルドはベッドに寝転んだ。

 家政婦を雇うとは聞いていたが、妙なことになってしまった。
 どこで見つけたか知らないが、連れてきた奴は先見の明がある。
 古い血やまじないなどに影響を受けない女なら、不浄を扱う自分たちの仕事に近づいても、その暮らしには何ら問題がないだろう。
 そう思うぐらいで、昨日ミレーヌと顔を合わせたことなどすっかり忘れていた。

 そんなことより珍しく自分を振り返っていた。
 親兄弟も知らず、気がつくと一人でいた。
 幸い幼児期に前奥義継承者に拾われたが、出会わなかったらどうなっていたか想像できる。
 妖魔や魔獣と変わらない扱いを受けただろう。

 時間が足りなくて、前奥義継承者からは技しか教わっていない。
 もちろん継承者としての行動や心得は教わったが、人としての生き方など知る前に亡くなった。

 ガラルド自身、自分が周囲から浮いているのは知っていた。
 別にそれで不自由さを感じたことはない。
 だが、足りないだけなら補い方があると言った、サリの言葉はなぜか心に残った。

 身体能力が並外れた生まれのせいで、力を押さえることが大変なのだが、それを理解できる者は少ない。
 当然ながら、ガラルドの普通は他とかけ離れる。
 同じように古い血を持つ、流派の要であるデュランたちよりもさらに数倍能力が飛び抜けている。
 比べることすら無意味だ。
 そのため、ただの人として扱われることも皆無だった。

 違和感を抱えながら、どこまでもこのまま生きていくしかない。
 似た姿をしていても、存在として違う生き物なのだ。
 それが当然だと思っていた。

 だが。
 理解されることはなくても、受け入れてくれる者が側にいたなら。
 もっと「人」そのものを知って、共に生きることができるだろうか?

 サリとミレーヌの丸い顔を思い出して、特別な人間だと強く思った。
 きっとあの二人ならふさわしい。

 還る場所。

 四大流派の使徒なら必ず求める者。
 やっと手に入れることができそうだと思いながら、ガラルドは眠りについた。
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