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「英雄のしつけかた」 1章 王都で暮らしましょう
12. 何か問題がありまして 2
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「ここは人が暮らす場ですのよ? 仕事の道具は、ほら、そちらの詰所や物置もありますし、大切な物はとっくに移動してくださってますよね?」
ウフフとミレーヌは笑いながら、当たり前に掃除を続けていた。
「剣の誓いとは違いますけれど、お約束は果たしますわ。わたくし、全力で皆さまに正当な市民生活を叩きこんで差し上げますから! 安心なさってくださいね」
そんな脅しめいた台詞をのんきな口調で告げるから白々しい。
話している間も手を止めることなく、山の中から怪しい物体を発掘していた。
「これは何かしら?」と餌につかう動物の毛皮を不気味そうに指でつまんでいる。
「ああ! それは!」
悲鳴じみた声が上がった。
滅多に手に入らない貴重な動物の皮で、魔物捕獲用の仕掛けの一部である。
ちなみに、金額だけを言えば親指大の真珠と同等の価値がある。
「これは俺が」
横からサガンが奪い取る。
「では、わたくしはこちらを」
ぐっしょりと湿っていて呪符を何枚も貼られた汚い袋にミレーヌが手をかけると、ウワァ!と悲鳴が上がった。
中身は海獣のうろこだが、かけられた呪が解けると砂になって消えてしまうのだ。
適当に置いてあるように見えて、それなりに配置も扱いも考えているのに。
サッと荷物の前に立ちふさがり、全員で壁になる。
厳つい顔の男たちが「頼む!」とこぞって頭を下げた。
「一日! いや、半日! せめて一時間でもいいから、時間をくれ!」
「頼む! とにかく詰所や倉庫に移動させる」
これ以上の被害はごめんこうむりたい。
強面の連中からペコペコと頭を下げられて、白々しい調子で「まぁ!」とミレーヌは手のひらを合わせた。
「それでしたら、わたくし、二階を……」
チラッと視線を天井にはしらせる。
「あの汚らしい廊下を磨いて、ベッドに奇妙な虫などが湧いていたら困るし、皆さんのシーツを代えなくては!」
ウフフと機嫌良く笑っているので、恐ろしい、と全員が思った。
魔物を怖がらないだけではなかったのだ。
一応、流派の要として存在している男たちである。
実際の年齢は、確かに若い。
ただ、にじみ出る気配や威圧感が並外れているので、普通なら目があっただけで相手は居住まいを正す。
一般人が相手なら、ちょっと目を合わせて強気で押せば、このぐらいなんてことはないのだ。
そのはずなのに。
まったく自分たちを恐れないどころか、笑顔で脅しまでかけるとは。
ミレーヌは並みの神経ではなかった。
剣の誓いまで利用するとは、なんとたくましい精神の持ち主なのか。
忙しいわ~などとほうきやモップを手に移動するミレーヌの前に、ものすごい勢いでデュランとキサルが立ちふさがった。
このまま二階に行かせる訳にはいかない。
自室に入られるなどもってのほかだ。
若い娘さんに見られたくない物ほど、寝台あたりに隠してある。
「わかりました! 他の階にあふれてる物も撤去するから! 俺たちに時間をくれ!」
「私室の方は、とにかく明日まで待ってくれ! ベッドメイクをしにあなたが入っても、大丈夫な程度には片づけるから。今日だけは我慢してくれ!」
頼む! と決死の表情である。
自室で失われるに違いないなけなしの名誉を死守するため、ドラゴンを倒す時よりも真剣な表情だったかもしれない。
鷹揚にミレーヌはため息をついた。
どうやら、やる気を出してくれたらしい。
脱・汚部屋の最初の一歩は踏み出せたようだ。
「まぁ、それなら仕方ありませんわねぇ」
わざとらしくほっかむりとエプロンを外し、パタパタと服についた埃を軽く払った。
「では、わたくし、夕食の買い出しに行ってまいりますわ。その間に片付けてくださいます? そうそう、集団生活に必要なルールも、代筆屋に頼まなくては。みなさん立派な都民ですもの」
集団生活のルール?
なんだそれは? と聞き慣れない言葉に思考が停止する。
ただ、嫌~な予感がしたものだから、顔色が青から白く変化していく。
どんな決まりが必要かしらと、ミレーヌは既に思考を巡らせているようで、本気だと男たちは怯えた。
もう反論する勇気も出なかった。
「わかりました。わかりましたから、代筆屋に行かなくても、我々がそのルールとやらも書きましょう!そのぐらいの道具はある」
「なんでもお望みのままだ。そういう約束だしな」
「だから、俺たちに時間だけは与えてくれ」
「まぁ! 素敵! では、頑張ってくださいね」
ホホホとミレーヌはほがらかに笑った。
お財布お財布~と機嫌良く軽やかに台所へと向かうミレーヌの背中に、ふうっと大きなため息がいくつももれた。
えらいことになってしまった。
やれやれと思ったものの、すぐにピンと背筋を伸ばす。
大きな買い物かごを下げてミレーヌがすぐに戻ってきたのだ。
大切な物品をかばう形で、そろって男たちは道を開ける。
「少し出てきますので、頑張ってくださいね!」
ニッコリと最上の笑顔をミレーヌは見せた。
邪気のない笑顔がこれほど恐ろしいとは。
「お望みのままに」
「ああ、できるだけ急ぎで片付けるさ」
「よろしくお願いしますわ」
愛想のよい笑顔を残し、ミレーヌの背中が遠ざかっていく。
見送る者たちは、乾いた笑みで手を振ることしかできなかった。
ウフフとミレーヌは笑いながら、当たり前に掃除を続けていた。
「剣の誓いとは違いますけれど、お約束は果たしますわ。わたくし、全力で皆さまに正当な市民生活を叩きこんで差し上げますから! 安心なさってくださいね」
そんな脅しめいた台詞をのんきな口調で告げるから白々しい。
話している間も手を止めることなく、山の中から怪しい物体を発掘していた。
「これは何かしら?」と餌につかう動物の毛皮を不気味そうに指でつまんでいる。
「ああ! それは!」
悲鳴じみた声が上がった。
滅多に手に入らない貴重な動物の皮で、魔物捕獲用の仕掛けの一部である。
ちなみに、金額だけを言えば親指大の真珠と同等の価値がある。
「これは俺が」
横からサガンが奪い取る。
「では、わたくしはこちらを」
ぐっしょりと湿っていて呪符を何枚も貼られた汚い袋にミレーヌが手をかけると、ウワァ!と悲鳴が上がった。
中身は海獣のうろこだが、かけられた呪が解けると砂になって消えてしまうのだ。
適当に置いてあるように見えて、それなりに配置も扱いも考えているのに。
サッと荷物の前に立ちふさがり、全員で壁になる。
厳つい顔の男たちが「頼む!」とこぞって頭を下げた。
「一日! いや、半日! せめて一時間でもいいから、時間をくれ!」
「頼む! とにかく詰所や倉庫に移動させる」
これ以上の被害はごめんこうむりたい。
強面の連中からペコペコと頭を下げられて、白々しい調子で「まぁ!」とミレーヌは手のひらを合わせた。
「それでしたら、わたくし、二階を……」
チラッと視線を天井にはしらせる。
「あの汚らしい廊下を磨いて、ベッドに奇妙な虫などが湧いていたら困るし、皆さんのシーツを代えなくては!」
ウフフと機嫌良く笑っているので、恐ろしい、と全員が思った。
魔物を怖がらないだけではなかったのだ。
一応、流派の要として存在している男たちである。
実際の年齢は、確かに若い。
ただ、にじみ出る気配や威圧感が並外れているので、普通なら目があっただけで相手は居住まいを正す。
一般人が相手なら、ちょっと目を合わせて強気で押せば、このぐらいなんてことはないのだ。
そのはずなのに。
まったく自分たちを恐れないどころか、笑顔で脅しまでかけるとは。
ミレーヌは並みの神経ではなかった。
剣の誓いまで利用するとは、なんとたくましい精神の持ち主なのか。
忙しいわ~などとほうきやモップを手に移動するミレーヌの前に、ものすごい勢いでデュランとキサルが立ちふさがった。
このまま二階に行かせる訳にはいかない。
自室に入られるなどもってのほかだ。
若い娘さんに見られたくない物ほど、寝台あたりに隠してある。
「わかりました! 他の階にあふれてる物も撤去するから! 俺たちに時間をくれ!」
「私室の方は、とにかく明日まで待ってくれ! ベッドメイクをしにあなたが入っても、大丈夫な程度には片づけるから。今日だけは我慢してくれ!」
頼む! と決死の表情である。
自室で失われるに違いないなけなしの名誉を死守するため、ドラゴンを倒す時よりも真剣な表情だったかもしれない。
鷹揚にミレーヌはため息をついた。
どうやら、やる気を出してくれたらしい。
脱・汚部屋の最初の一歩は踏み出せたようだ。
「まぁ、それなら仕方ありませんわねぇ」
わざとらしくほっかむりとエプロンを外し、パタパタと服についた埃を軽く払った。
「では、わたくし、夕食の買い出しに行ってまいりますわ。その間に片付けてくださいます? そうそう、集団生活に必要なルールも、代筆屋に頼まなくては。みなさん立派な都民ですもの」
集団生活のルール?
なんだそれは? と聞き慣れない言葉に思考が停止する。
ただ、嫌~な予感がしたものだから、顔色が青から白く変化していく。
どんな決まりが必要かしらと、ミレーヌは既に思考を巡らせているようで、本気だと男たちは怯えた。
もう反論する勇気も出なかった。
「わかりました。わかりましたから、代筆屋に行かなくても、我々がそのルールとやらも書きましょう!そのぐらいの道具はある」
「なんでもお望みのままだ。そういう約束だしな」
「だから、俺たちに時間だけは与えてくれ」
「まぁ! 素敵! では、頑張ってくださいね」
ホホホとミレーヌはほがらかに笑った。
お財布お財布~と機嫌良く軽やかに台所へと向かうミレーヌの背中に、ふうっと大きなため息がいくつももれた。
えらいことになってしまった。
やれやれと思ったものの、すぐにピンと背筋を伸ばす。
大きな買い物かごを下げてミレーヌがすぐに戻ってきたのだ。
大切な物品をかばう形で、そろって男たちは道を開ける。
「少し出てきますので、頑張ってくださいね!」
ニッコリと最上の笑顔をミレーヌは見せた。
邪気のない笑顔がこれほど恐ろしいとは。
「お望みのままに」
「ああ、できるだけ急ぎで片付けるさ」
「よろしくお願いしますわ」
愛想のよい笑顔を残し、ミレーヌの背中が遠ざかっていく。
見送る者たちは、乾いた笑みで手を振ることしかできなかった。
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