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「英雄のしつけかた」 プロローグ なれそめは惨劇でした

4.双剣の使徒 2

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「ミレーヌさんか。馬には?」

 褐色の肌がサラディン人と示す、サガンと名乗った隻眼の男が問いかけてきた。
 東流派と呼ばれてる双剣持ちは、東のカナルディア国民だけだとミレーヌは今まで勘違いしていた。
 封鎖的な国情の西のサラディン国の人も、あたりまえにいるらしい。

 おちついてよく見れば、カナルディア人らしい風貌をしているのはデュラン一人だった。
 驚愕の事実だわと胸の内でつぶやきながら、ミレーヌは小首をかしげた。

 五人ともよく見れば非常に威厳のある顔つきと鋭い眼差しで、若いのにそれぞれ畏怖を感じるほどの貫録がある。
 二十歳のミレーヌとそう変わらないのか、全員が似通った年齢の青年なのに何かが違う。
 それなりに流派の中では偉い人みたいだわとチラリと思った。

 直接王都に向かうか、村に寄って遺族と面会するかもあわせて問われた。
 ミレーヌは少し考えて「わかる範囲のことは遺族の方にお伝えしたいです」と答えると「承知した」と返事が返ってきた。
 親切なことに遺体を引き取ってもらい遺族に別れを告げた後で、祖母のところまで送り届けると約束された。

「馬には乗ったことがありませんの」

 まぁそうだろうねとデュランが頭をかいた。
 商家へ奉公していたとはいえしょせんは賄いと子守りだ。
 それに下町生まれの奉公人そのものの物言いをするので、娘は馬とは無縁だろう。

「なるほど。なら、どいつがいい?」

 東のカナルディア人のデュラン。
 北のヴィゼラル人のキサル。
 西のサラディン人のサガンとラルゴ。
 南のスカルロード人のラクシ。

 出身国まで丁寧に紹介され、人種の見本市のようだとミレーヌは思った。
 好きなのを選べと言われて「どなたでも変わりませんわ」と答えると、ラルゴが再び爆笑する。

「俺たち相手にどれでもいいって? オイオイ、珍しいこともあるもんだ」
 その後で「あなたは何かに似ているな」とまじまじと見つめた。
「本当だ、どこかで見たことがあるぞ」
「なんだったかな?」

 青年たちは物珍しげにミレーヌの顔をジロジロと観察する。
 アレコレと候補を上げないので、どうやら口に出すのがはばかられるようなものに似ているらしい。

「なんですの? これでも初対面なのですから、失礼ですわよ?」
 まっすぐにその視線を受けて、ミレーヌは当たり前に返す。 
 まったくもって無礼な人たちだ。

「なぁミレーヌさん。俺たちといて少しは恐ろしくはないか?」
 どうやら反応を面白がっているようだった。
「恐ろしい? 魔物はもういませんわよ?」

 パチクリしているミレーヌの大きな瞳に、これはいいと五人はそろって大笑いした。
 何がおかしいのか、ミレーヌにはまったくわからなかった。

「たいした玉だ、実に面白い!」
「鈍いのか図太いのか、どっちだ?」

 ゲラゲラ笑いながらキサルがもらすので、さすがにミレーヌはムッとした。
 亡くなった人を運ぶのに、その横で爆笑するなんてそちらの方が鈍いのだと思った。
 それとも、こういった凄惨な場に慣れ過ぎて、心の感覚が鈍くなっているのだろうか。

「この中では一番まともなお話しできそうですから」
 率直にデュランにお願いすると、ハイハイと人のいい笑顔が返ってきた。
「確かに他の連中は口が悪くて、顔も並外れて怖いからなぁ、銅像だって相乗りは嫌がるさ」
 他の連中に向かって妙なからかいをしてはいたが、さっさと馬上へとミレーヌは引き上げられた。

 キサルとサガンは先に帰って騎士団に報告してくると言うや否や、王都に向かって出立する。
 ミレーヌが瞬きを一つする間に、姿が消えた。
 ただ走り去っただけだが、常人の目にはとらえられない速さだった。
 あきらかに古い血の濃い者たちの動きだ。

「あの、最初の方は? お礼を言い損ねましたの」

 聖獣を思い描くほど強烈な人で、パッと現れてパッと消えた。
 でも、間違いなく命の恩人だ。
 髪の色や肌の色はカナルディア人そのものだが、あの非常に大柄でがっちりしながらも無駄のない体格はヴィゼラル人のようだった。
 つまり、出身国が外見ではわからない偉丈夫だ。

「ああ、我らが長殿はあの通りの変わり者で、もう忘れてる。気にするとバカを見るよ」
「そうそう。生きてる奴なんか自分でどうにでもするさと、記憶から消去しちゃう人だ」
「俺たちのことすら、たまに忘れてるしな」
「ジャスティ王に知らせると先に帰ったが、どうだかなぁ。王城につくまで内容を覚えているかも怪しいものさ」

 全員が苦笑交じりだった。
 自分たちの長に対しても言いたい放題である。
 それでも、ミレーヌは驚きを隠せなかった。

 東流派の長だったのだ。
 名前は誰もが知っている。

 ガラルド・グラン。
 〈東の剣豪〉と〈双剣の盾〉の二つ名を持つ男。

 東の国きっての英雄。
 生きながらにして伝説を数多く持ち、自国他国を問わずに誰もが憧れる世界最強の男である。

 あれほど若くて精悍な青年だったとは意外だ。
 正しくは、年齢は知っていた。
 けれど、噂や伝説がありすぎて、実際に同じ時間を生きている人間だとは実感してなかった。

 すごい人を見てしまった。
 今日は驚くことばかりだわと、知らずため息をついてしまう。

 英雄に相応しく、目の保養になった気がする。
 もう二度とお目にはかからない人だけど。

 そして、ぽっかりと胸に穴が開いたことを、ようやく自覚した。
 見知らぬ人たちに囲まれて早足の馬に揺られていると、不意に「悲しい」と感じた。
 たくさんの人が亡くなったと胸にしみる。

 馬の背にゆられている、現実。
 たてがみに触れると確かなぬくもりがあり、これは夢ではないのだ。
 黙っていると涙がこぼれてしまいそうで、ミレーヌは空を見上げた。

 なんていい天気なのでしょう。
 広がる空は、青い涙のように透き通っていた。
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