誇り持つ者に  ~ 魔導技師奇譚 ~

真朱マロ

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誇り高き者へ

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「あなたは自分を誇れますか?」

 面談室で向かい合い、開口一番。
 そう問いかけてきた少年に、魔導装具士であるところの女は「ふむ」と小さくつぶやいた。
 暗い顔でうつむいたまま、空になってヒラヒラと揺れるばかりの右袖を所在なさげに見つめている少年は、どうやら装具についてよりも先にその胸の内について話し合わねばならないようだ。
 傷が治り切っていない痛々しさだけでなく、心の傷も大きいと見て取った。
 頭の中に、少年の情報は叩き込んである。

 年齢は十三歳。
 騎士科の学園生で、孤児院育ち。
 運動神経が抜群なうえに、生まれ持った魔力量が並外れて多く、後ろ盾はなくとも期待の星であったらしい。

 ところが、二か月前。
 休日に友人たちと街に出かけた際、馬車同士の事故が起こった。
 玉突きのように連鎖して数台の馬車がぶつかり合いながら壊れ、興奮した馬が逃げ出して悲惨な現場になったらしい。
 壊れた扉から投げ出された子供を助けに飛び込んだものの、彼は右腕の肩口から先を失った。
 利き腕を失うという、騎士を目指す少年には致命的なケガである。

 しかし、馬車の持ち主に高位貴族が含まれていたことと、助けた子供が王家に連なる者であったこと。ケガをしながらも本格的な医療班や騎士が来るまでに、友人たちと協力して人命救助と現場整理を行ったことなど、騎士科の訓練生としてできる事をやりつくしたことから、褒賞として魔導義手を贈られることとなっている。

「君は、自分を誇れないのか?」

 問いかけから察するに、利き腕よりも大切な何かを、少年は見失っているらしい。
 事故現場の出来事を記録で見る限り、人としても騎士としても誇っていい出来事なので、これほど打ちのめされるのもおかしな話である。

 質問を質問で返されたことに、少年はふっと投げやりに笑った。
 その捻じれた口元に、あぁ、と装具士はようやく思い至った。
 この少年は記録にない出来事と、誰にも語っていない後悔を、その胸に抱いているのだ。

「君の質問に答える前に、愚かな令嬢の話をしよう」

 父は宰相、母は王妹であるその令嬢は、生まれ持った魔力量も多く、頭の回転も速く、年齢のわりに大人びた思考を持っていた。
 出来が良いと褒められるばかりで、蝶よ花よと愛でられ、叱られることも皆無で。
 恵まれすぎたすべてに、彼女は奢った。
 子供扱いされていても、魔導書も読み解けるし、自分にできないことはないと。
 それはとんでもない過ちだと、彼女は気づきさえもしなかった。

「奢り高ぶった彼女は、閲覧するのは成人してからと約束させられていた魔導書を持ち出し、炎の聖獣を呼び出す呪文を唱えた。魔法陣の助けも、魔石の助けもなく、そんなことをすれば、どうなるかわかるかい?」

 途方に暮れた顔をしながらも、装具士に視線を向けて、そっと少年は首を横に振った。
 なぜそんな話をされるかわからないが、魔導も身体強化系の講義しかまだ受けたことがないし、召喚についてはまるで知識がないので、想像もつかない。

 視線が合ったことで、ふわりと装具士は微笑んだ。
 そっと左手を持ち上げると、スッと流れるようなしぐさで肘から先を外した。
 眼鏡をはずし、左頬に軽く指を滑らせると自然に見えていた皮膚がペロリと剥がれ、義眼の瞳と額から頬にかけての火傷跡があらわになる。
 
「見たほうが早いだろう? あの日、私は令嬢として生きる道を失った」

 言葉だけでなく顔色も失った少年に、にやりと装具士は悪戯に笑った。
 何でもない事のように、魔導皮膚に触れて指を滑らせると火傷跡は消え、眼鏡をかけて、左手も元に戻す。

「だけどね、少年。あの日、私は魔導の恐ろしさと同時に、その可能性も知ったんだよ」

 まぁ、間違っても良かったとは言わないけどね、とクツリと笑う。
 ただ、禁止されている事には、禁止されるだけの理由があると、この身で体験し、命があったからこそ他人に伝えていける。
 ただ、それだけだ。

「おかげさまで、今は魔導装具士だ。自分自身を誇れないが、魔導装具士であることは誇れることだと思っているよ」

 得たものがあるからと言って、誇れるかと問われると、うなずけはしない。
 大体、はじまりは禁忌を犯してしまった、自らの愚行だ。
 自分自身への戒めとして、火傷跡をあらわにして生きていた時期もあったが、それで傷つく人もいることを知るだけでも数年かかったし、優しい人によけいな気を遣わせていたことを知ったのも、ずいぶん後だった。

「私は自分の傷を恥ずかしいものだとは一切思っていないが、相手の好む当たり前に沿うことで思いやりを強要させずにすむのなら、魔導装具を利用していくつもりだよ」

 そこまで語って、少年の言葉を待つ。
 言いたくて、でも簡単には言葉にならない様子で、しばらく逡巡していたけれど。

「あの日、僕たちは祭りで使う光球(ひかりだま)を買ったんです。もちろん一番小さい奴で、音も光もパッと出てすぐ消えるやつ。最新だって言うそれは、小指の先よりも小さくて、本当に使えるのかどうかわからないなんて言いながら、手のひらでもてあそんでいた」
 
 だが、手が滑った。
 馬車道へと、コロコロと転がっていった。
 軽快に走っていた馬の足元へと、コロコロと。

 もちろんあの事故が起こったのは、それだけが理由ではない。
 道の反対側からも、肉屋から逃げ出した鶏が数羽飛び出してきて、それを追いかける人たちで大騒ぎになっていた。

 ひとつずつ、それらが起こったなら小さな事故で済んだはずなのだ。
 ただ、重なってしまったから、大きな事件になってしまった。
 それでも思ってしまうのだ。
 あの時、手を滑らせさえしなければ。
 いいや、寮に帰り着くまで、カバンの中にしまっておきさえすればよかったのだ。

「少年。一つ教えておいてやろう。君の先輩騎士たちは優秀で、現場検証をしてその事は知っている。君が話せなかった理由も、もちろんわかっていただろう。だけど、問題として取り上げられなかったのは、なぜかわかるかい?」

 いいえ、と力なく少年は否定する。
 否定しながらも、ふがいない後輩からの自己申告を待っていたとしか思えなくて、心がきしむ。

「今回の事故にあった馬車を引く馬だけどね、パレードだなんだとバンバン花火が打ちあがる会場へも参加する機会が多いから、破裂音に慣らしてある。光球程度じゃぁ、驚きもしない」

 思わず、視線が跳ね上がった。
 嘘じゃないのか、という疑問と、嘘をつく意味もないという希望で、心が激しく揺れ動く。
 嬉しいという思いが湧き上がると同時に、たまたま運が良かっただけだという戒めが、グルグルと嵐のように思考を揺らす。

「僕は……どうしたら良いのでしょう?」

 ずいぶん長い間、混乱して何も言えなかったけれど、ようやく言葉を絞り出した。
 後悔でいっぱいだったことが、無関係だったとしても、事故にあい利き腕を失ったのは紛れもない現実で、途方に暮れていた。

 右腕はない。
 孤児なので親も後ろ盾もない。
 騎士の学園も、継続できるかどうかさえ、今の段階ではわからない。
 魔導装具で義手を作ってもらっても、これから成長期を迎えれば繰り返し体に合わせて作り直していかねばならないし、そんな大金をどうやって手に入れたらいいかなんて、想像もつかなかった。
 今、入院している費用は馬車に乗っていた貴族たちが支払ってくれるけれど、義手に関してはいつまで甘えさせてくれるかわからない。
 ないない尽くしの不安で、頭がおかしくなりそうだった。

「どう生きるかなんて難しいことを考えるのは、とりあえず、右腕を作ってからでいいと思うけどね」

 気楽に請け負われて、ふいに身体から力が抜けた。
 とりあえず……そんな考え方はしたことがなかった。
 とりあえずで、自分にとって都合の良い方向へ進むことを、決めても良いのかもしれない。

「僕は……こんな僕でも、僕は、僕自身を誇っても良いのでしょうか?」

 もちろん、と魔導装具士は笑った。
 迷いのない朗らかな笑顔だった。

「君は非常事態にも、考えられる限りの行動の中で、最善を選び行動できる人間なのだから、自身を誇らずにどうするんだい?」

 笑い返そうとした少年は、上手く笑えないことに声を詰まらせ、そしてゆっくりと深く頭を下げた。
 かすかに肩が震え、顔は見えなくとも声は涙にぬれていた。

「僕に右腕をください。僕が、僕自身に誇れる人間であり続けるために。どうかお願いします」
「任せなさい。強く誇り高い君に、ふさわしい右腕を贈るよ」

 作り物の器用な左腕を伸ばして少年の頭を優しくなで、魔導装具士は静かにうなずいた。
 少年の体に合わせ、生まれ持った魔力との相性の良い器用で力強い右腕を、必ず作り出すと承る。
 告げた言葉に嘘はなく、言葉を真実に変えるだけの技術も、魔導装具士は持ち合わせているのだ。
 その事は、彼女自身が使っている左手の義手を見ただけで、少年もわかっていた。

 少年は、まだ完治していない傷ついた身体を治す必要がある。
 義手を得ても辛いリハビリが待っていたが、その長い闘病生活も顔を上げて前に進もうと少年は思った。 

 少年は決意を胸に、確かな希望の光を灯す。
 この先、新たな利き腕を得て、誇れる未来もつかみ取ると誓うのだった。
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