葛城くんは遠くて近い

真朱マロ

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そのご

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 うじうじ悩むのは得意だけど、返信には期日がある。
 結局のところ私は、不参加で返事を出した。
 もともと人見知りだから、こういった大きな集まりって苦手だし。

 そんなことより、祐介が失礼な態度をとった日から、葛城くんに会えていない。
 生活音で葛城くんの生活サイクルが乱れるのがわかるぐらい、やたら忙しそうなのだ。

 そして、我ながら矛盾しているのだけど。
 なんだか心のモヤモヤが晴れなくて、私は彼を避けていた。

 意識して葛城くんを避け始めれば、祐介が言っていた意味が分かる。
 アパートのお隣さん同士って、避けようと思えばいくらでも、会うのを避ける方法があった。
 会いたいと思ってタイミングを合わせるのは難しいのに、会わないようにタイミングをずらすのは、驚くほど簡単だった。
 
 会えないさみしさと、避けてるいたたまれなさと。
 本当に、私ってバカだなぁと思う。
 馬鹿だけど、これが私なんだから、仕方ないとも思う。
 なんだかなぁって、ため息しか出ない。
 
 唐突に、ナーバスな生活は終わった。
 同窓会に不参加を告げるはがきを出してから、一週間ほどたった日曜の夕方。
 激しいピンポンの連打に襲われた。

 苛立ちを叩きつけるような激しさだったので、ちょっと怯えながらのぞき穴から外を見たら、険しい顔をした葛城くんだった。
 何か事件でも起こったのかと慌てて鍵を解除すると、扉を開け切らないうちにガッと力づくで開かれた。

「話がある。君の部屋と、俺の部屋。どっちがいい?」

 扉から半身を入れて低い声ですごまれてしまい、ひぃっと怯えた私は悪くないと思う。
 何があったかわからないけど、般若と漆黒のオーラを背負った葛城くんにはお会いしたくなかった。
 おずおずと私の部屋を選んだら、ちょっとだけ鬼モードが薄らいだ。
 
 理由はよくわからないけれど、私に関することで激しく怒っている気がして、非常に落ち着かなかい。
 おもてなしのためにコーヒーを入れてちゃぶ台に置くと、葛城くんは三下り半を叩きつける勢いで白い紙をテーブルに置いた。
 いまだに般若モードなので、ひぃっと怯えながらその紙を見たけれど、思わず三度見してしまった。
 そのブツに、頭の中を激しく疑問符が飛び回って、私はプチパニックに陥る。

 私が同窓会の不参加を表明したはがきが、なぜここに?。
 え? 葛城くん、私が元同級生だって、わかってた?
 連絡先の住所は実家にしていたのに、なぜ?

「不参加の理由は? この前のアイツが理由か? やたら束縛の激しそうな奴だったけど、強要されたのか? 藤村さん、変な奴に目を付けられて、困っているんじゃないの?」

 あれ? 想像とは違うお話のようだ。
 確かに祐介なら強要しかねないけど。
 束縛までは、されたことはない……と思う。たぶん。
 
「あの……強要はされてないよ。祐介はシスコンだけど、私が嫌がることをしたら、二人いるおにーちゃんに思いっきり締められるもん」

 変な誤解をされていたようだ。
 確かに失礼な態度だったから、勘違いされても仕方ないと思う。
 これは、双子のお兄ちゃんたちに告げ口して、祐介を締めてもらう必要がありそうだ。

「シスコン? シスコンって言った? あいつ、兄弟?」
「くそ生意気な弟で、ごめんね」

 とりあえず誤解を解くために、男ばかりの私の家族構成を説明すると、葛城くんはしばらく茫然としていた。

「不参加の理由だけど、特別に仲良かった子とは個人的に会っているし、人がいっぱいいる場所って苦手だから、行かなくても良いかなって」
 ボソボソとつぶやいたら、葛城くんにはため息をつかれた。
「藤村さんって嘘つくとき、下を向くか、目が泳ぐよね。粘着されて困っているなら、あのいけ好かない男を殴ってやるつもりだったけど……まぁ、兄弟なら仕方ないか。もしかして、不参加って、俺のせい?」

 般若モードが解除されないままで、葛城くんはなにげに物騒な発言をしているけど、そこは聴かないふりをしておく。
 温和さが家出してしまったのか、意外とワイルドなことをおっしゃる。

「自分のせい……だと思う。クラスメイトだったこと、言うタイミングを逃しちゃって……いつから気付いてたの?」
「引っ越しの挨拶した日には、わかってたよ。当たり前だろう。三年間、同じクラスだったんだぞ。隣の部屋に引っ越してきたのは、偶然だけどさ。そこで、久しぶり~なんて、やたらなれなれしくしたら、ただの気持ち悪い男になるだろう!」

 勢いよく言われて、心の中にストンと言葉が落ちた。
 葛城くんはクシャと自分の髪の毛をちょっぴりかきまぜて、苛立ちが少し落ち着いたのか、ふぅっと長い息を吐きだした。

「まぁ、学生時代に特別仲良かったわけでもないし、言い出すタイミングがわからないのは俺も一緒だから。ただ、藤村さんが考えすぎる子だってのを忘れていた。ごめん、悪かった」
「そっか。葛城くんも一杯考えてくれてたんだね。なんか、ごめんね。お久しぶりって、私から言えばよかったね」

 どうしていいか葛城くんも戸惑っていて、私と同じだったんだ。
 たったそれだけのことがわかって、ぱぁっと目の前が明るくなる。
 
「安心したら、お腹がすいてきちゃった。葛城くん、ご飯は? 食べていく?」

 変に気にしてずっと悩んでいたから、胸のつかえがとれて意味もなくニコニコしてしまった。
 えへへっとだらしなく緩む私の表情に、一瞬だけ葛城くんは動揺する。
 けれど、すぐに毒気を抜かれたように、温和モードの穏やかな表情を取り戻した。

 今夜はカレーなので、匂いが部屋に充満している。
 急な葛城くんの訪問で、煮込みはちょっと足りない気はするけれど、気にするほどではない。

「今回は俺の勘違いだったけど、藤村さん、他人を信用するのもほどほどにしなよ。相談には、いつでも乗るから」
「わかった。一番最初に相談するね。葛城くんが、お隣さんでよかった」
「あのなぁ……そーいうとこだぞ」

 あきれ返った声にキョトンとしていたら、頭ポンポンされて「俺、それほど良い人じゃないから」なんて苦笑されてしまった。
 私にとっては良い人なので、無問題だ。

 すべてが解決した気になって、ご機嫌でご飯の準備をする私に、葛城くんはずっと何か言いたそうにしていた。
 けれど、結局はあきらめたように「手伝うよ」と言って、本当に手伝ってくれた。

 アパートの狭いキッチンに並ぶと、どうしても肩が触れ合って、なんだか新婚さんみたいで照れる……と脳内妄想が変な方向に進んだところで、ツン、とほっぺたをつつかれた。
 葛城くんは背が高いので見上げると、ありえないほど顔が近かった。
 格好良い人なんだから、そんな表情でのぞき込まれると、心臓に悪い。

「同窓会。出席に変更しておくからね、紗那ちゃん」

 葛城くんはにっこりと笑った。
 表情こそ優しげだけど、圧のある視線に逆らえるはずもなかった。

 なぜか一瞬、背筋に冷たい何かが走った気がするけど。
 たぶん、気のせいだと思う。

 目の前にいるのは、見慣れた優しい笑顔の葛城くんだった。

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