葛城くんは遠くて近い

真朱マロ

文字の大きさ
上 下
3 / 6

そのさん

しおりを挟む
 葛城くんが格好良すぎて、私の脳内妄想だけが進んでいく。
 とりあえず思考をクールダウンしよう。
 ちょっと話せるようになっただけで、愛だの恋だのと気分が浮ついてしまうのは、私が非モテ女子だからだ。

 気分転換すれば、正気に戻るはず。
 そう考えて、日曜日に葛城くんが出かけた気配を感じてから、私もショッピングモールへと足を延ばす。

 駅前にあるショッピングモールは、近隣では一番大きくて見ているだけで楽しい。
 アパレル系の店舗が並ぶ階で、私は存分にウィンドウショッピングを満喫する。
 これから夏が始まるのだと、予告するような涼やかな服が並んでいる。

 ひらひらと揺れるAラインのオーガンジー・スカートや、襟や袖にレースをあしらったデザインは、雰囲気が大人可愛い。
 今年の流行りの服は、シックなのにロマンチックで、とても綺麗だ。

 どう頑張っても、座敷童に似ている私には似合いそうにないけど。
 後ろ向きな事を考えながら、マネキンの着ている空色のワンピースに見とれていたら、背後から声をかけられた。

「あれ? 藤村さんも買い物?」

 この声は! なんて振り向く前に、それが誰かわかってしまうのが悲しい。
 嬉しいけれど、なんで!? という驚きのほうが強かった。
 葛城くんをストーカーしていたわけではないのに、またしても行き先が被ってしまった。

 どんな表情をすれば良いかわからなくて、脱兎のごとく逃げ出したくなったけど、そんなことができるわけがない。
 最善の対応として、余所行きの笑顔を作って振り向いた。

「奇遇だねぇ、葛城くんも買い物?」
「うん、仕事用の靴を新調しに来た。藤村さんは?」
「気分転換に、ウィンドウショッピング」

 お金を落として経済を回す気がなかったので、ちょっぴり後ろめたいけど。
 だけど、葛城くんは「いいね」と笑ってくれた。
 そして、私の横に並ぶと、さっきまで私が夢中だったワンピースを見つめる。

「ずいぶん熱心に見ていたけど、着てみないの?」
「あ~試着かぁ……ん~笑わない?」
「笑わない」
「こういうところの店員さんって苦手なんだよね。見るだけですって言っても、アレコレお勧めを持ち出してきて、試着室に誘導されるのとか。似合ってなくても、お似合いですよ~って笑顔でゴリ押しされて、お包みしますよ~って……いらんつってんのに」

 残念な経験は、一回や二回ではない。
 五回入ると、実に四回はそういう目に合う。
 今日は買わないと断固拒否して舌打ちなんてされた日には、泣きたくて胃がキリキリする。
 最初に「今日は買いません、リサーチです」と言いきってるのに悲しい。
 よっぽど押しに弱い子に見えるのだろう。クスン。

「それは、イヤな体験をしちゃったね」
「葛城くんは、そういうことなさそうだよね」
「あるよ? まぁ、俺なりにお返しはするけど」

 ビックリして顔を向けると、葛城くんは悪い笑顔をしていた。
 黒いオーラが背後に見える。

 わぁ、こんな顔もするんだ。
 それにしても、お返しってなんだ?
 
「ほら、ブランド店って店員もそこの製品を身に着けてるだろ? だからブランドをめちゃくちゃ褒めちぎって、相手を良い気にさせた後で。これだけ素晴らしい店なのに、ここにふさわしい販売員に出会えなくて本当に残念だって、真顔で教えてから帰る」

 Oh! ブラック葛城くんが現れたよ。
 良い人の面しか見たことなかったけど、嫌味も言えるのか。

「嘘じゃないからね。舌打ちなんて客相手にしちゃダメだろ。まぁ、本社に投書まではしないけど……藤村さんは優しいから、嫌味すら言わないでしょ」

 私は言わないのではなく、言えないだけなのだが。
 心の中では罵倒しているよ。声には出せないけど。
 葛城くんのイメージの中で生きている私は、ずいぶんとホワイトな天使である。

「着てみたら? 押し売りされそうになったら、俺が断ってあげるよ」
「え? 葛城くんにも用事があるのに、悪いよ」
「もう終わったから。無理にとは言わないけど」

 でも女性用のお店に付き合ってもらうのは……とうじうじ悩んでいたら、葛城くんは平気だよって朗らかに笑う。
 姉と妹が二人もいる女系家族だから、こういう場所にも慣れていると言い出した。
 年末年始のバーゲン争奪戦に参加させられた挙句に荷物持ちをさせられる話や、ファッション誌やコスメのお使いまで頼まれる話も聞いて、つられて笑ってしまった。

 うん、笑い事ではないんだけど、葛城くんの側が居心地の良い理由がわかった。
 それだけ姉妹にもまれたら、当然かもしれない。

 けっきょく、私はワンピースを買った。
 空みたいに青い色の、透けるオーガンジーが綺麗な、Aラインのロングワンピース。

 最初に見ていたマネキンが着ていたモノではなく、葛城くんと一緒にあーだこーだと言いながら見繕い、ファッションショーのごとく着替えた挙句に、彼に最上認定された一品だ。

 しかし。とっておきの場所におめかしして出かけるための服で、通勤着や普段着には、絶対にならない。
 買ったものの着る機会を見つけるのは非常に困難な気がする。

 着ない服を買ってしまった。
 誰だ、買わないって言っておきながら、散財したのは。

 もちろん、私だ。
 そして、葛城くんもだ。

 私のコーディネートを考えているうちに、自分も欲しくなったらしい。
 メンズ用品も置いてあったから、夏用のネクタイが少ないと思い出したらしく、二人であーだこーだと言いながらとっておきの一本を選んだ。

 空の色を思わせる爽やかな青は、私の買ったワンピースによく似た色だった。
 気付かないふりをしたけれど、内心ではものすごく照れていた。
 デートって今までしたことないけど、こんな感じなのだろうか。

 ありがとう、どこかにいる神様。
 座敷童系の私でもキラキラ体験ができました。
 
 二人して散財したものだから、ご飯を食べて帰ろうという話になったとき、迷わず牛丼のチェーン店を候補に挙げてしまった。
 ショッピングモールにはお洒落なイタ飯屋さんもあるのに、私ときたらなんて残念なチョイスなのか。

 幸い葛城くんは嫌がらず、むしろ嬉々として割引券を提供してくれたので、ほっとする。
 カウンター席で肩を並べて食べる、チープな牛丼はひたすら美味しかった。

 葛城くんが、良い人で良かった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

彼氏が完璧すぎるから別れたい

しおだだ
恋愛
月奈(ユエナ)は恋人と別れたいと思っている。 なぜなら彼はイケメンでやさしくて有能だから。そんな相手は荷が重い。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

悪役令嬢はぼっちになりたい。

いのり。
恋愛
「友人も恋人もいりません。私は1人で生きていきます」  一条 和泉は乙女ゲームで主人公をいじめ最後には没落してしまう、いわゆる悪役令嬢として転生した。  没落なんてまっぴらごめん、と考えた彼女の方針はずばり「ぼっち」であった。  ところが、なかなかうまくは行かないようで……。  少しだけ、ほんの少しだけ「変化球」な「転生悪役令嬢」モノです。  女性主人公ですが、男性でもお楽しみ頂けると思います。  かなり先まで原稿は出来ていますので、ご贔屓にして頂ければ幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...