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1.白い蛇と清
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うららかな春の日のことである。
とうとうと流れる水の音が聞こえる川辺で、その白い蛇は生まれおちた。
他の兄弟たちは母蛇に似た黒く色づいた蛇体をくねらせあっという間に草むらへと消えていったけれど、真っ白なうえに一回り小さく生まれた白い蛇はまばゆい太陽にしばし呆然としていた。
それでも冷たい風が吹いた事に気付くと、チョロリと赤い舌をだして草むらの中へと身を隠す。
生きる方法は生まれながら知っていたから、他の仲間たちに出会わぬように、兄弟たちが向かった方角に背を向けてスルスル進んだ。
彼らとは共に生きられない。
母蛇や兄弟蛇と形状こそは似ていたけれど、生まれながらに自分が異質だと白い蛇は知っていた。
白い蛇は虫や鳥の語る声だけでなく、木々の声や風の声も聞く事ができた。
本来なら持ち合わせていた色も持たず毒も持たず、身体付きも小さく生まれてしまったけれど、白い蛇は言葉を理解するという不可思議な力を授かっていたので他の生き物たちより賢いのだ。
真珠のように白い鱗に珊瑚のように深紅の瞳。
輝く色のない身体は山の中や川の側ではひどく目立つので、獣や鳥を避けて移動しているうちに、宿場町にたどりついていた。
ぶら下がった看板に書かれた文字も飛び交う人の言葉も理解したけれど、小さな蛇の身体である。
行きかう大きな足に踏まれぬように身をかわし、橋のたもとにある草むらを寝床に決めた。
温泉もある大きな宿場町だった。
旅籠の並ぶ温泉街と土産物や飲食店の並ぶ繁華街は川を隔て、ふたつをつなぐその橋は人通りが多かった。
籠や馬だけでなく、熊野詣に向かう徒歩の旅人も数多く通り過ぎる。
歩いて渡るには深い川だけれど、ゆるやかな流れの水は透き通り、春ともなれば川の土手に敷物を敷いて花見をする者もあらわれた。
白い蛇が訪れたのは梅雨も明け、蒸し暑くなる初夏の頃だったが、土手に座って弁当を広げる酔狂な者も多かった。
そのためソコツ者が手を滑らせた握り飯や温泉まんじゅうなども草むらにはそれなりに転がってくるので、白い蛇は人間の食べ物の味を覚えていった。
初めは恐る恐る口をつけていたけれど、動きまわる虫やカエルを捕まえるよりよほど簡単で腹も満たされ、いつしか人の落し物を求めてシュルシュルと動き回るようになった。
鳥や獣がこなくい場所で白い蛇に気付きもしない人間ばかり歩き去るに、いつのまにか慣れてしまっていたのだろう。
身を隠してくれる草むらのない大通りに落ちている団子を見つけ、周囲を確認することなく進み出てしまった。
人の食べ物は美味しいだけでなく腹もちも良く満たされる。
大きな口をあけて団子にかじりついたその時に、バシンと横殴りに強く叩かれた。
生まれた時から言えば育ったとはいえ、まだまだ小さな白い蛇はキリキリと回るようにはじきとばされたが、すぐさま大きな手に押さえつけられた。
猫であった。
首に付けられた鈴がチリチリとなり、大きな目が白い蛇を興味深げに見つめていた。
口元がにんまりと笑ったようで、逃れようと白い蛇は身体を激しくくねらせたが猫の手は緩まない。
胴体を押さえる手を、大きく口をあけてガブリとかんだら驚いたように猫は一瞬手を引いたけれど、逃れられたと思ったのは一瞬ですぐに反対の手で押さえつけられる。
モコモコと密に生えた毛が邪魔をして、幾度かみついても白い蛇の牙は届かなかった。
猫は蛇をチョイとつついては手を離し、動けばたたきつぶす勢いで押さえてくる。
ああ、これは遊ばれている。
そのうち、この大きな身体の猫に身体を食いちぎられるのだろう。
鳥に喰われるのも、獣に飲まれるのも、それは自然の摂理というものだ。
だけどこれは違う。
どこかの飼い猫の退屈つぶしの遊びで引きちぎられて、襤褸のように朽ち捨てられるのは嫌だ。
そんな絶望に白い蛇は身をよじったけれど、素早く大きな猫には叶わない。
目の前で大きな口がクワッと開き、白い牙が見えた。
生臭い息が顔にかかり、白い蛇は顔をそむけて身を引いたけれど、それだけだった。
思っていた痛みがこず、代わりに黒い影が上から落ちてきた。
「およしなさい、小さいものを虐めてはいけないわ」
そんな声がかけられると同時に、猫の首についていた鈴の音がチリチリと遠ざかる。
白い蛇が声がしたほうに顔を向けると、鮮やかな紅色をまとった人がいた。
若い娘だった。白い顔につややかな黒い髪。紅をさした唇はやわらかそうで、手鞠模様の着物も愛らしい顔立ちに良く似合っていた。
「お嬢様、蛇ですよ」
「ええ、そうね。白い蛇なんて、珍しいわね」
「まったくもう、のんきなことを。気味の悪い蛇なんて禍ツ物かもしれませんのに」
「あら。白蛇様は神様のお使いだってお坊様もおっしゃっていたわ。うちのタマが殺めたら、それこそ取り返しのつかない事が起こるかもしれないでしょう?」
恐ろしげにつぶやく乳母らしき女の腕の中には、ついさっきまで白い蛇をいたぶっていた猫がいた。人に抱かれ白い蛇に興味を失ったのか、乳母の腕に巻かれた飾り紐で遊んでいる。猫にとっては人も蛇も大した差はないのだろう。
お下がりなさいと乳母に声をかけた娘は、懐から扇を取り出すと開き、白い蛇にそれを差しだしてきた。
「おのり。草むらに返してあげましょう」
ジッと白い蛇は娘の顔を見つめた。
穏やかな微笑みは人柄そのもので、何の苦労もなく育った善良さで輝いている。
つぶらな赤い瞳に見つめられ、考えている様子の仕草に娘はふふふと笑った。
「おまえ、賢いのね。大丈夫よ、意地悪なんてしないわ」
安心させるように眼差しで橋から少し離れた草むらを示し、白い蛇が鎌首をあげてそこが安全そうだと確認してチロリと赤い舌を見せたので、娘は再び笑った。
「おのり。綺麗で賢い蛇さん。ここいらは危ないのよ。気を抜いてはいけないわ」
素直に広げられた扇の上に乗った白い蛇に笑いかけ、娘はしずしず歩くと草むらの中に小さな体をそっと下ろす。
娘の優しい仕草に、白い蛇は草むらから一度出てぺこりと頭を下げて、スルスルと草むらの中に身を消した。
それから白い蛇は慎重になった。
美味しそうな食べ物が転がっていても、周囲を確かめてから行動するようになった。
宿場町は栄えていて、人だけでなく飼い猫や飼い犬も多くいるようだった。
飼われている犬猫はあまり家から出てこないようだが、油断してはいたら先日のような目に会うと身を持って知ってしまった。
それに川辺や土手にはカラスやサギもやってくるし、自分が蛇の中では珍しい容姿をしているから人間だって油断ならない。
なにしろ白い蛇体は日の光の下だけでなく、夜の闇の中でもほんのりと光ってしまうのだ。
慎重に慎重に行動する白い蛇だったけれど、唯一の例外は助けてくれた娘だった。
娘は清という名で、出会った時の歳は十三歳。
あどけないというには育っていたし、大人というには幼い頃の危うい色香があった。
旅籠の中でも特に大きなお宿のひとり娘らしく、出歩く回数は少ないがいつも美しい着物を着ている。
お茶やお花の習いごとは家まで師匠がやってくるが、踊りや琴や三味線は舞台のある師匠の家まで習いに行くらしい。
お稽古に行く前は足早だけど、お稽古が終っての帰り道は気晴らしも兼ねてゆるゆると歩き、時には土手沿いで橋の向こうを見つめてジッとしている事もあった。
家を出てから橋を渡るその道筋に白い蛇が身を潜めている草むらがあり、時々ではあるが草陰からチョロリと顔を出すと娘はいつも気付いてくれた。
清は目が良いのか勘が良いのか、草陰がカサリと動くのとほぼ同時に白い蛇に顔を向けている。
そしてにこやかに微笑んで懐から懐紙を取り出すと、それに包んであった落雁やら飴玉や小さなまんじゅうや、甘いものを手に載せて一つ二つを白い蛇に差しだすのだ。
草むらの近くに置かれた菓子を咥えて草陰に隠すと、白い蛇はいつもぺこりと頭を下げる。
貰うばかりも気が引けるので、時には蛇も小さな花を咥えてお礼代わりに渡していた。
咲いたばかりの露草やネジ花をぽとりと足元に落とされ、清は「賢いのね」と朗らかに笑い、賢しらな行動をする白い蛇を初めは気味悪がっていた付添いの女中や乳母も、いつしか慣れて笑うようになっていた。
なにしろ手のひらに乗るぐらい小さな蛇で、ツヤツヤとした真珠色の鱗もつぶらな珊瑚色の眼も美しいのである。
甘い菓子にかじりつく邪気を持たない様子も、不思議と幼子を思い出させ愛らしく目に映ったのだ。
「そうだ、名前をあげましょう。お前は今日から珊瑚よ」
私のお気に入りと同じ色の眼だものね、と結いあげた髪に刺した赤い玉を見せてお清は笑った。
太陽にキラキラ光るそのカンザシはとても美しく、白い蛇の胸まで明るく照らす。
清のお気に入りと同じだなんて、とても素敵なことだと喜んだ。
そうして、白い蛇は珊瑚になった。
珊瑚の名を得てから、白い蛇はできる事が増えた。
短い距離なら、動かずとも跳べるのだ。
鳥のように空を飛ぶのではない。
例えば、垣根の外の道で猫に出くわしたとき、逃げたいと強く望んだら垣根の内側にある庭に居た。
それほど遠い距離ではないけれど、またたきほどの時間で庭石の上で望み縁の下に移動できるとか、塀の内と外を行き来できるとか、空間と空間が一瞬でつながったように跳んでいるのだ。
不可思議な出来事ではあったが、鳥や獣に襲われても一瞬で逃げおおせるので、とても便利な力でもあった。
とうとうと流れる水の音が聞こえる川辺で、その白い蛇は生まれおちた。
他の兄弟たちは母蛇に似た黒く色づいた蛇体をくねらせあっという間に草むらへと消えていったけれど、真っ白なうえに一回り小さく生まれた白い蛇はまばゆい太陽にしばし呆然としていた。
それでも冷たい風が吹いた事に気付くと、チョロリと赤い舌をだして草むらの中へと身を隠す。
生きる方法は生まれながら知っていたから、他の仲間たちに出会わぬように、兄弟たちが向かった方角に背を向けてスルスル進んだ。
彼らとは共に生きられない。
母蛇や兄弟蛇と形状こそは似ていたけれど、生まれながらに自分が異質だと白い蛇は知っていた。
白い蛇は虫や鳥の語る声だけでなく、木々の声や風の声も聞く事ができた。
本来なら持ち合わせていた色も持たず毒も持たず、身体付きも小さく生まれてしまったけれど、白い蛇は言葉を理解するという不可思議な力を授かっていたので他の生き物たちより賢いのだ。
真珠のように白い鱗に珊瑚のように深紅の瞳。
輝く色のない身体は山の中や川の側ではひどく目立つので、獣や鳥を避けて移動しているうちに、宿場町にたどりついていた。
ぶら下がった看板に書かれた文字も飛び交う人の言葉も理解したけれど、小さな蛇の身体である。
行きかう大きな足に踏まれぬように身をかわし、橋のたもとにある草むらを寝床に決めた。
温泉もある大きな宿場町だった。
旅籠の並ぶ温泉街と土産物や飲食店の並ぶ繁華街は川を隔て、ふたつをつなぐその橋は人通りが多かった。
籠や馬だけでなく、熊野詣に向かう徒歩の旅人も数多く通り過ぎる。
歩いて渡るには深い川だけれど、ゆるやかな流れの水は透き通り、春ともなれば川の土手に敷物を敷いて花見をする者もあらわれた。
白い蛇が訪れたのは梅雨も明け、蒸し暑くなる初夏の頃だったが、土手に座って弁当を広げる酔狂な者も多かった。
そのためソコツ者が手を滑らせた握り飯や温泉まんじゅうなども草むらにはそれなりに転がってくるので、白い蛇は人間の食べ物の味を覚えていった。
初めは恐る恐る口をつけていたけれど、動きまわる虫やカエルを捕まえるよりよほど簡単で腹も満たされ、いつしか人の落し物を求めてシュルシュルと動き回るようになった。
鳥や獣がこなくい場所で白い蛇に気付きもしない人間ばかり歩き去るに、いつのまにか慣れてしまっていたのだろう。
身を隠してくれる草むらのない大通りに落ちている団子を見つけ、周囲を確認することなく進み出てしまった。
人の食べ物は美味しいだけでなく腹もちも良く満たされる。
大きな口をあけて団子にかじりついたその時に、バシンと横殴りに強く叩かれた。
生まれた時から言えば育ったとはいえ、まだまだ小さな白い蛇はキリキリと回るようにはじきとばされたが、すぐさま大きな手に押さえつけられた。
猫であった。
首に付けられた鈴がチリチリとなり、大きな目が白い蛇を興味深げに見つめていた。
口元がにんまりと笑ったようで、逃れようと白い蛇は身体を激しくくねらせたが猫の手は緩まない。
胴体を押さえる手を、大きく口をあけてガブリとかんだら驚いたように猫は一瞬手を引いたけれど、逃れられたと思ったのは一瞬ですぐに反対の手で押さえつけられる。
モコモコと密に生えた毛が邪魔をして、幾度かみついても白い蛇の牙は届かなかった。
猫は蛇をチョイとつついては手を離し、動けばたたきつぶす勢いで押さえてくる。
ああ、これは遊ばれている。
そのうち、この大きな身体の猫に身体を食いちぎられるのだろう。
鳥に喰われるのも、獣に飲まれるのも、それは自然の摂理というものだ。
だけどこれは違う。
どこかの飼い猫の退屈つぶしの遊びで引きちぎられて、襤褸のように朽ち捨てられるのは嫌だ。
そんな絶望に白い蛇は身をよじったけれど、素早く大きな猫には叶わない。
目の前で大きな口がクワッと開き、白い牙が見えた。
生臭い息が顔にかかり、白い蛇は顔をそむけて身を引いたけれど、それだけだった。
思っていた痛みがこず、代わりに黒い影が上から落ちてきた。
「およしなさい、小さいものを虐めてはいけないわ」
そんな声がかけられると同時に、猫の首についていた鈴の音がチリチリと遠ざかる。
白い蛇が声がしたほうに顔を向けると、鮮やかな紅色をまとった人がいた。
若い娘だった。白い顔につややかな黒い髪。紅をさした唇はやわらかそうで、手鞠模様の着物も愛らしい顔立ちに良く似合っていた。
「お嬢様、蛇ですよ」
「ええ、そうね。白い蛇なんて、珍しいわね」
「まったくもう、のんきなことを。気味の悪い蛇なんて禍ツ物かもしれませんのに」
「あら。白蛇様は神様のお使いだってお坊様もおっしゃっていたわ。うちのタマが殺めたら、それこそ取り返しのつかない事が起こるかもしれないでしょう?」
恐ろしげにつぶやく乳母らしき女の腕の中には、ついさっきまで白い蛇をいたぶっていた猫がいた。人に抱かれ白い蛇に興味を失ったのか、乳母の腕に巻かれた飾り紐で遊んでいる。猫にとっては人も蛇も大した差はないのだろう。
お下がりなさいと乳母に声をかけた娘は、懐から扇を取り出すと開き、白い蛇にそれを差しだしてきた。
「おのり。草むらに返してあげましょう」
ジッと白い蛇は娘の顔を見つめた。
穏やかな微笑みは人柄そのもので、何の苦労もなく育った善良さで輝いている。
つぶらな赤い瞳に見つめられ、考えている様子の仕草に娘はふふふと笑った。
「おまえ、賢いのね。大丈夫よ、意地悪なんてしないわ」
安心させるように眼差しで橋から少し離れた草むらを示し、白い蛇が鎌首をあげてそこが安全そうだと確認してチロリと赤い舌を見せたので、娘は再び笑った。
「おのり。綺麗で賢い蛇さん。ここいらは危ないのよ。気を抜いてはいけないわ」
素直に広げられた扇の上に乗った白い蛇に笑いかけ、娘はしずしず歩くと草むらの中に小さな体をそっと下ろす。
娘の優しい仕草に、白い蛇は草むらから一度出てぺこりと頭を下げて、スルスルと草むらの中に身を消した。
それから白い蛇は慎重になった。
美味しそうな食べ物が転がっていても、周囲を確かめてから行動するようになった。
宿場町は栄えていて、人だけでなく飼い猫や飼い犬も多くいるようだった。
飼われている犬猫はあまり家から出てこないようだが、油断してはいたら先日のような目に会うと身を持って知ってしまった。
それに川辺や土手にはカラスやサギもやってくるし、自分が蛇の中では珍しい容姿をしているから人間だって油断ならない。
なにしろ白い蛇体は日の光の下だけでなく、夜の闇の中でもほんのりと光ってしまうのだ。
慎重に慎重に行動する白い蛇だったけれど、唯一の例外は助けてくれた娘だった。
娘は清という名で、出会った時の歳は十三歳。
あどけないというには育っていたし、大人というには幼い頃の危うい色香があった。
旅籠の中でも特に大きなお宿のひとり娘らしく、出歩く回数は少ないがいつも美しい着物を着ている。
お茶やお花の習いごとは家まで師匠がやってくるが、踊りや琴や三味線は舞台のある師匠の家まで習いに行くらしい。
お稽古に行く前は足早だけど、お稽古が終っての帰り道は気晴らしも兼ねてゆるゆると歩き、時には土手沿いで橋の向こうを見つめてジッとしている事もあった。
家を出てから橋を渡るその道筋に白い蛇が身を潜めている草むらがあり、時々ではあるが草陰からチョロリと顔を出すと娘はいつも気付いてくれた。
清は目が良いのか勘が良いのか、草陰がカサリと動くのとほぼ同時に白い蛇に顔を向けている。
そしてにこやかに微笑んで懐から懐紙を取り出すと、それに包んであった落雁やら飴玉や小さなまんじゅうや、甘いものを手に載せて一つ二つを白い蛇に差しだすのだ。
草むらの近くに置かれた菓子を咥えて草陰に隠すと、白い蛇はいつもぺこりと頭を下げる。
貰うばかりも気が引けるので、時には蛇も小さな花を咥えてお礼代わりに渡していた。
咲いたばかりの露草やネジ花をぽとりと足元に落とされ、清は「賢いのね」と朗らかに笑い、賢しらな行動をする白い蛇を初めは気味悪がっていた付添いの女中や乳母も、いつしか慣れて笑うようになっていた。
なにしろ手のひらに乗るぐらい小さな蛇で、ツヤツヤとした真珠色の鱗もつぶらな珊瑚色の眼も美しいのである。
甘い菓子にかじりつく邪気を持たない様子も、不思議と幼子を思い出させ愛らしく目に映ったのだ。
「そうだ、名前をあげましょう。お前は今日から珊瑚よ」
私のお気に入りと同じ色の眼だものね、と結いあげた髪に刺した赤い玉を見せてお清は笑った。
太陽にキラキラ光るそのカンザシはとても美しく、白い蛇の胸まで明るく照らす。
清のお気に入りと同じだなんて、とても素敵なことだと喜んだ。
そうして、白い蛇は珊瑚になった。
珊瑚の名を得てから、白い蛇はできる事が増えた。
短い距離なら、動かずとも跳べるのだ。
鳥のように空を飛ぶのではない。
例えば、垣根の外の道で猫に出くわしたとき、逃げたいと強く望んだら垣根の内側にある庭に居た。
それほど遠い距離ではないけれど、またたきほどの時間で庭石の上で望み縁の下に移動できるとか、塀の内と外を行き来できるとか、空間と空間が一瞬でつながったように跳んでいるのだ。
不可思議な出来事ではあったが、鳥や獣に襲われても一瞬で逃げおおせるので、とても便利な力でもあった。
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