ひろいひろわれ こいこわれ ~華燭~

九條 連

文字の大きさ
上 下
47 / 63
第7章

第1話(1)

しおりを挟む
「え……、なに? 恋人、って言った? こん人が?」

 完全に意表を突かれた様子の達哉に、莉音は何度も大きく頭を振った。

「そうです。僕がお付き合いしてるのは、あのモデルさんのほうじゃなくて、ここにいるアルフさんなんです」

 達哉は茫然とした顔で莉音を見、つづいてヴィンセントに目を向けた。

「ホテルの帝王、が莉音くんの……?」

 なにやら妙な異名になってしまっているが、だれもツッコむ者がいない。莉音は、緊張に身を硬張こわばらせながら達哉の様子を窺った。

「莉音、いったい……」

 ヴィンセントがなおも、事情が呑みこめずに困惑の表情を浮かべる。そんなヴィンセントを見て、達哉は納得がいかなそうに口を開いた。

「あんた――そこの帝王、ほんとに莉音くんの恋人なのか?」
「そうだが」
 おかしな呼び名に眉をひそめつつも、ヴィンセントは応じた。

「やったら、いまさらなんや! さんざん莉音くんを放置しち心細い思いをさせた挙げ句、いきなり登場したかち思やあ、正義面で庇うふりなんかしち。そもそも、あん記事はなんちゃ! 莉音くんがおらんのぅいいことに、余所んおなごにうつつぅ抜かしちょったんやねえんか?」
「それは違う。あの記事に関しては誤りがある。私には、莉音ただひとりしかいない」

 ヴィンセントは、莉音の肩を抱きながら毅然と応えた。

「だがしかし、君が私を疑うのももっともだと思う。莉音を長らく独りにしたまま、あんなゴシップで世間を騒がせてしまった。だから今日は、その不始末を清算して、あらためてこの先も莉音とともに歩むことを誓うために来た」
「アルフさん……」

 茫然と呟いた莉音に、ヴィンセントは遅くなってすまない、と申し訳なさそうに言った。

「……あん記事は、本当にガセなんか?」
「本当だ。彼女は、親しい友人のひとりにすぎない。彼女にとっての私も、友人以外のなにものでもないと断言できる。彼女は、私と莉音のことを応援してくれている。あの記事の写真は、彼女が私にエールを送ってくれた際の一部が切り取られたものにすぎない」

 ヴィンセントの言葉にじっと耳を傾けていた達哉は、不意に莉音に視線を移した。

「莉音くんな、いまん言葉、どう受け取るん? 言い訳か、誤魔化しか、真実か」

 訊かれて、莉音はおずおずと答えた。

「あの、本当、だと思います。アルフさんは僕に、嘘をついたりはしないと思うので。出逢ってからずっと、誠実に僕と向き合ってくれた人だから。それに、もしこんなことで誤魔化すような人なら、起ち上げた会社をここまで成長させて、成功することはなかったはずでしょう?」

 莉音を見据えていた達哉の視線が、ふたたびヴィンセントに戻った。

「さっき俺が殴りかかったとき、あんた、莉音くんを庇うち自分がまえに出ちょったけど、あんまま俺が動きゅ止めんで拳ぅ振り下ろしちょったら、どげえするつもりやったんだ?」
「どうもしない。あのまま受け止めていた。私のせいで莉音を傷つけるわけにはいかない」
「アルフさんっ」

 ヴィンセントの泰然とした態度に変化はなかった。

「そもそも、不始末の清算の中には、そういうことも含まれると覚悟のうえでここに来た。もっとも、想定していた相手は君ではなかったが」

 それはつまり、彼は祖父に殴られる覚悟をしていたということなのだろう。
 思わず不安になってヴィンセントに縋ったが、それを聞いた達哉の瞳から険がとれた。

「……わかった」

 小さく息をついて、達哉は言った。

「どうやら、俺ん勘違いやったんごたるけん、お邪魔虫はこれで退散っちゅうことにするわ。あとはあたあおふたりで、どうぞごゆっくり。あ、でも、あんたに殴りかかったこたあ謝らんけんね」
 大事な恋人につらい思いをさせた罰だと達哉は言い放った。

「そんじゃ莉音くん、俺、先戻っちょんね」
「あ、達哉さん!」

 クルリと背中を向けた達哉は、後ろ手にヒラヒラと手を振ってレストランのほうへ戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

処理中です...