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第7章
第1話(1)
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「え……、なに? 恋人、って言った? こん人が?」
完全に意表を突かれた様子の達哉に、莉音は何度も大きく頭を振った。
「そうです。僕がお付き合いしてるのは、あのモデルさんのほうじゃなくて、ここにいるアルフさんなんです」
達哉は茫然とした顔で莉音を見、つづいてヴィンセントに目を向けた。
「ホテルの帝王、が莉音くんの……?」
なにやら妙な異名になってしまっているが、だれもツッコむ者がいない。莉音は、緊張に身を硬張らせながら達哉の様子を窺った。
「莉音、いったい……」
ヴィンセントがなおも、事情が呑みこめずに困惑の表情を浮かべる。そんなヴィンセントを見て、達哉は納得がいかなそうに口を開いた。
「あんた――そこの帝王、ほんとに莉音くんの恋人なのか?」
「そうだが」
おかしな呼び名に眉を顰めつつも、ヴィンセントは応じた。
「やったら、いまさらなんや! さんざん莉音くんを放置しち心細い思いをさせた挙げ句、いきなり登場したかち思やあ、正義面で庇うふりなんかしち。そもそも、あん記事はなんちゃ! 莉音くんがおらんのぅいいことに、余所んおなごに現ぅ抜かしちょったんやねえんか?」
「それは違う。あの記事に関しては誤りがある。私には、莉音ただひとりしかいない」
ヴィンセントは、莉音の肩を抱きながら毅然と応えた。
「だがしかし、君が私を疑うのももっともだと思う。莉音を長らく独りにしたまま、あんなゴシップで世間を騒がせてしまった。だから今日は、その不始末を清算して、あらためてこの先も莉音とともに歩むことを誓うために来た」
「アルフさん……」
茫然と呟いた莉音に、ヴィンセントは遅くなってすまない、と申し訳なさそうに言った。
「……あん記事は、本当にガセなんか?」
「本当だ。彼女は、親しい友人のひとりにすぎない。彼女にとっての私も、友人以外のなにものでもないと断言できる。彼女は、私と莉音のことを応援してくれている。あの記事の写真は、彼女が私にエールを送ってくれた際の一部が切り取られたものにすぎない」
ヴィンセントの言葉にじっと耳を傾けていた達哉は、不意に莉音に視線を移した。
「莉音くんな、いまん言葉、どう受け取るん? 言い訳か、誤魔化しか、真実か」
訊かれて、莉音はおずおずと答えた。
「あの、本当、だと思います。アルフさんは僕に、嘘をついたりはしないと思うので。出逢ってからずっと、誠実に僕と向き合ってくれた人だから。それに、もしこんなことで誤魔化すような人なら、起ち上げた会社をここまで成長させて、成功することはなかったはずでしょう?」
莉音を見据えていた達哉の視線が、ふたたびヴィンセントに戻った。
「さっき俺が殴りかかったとき、あんた、莉音くんを庇うち自分がまえに出ちょったけど、あんまま俺が動きゅ止めんで拳ぅ振り下ろしちょったら、どげえするつもりやったんだ?」
「どうもしない。あのまま受け止めていた。私のせいで莉音を傷つけるわけにはいかない」
「アルフさんっ」
ヴィンセントの泰然とした態度に変化はなかった。
「そもそも、不始末の清算の中には、そういうことも含まれると覚悟のうえでここに来た。もっとも、想定していた相手は君ではなかったが」
それはつまり、彼は祖父に殴られる覚悟をしていたということなのだろう。
思わず不安になってヴィンセントに縋ったが、それを聞いた達哉の瞳から険がとれた。
「……わかった」
小さく息をついて、達哉は言った。
「どうやら、俺ん勘違いやったんごたるけん、お邪魔虫はこれで退散っちゅうことにするわ。あとはおふたりで、どうぞごゆっくり。あ、でも、あんたに殴りかかったこたあ謝らんけんね」
大事な恋人につらい思いをさせた罰だと達哉は言い放った。
「そんじゃ莉音くん、俺、先戻っちょんね」
「あ、達哉さん!」
クルリと背中を向けた達哉は、後ろ手にヒラヒラと手を振ってレストランのほうへ戻っていった。
完全に意表を突かれた様子の達哉に、莉音は何度も大きく頭を振った。
「そうです。僕がお付き合いしてるのは、あのモデルさんのほうじゃなくて、ここにいるアルフさんなんです」
達哉は茫然とした顔で莉音を見、つづいてヴィンセントに目を向けた。
「ホテルの帝王、が莉音くんの……?」
なにやら妙な異名になってしまっているが、だれもツッコむ者がいない。莉音は、緊張に身を硬張らせながら達哉の様子を窺った。
「莉音、いったい……」
ヴィンセントがなおも、事情が呑みこめずに困惑の表情を浮かべる。そんなヴィンセントを見て、達哉は納得がいかなそうに口を開いた。
「あんた――そこの帝王、ほんとに莉音くんの恋人なのか?」
「そうだが」
おかしな呼び名に眉を顰めつつも、ヴィンセントは応じた。
「やったら、いまさらなんや! さんざん莉音くんを放置しち心細い思いをさせた挙げ句、いきなり登場したかち思やあ、正義面で庇うふりなんかしち。そもそも、あん記事はなんちゃ! 莉音くんがおらんのぅいいことに、余所んおなごに現ぅ抜かしちょったんやねえんか?」
「それは違う。あの記事に関しては誤りがある。私には、莉音ただひとりしかいない」
ヴィンセントは、莉音の肩を抱きながら毅然と応えた。
「だがしかし、君が私を疑うのももっともだと思う。莉音を長らく独りにしたまま、あんなゴシップで世間を騒がせてしまった。だから今日は、その不始末を清算して、あらためてこの先も莉音とともに歩むことを誓うために来た」
「アルフさん……」
茫然と呟いた莉音に、ヴィンセントは遅くなってすまない、と申し訳なさそうに言った。
「……あん記事は、本当にガセなんか?」
「本当だ。彼女は、親しい友人のひとりにすぎない。彼女にとっての私も、友人以外のなにものでもないと断言できる。彼女は、私と莉音のことを応援してくれている。あの記事の写真は、彼女が私にエールを送ってくれた際の一部が切り取られたものにすぎない」
ヴィンセントの言葉にじっと耳を傾けていた達哉は、不意に莉音に視線を移した。
「莉音くんな、いまん言葉、どう受け取るん? 言い訳か、誤魔化しか、真実か」
訊かれて、莉音はおずおずと答えた。
「あの、本当、だと思います。アルフさんは僕に、嘘をついたりはしないと思うので。出逢ってからずっと、誠実に僕と向き合ってくれた人だから。それに、もしこんなことで誤魔化すような人なら、起ち上げた会社をここまで成長させて、成功することはなかったはずでしょう?」
莉音を見据えていた達哉の視線が、ふたたびヴィンセントに戻った。
「さっき俺が殴りかかったとき、あんた、莉音くんを庇うち自分がまえに出ちょったけど、あんまま俺が動きゅ止めんで拳ぅ振り下ろしちょったら、どげえするつもりやったんだ?」
「どうもしない。あのまま受け止めていた。私のせいで莉音を傷つけるわけにはいかない」
「アルフさんっ」
ヴィンセントの泰然とした態度に変化はなかった。
「そもそも、不始末の清算の中には、そういうことも含まれると覚悟のうえでここに来た。もっとも、想定していた相手は君ではなかったが」
それはつまり、彼は祖父に殴られる覚悟をしていたということなのだろう。
思わず不安になってヴィンセントに縋ったが、それを聞いた達哉の瞳から険がとれた。
「……わかった」
小さく息をついて、達哉は言った。
「どうやら、俺ん勘違いやったんごたるけん、お邪魔虫はこれで退散っちゅうことにするわ。あとはおふたりで、どうぞごゆっくり。あ、でも、あんたに殴りかかったこたあ謝らんけんね」
大事な恋人につらい思いをさせた罰だと達哉は言い放った。
「そんじゃ莉音くん、俺、先戻っちょんね」
「あ、達哉さん!」
クルリと背中を向けた達哉は、後ろ手にヒラヒラと手を振ってレストランのほうへ戻っていった。
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