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第6章
第3話(3)
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「俺やったら、好きな子にそげな顔させとうねえ。一か月って、結構長えよ? 揉めたあとならなおさら関係修復しち、安心させちゃんべきやねえん? なのに莉音くんが衝動的に東京飛び出しちきてん、ずっと放置しち追いかけてもこん。そん時点で、充分酷いよね?」
「それは仕事があるから……」
「仕事? 大事な恋人より仕事優先? そん挙げ句が、あん熱愛報道?」
「でもあれは、本当じゃないから」
「そう言いくるめられたんじゃろ? なんか都合んいい理由でんつけて、甘い言葉で誤魔化されち」
「違います。言いくるめられてません。あの報道のあと、僕なりに記事の内容を吟味して、信憑性に欠けると判断しました」
「相手からは? きちんと説明してもろうた?」
「あの、それは……」
莉音は口籠もった。
あの日から、ヴィンセントからの連絡は途絶えている。昨日送ったメッセージにも、いまだなんの反応もない。
あれからまる一日経っている。送った瞬間に既読がついたのに、なぜヴィンセントは、いまだ沈黙を保ったままなのだろう。
思った途端に、胸の中に不安がひろがった。
こんなのはヴィンセントらしくない。仮に莉音の身勝手に腹を立て、不快に思っていたとしても、あからさまに無視して冷たく突き放す、などということはしないはずだ。
もしや、ヴィンセントの身になにかあったのでは……。
思いつくのは、よくないことばかりで怖くなる。
まさか倒れた、なんてことは――
一気に血の気が引いて、頭の中が真っ白になった。
「莉音くん? どげえした、急に。顔色が……」
「――僕、行かないと」
「え?」
「達哉さん、ごめんなさい。僕、東京に帰ります、いますぐに!」
「えっ? ちょっ…、莉音くんっ!?」
「ほんとにごめんなさい! 皆さんにも謝っておいてください。このお詫びは、いずれあらためて必ずしますからっ」
「待ったっ、待った! いきなり、なに? いったい、なにがどうして……」
「はなっ、放してくださいっ! 僕、東京に戻らないといけないんですっ」
「ちょっ、莉音くん!」
達哉に腕を掴まれて、莉音はもがいた。
「嫌です、放して! 僕、いますぐアルフさんのところに行かないと……アルフさんっ!」
「莉音っ!!」
突然強い力で引き寄せられて、だれかの胸に抱きとめられた。
聞き慣れた声。よく知っている胸の感触。嗅ぎ慣れた、コロンの香り。
莉音は茫然と顔を上げた。
「………………アルフ、さん?」
そんな莉音を、ヴィンセントは気遣わしげに覗きこみ、そっと頬と撫でた。
「大丈夫か? どこも怪我はしていないか?」
「え? はい、あの、全然」
なにが起こったのか、理解できなかった。
目の前にいるのは、本当にヴィンセントだろうか。否、本物であることは間違いない。だが、なぜ彼がこんなところに……。
「てめえっ!」
背後で低い唸り声がして、莉音はハッとした。ヴィンセントも瞬時に表情を変えると、莉音を自分の背後に隠すように押しやった。
「なに莉音くんに気安く触ってんだ! 莉音くんから離れろっ!」
「それはできない。君こそ私の莉音に乱暴を働いたこと、このままで済むと思わないことだ」
「は? 乱暴? なに言いよんのかわかんねえよ! っちゅうか、あんたこそいきなりなんだよっ。あんた、例の週刊誌の男やろ! 莉音くんの恋人に手ェ出しちょきながら、こげなとこにのこのこ現るるなんて、頭おかしいんじゃねえんか? こん間男っ!」
「間男?」
達哉の言葉に、ヴィンセントは怪訝な顔をした。莉音もそこで、達哉の誤解にようやく気がついた。
達哉は、莉音が付き合っているのは噂の相手ではなく、モデルのほうだと思っていたのだ。
「達哉さん、違います! 誤解です!」
「莉音くんな黙っちょってくれ! 俺はあんたん恋人も許せんが、こん男はもっと許せん! 大企業ん社長だかなんか知らんけんど、金に物言わせて他人の大事なモンに手ェ出しち、平然としちょんなんて男ん風上にも置けねえっ!」
「待ってください。違うんですっ」
莉音は必死で事情を説明しようとしたが、頭に血が上っている達哉は聞く耳を持たない。
「莉音、彼はいったい、なんの話をしてる?」
話が見えないヴィンセントが、困惑した様子で莉音に問いかける。その言葉が、最後のひと押しとなった。
「こんっの、ゲス野郎がっ! ぶっ殺しちゃるっ!!」
激昂した達哉が、拳を振り上げてヴィンセントに殴りかかってきた。
莉音は達哉とヴィンセントのあいだに割って入ろうとするが、莉音を護ろうとするヴィンセントは身体を張って莉音を押さえこむ。
迫る拳。
「違います! この人が僕の恋人ですっっっ!!」
莉音はヴィンセントの腕に取り縋ったまま絶叫した。
訪れた沈黙。
拳が振り下ろされる直前でピタリと動きを止めた達哉は、愕然とした顔で莉音に視線を向けた。
「それは仕事があるから……」
「仕事? 大事な恋人より仕事優先? そん挙げ句が、あん熱愛報道?」
「でもあれは、本当じゃないから」
「そう言いくるめられたんじゃろ? なんか都合んいい理由でんつけて、甘い言葉で誤魔化されち」
「違います。言いくるめられてません。あの報道のあと、僕なりに記事の内容を吟味して、信憑性に欠けると判断しました」
「相手からは? きちんと説明してもろうた?」
「あの、それは……」
莉音は口籠もった。
あの日から、ヴィンセントからの連絡は途絶えている。昨日送ったメッセージにも、いまだなんの反応もない。
あれからまる一日経っている。送った瞬間に既読がついたのに、なぜヴィンセントは、いまだ沈黙を保ったままなのだろう。
思った途端に、胸の中に不安がひろがった。
こんなのはヴィンセントらしくない。仮に莉音の身勝手に腹を立て、不快に思っていたとしても、あからさまに無視して冷たく突き放す、などということはしないはずだ。
もしや、ヴィンセントの身になにかあったのでは……。
思いつくのは、よくないことばかりで怖くなる。
まさか倒れた、なんてことは――
一気に血の気が引いて、頭の中が真っ白になった。
「莉音くん? どげえした、急に。顔色が……」
「――僕、行かないと」
「え?」
「達哉さん、ごめんなさい。僕、東京に帰ります、いますぐに!」
「えっ? ちょっ…、莉音くんっ!?」
「ほんとにごめんなさい! 皆さんにも謝っておいてください。このお詫びは、いずれあらためて必ずしますからっ」
「待ったっ、待った! いきなり、なに? いったい、なにがどうして……」
「はなっ、放してくださいっ! 僕、東京に戻らないといけないんですっ」
「ちょっ、莉音くん!」
達哉に腕を掴まれて、莉音はもがいた。
「嫌です、放して! 僕、いますぐアルフさんのところに行かないと……アルフさんっ!」
「莉音っ!!」
突然強い力で引き寄せられて、だれかの胸に抱きとめられた。
聞き慣れた声。よく知っている胸の感触。嗅ぎ慣れた、コロンの香り。
莉音は茫然と顔を上げた。
「………………アルフ、さん?」
そんな莉音を、ヴィンセントは気遣わしげに覗きこみ、そっと頬と撫でた。
「大丈夫か? どこも怪我はしていないか?」
「え? はい、あの、全然」
なにが起こったのか、理解できなかった。
目の前にいるのは、本当にヴィンセントだろうか。否、本物であることは間違いない。だが、なぜ彼がこんなところに……。
「てめえっ!」
背後で低い唸り声がして、莉音はハッとした。ヴィンセントも瞬時に表情を変えると、莉音を自分の背後に隠すように押しやった。
「なに莉音くんに気安く触ってんだ! 莉音くんから離れろっ!」
「それはできない。君こそ私の莉音に乱暴を働いたこと、このままで済むと思わないことだ」
「は? 乱暴? なに言いよんのかわかんねえよ! っちゅうか、あんたこそいきなりなんだよっ。あんた、例の週刊誌の男やろ! 莉音くんの恋人に手ェ出しちょきながら、こげなとこにのこのこ現るるなんて、頭おかしいんじゃねえんか? こん間男っ!」
「間男?」
達哉の言葉に、ヴィンセントは怪訝な顔をした。莉音もそこで、達哉の誤解にようやく気がついた。
達哉は、莉音が付き合っているのは噂の相手ではなく、モデルのほうだと思っていたのだ。
「達哉さん、違います! 誤解です!」
「莉音くんな黙っちょってくれ! 俺はあんたん恋人も許せんが、こん男はもっと許せん! 大企業ん社長だかなんか知らんけんど、金に物言わせて他人の大事なモンに手ェ出しち、平然としちょんなんて男ん風上にも置けねえっ!」
「待ってください。違うんですっ」
莉音は必死で事情を説明しようとしたが、頭に血が上っている達哉は聞く耳を持たない。
「莉音、彼はいったい、なんの話をしてる?」
話が見えないヴィンセントが、困惑した様子で莉音に問いかける。その言葉が、最後のひと押しとなった。
「こんっの、ゲス野郎がっ! ぶっ殺しちゃるっ!!」
激昂した達哉が、拳を振り上げてヴィンセントに殴りかかってきた。
莉音は達哉とヴィンセントのあいだに割って入ろうとするが、莉音を護ろうとするヴィンセントは身体を張って莉音を押さえこむ。
迫る拳。
「違います! この人が僕の恋人ですっっっ!!」
莉音はヴィンセントの腕に取り縋ったまま絶叫した。
訪れた沈黙。
拳が振り下ろされる直前でピタリと動きを止めた達哉は、愕然とした顔で莉音に視線を向けた。
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