ひろいひろわれ こいこわれ ~華燭~

九條 連

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第1章

第3話

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 翌日、莉音は祖父母とともに両親と母方の祖母、多恵が眠る杉並区内の菩提寺に向かった。この日もヴィンセントが社用車を出すと言ってくれたが、さすがにそこまでは甘えられない。感謝を伝えたうえで辞退し、電車とタクシーで移動した。

 梅雨はまだ明けていなかったが、多少蒸し暑い程度の曇天だったのは幸いだった。
 事前に連絡を入れておいたので、本堂で身内だけの法要を行い、その流れでお墓参りをする。父のお墓は東京にもあるが、祖父母も参ることができるようにと分骨して、大分おおいたのお墓にも納められていた。

 再婚もせず、ずっと佐倉の嫁でいつづけた母も、大分のお墓に入れてもらったほうがいいのだろうかと思ったが、祖父母がそこまではしなくてもいいと言ってくれたので、母のお墓は東京だけにある。
 隣にある多恵のお墓と合わせてきれいに掃除し、花を供えて線香を上げた。先月ヴィンセントと参ったときには、まだ悲しみのほうが大きかったが、先日の夢のおかげで、今日は穏やかな気持ちで手を合わせることができた。

 ――母さん、このあいだは会いに来てくれてありがとう。今日は母さんのために、佐倉のおじいちゃんとおばあちゃんが来てくれたよ。それから父さん、アルフさんのことでびっくりさせちゃってごめんね。おじいちゃんたちにはいま、アルフさんの家に泊まってもらってるからね。さすがに付き合ってることまでは打ち明けてないけど、ふたりともアルフさんのこと、立派な人だって気に入ってくれたみたい。すごく大切で大好きな人だから、いつか胸を張って恋人ですって紹介できるように頑張るね。だから父さんも、僕とアルフさんのこと、見守っててください。

 もしかしてまた、悶絶させちゃってるかなと想像して、おかしくなってしまった。
 愛する我が子に同性の恋人ができたと言われたら、それはびっくりするだろう。ましてや父には、小さかったころの自分のイメージしかない。その息子が、生前の自分と変わらない年齢の相手と恋をして付き合って、さらには一緒に住んでいるのだ。もしも存命であったなら、大騒ぎになったに違いない。むろん、そうなれば父も年齢を重ねているので、恋人と同世代ということにはならないけれど。

 夢の中で、母は自分たちのことを応援してくれた。けれどもあれは、自分の願望が見せた都合のいい夢だったのかもしれない。
 母に会いたかった。いまの自分を見て、安心してほしかった。
 考えてもしかたのないことだが、あの夢を見て以来、両親がともに健在であったなら、自分はどうしていただろうと思うことがある。ヴィンセントとの関係を知ったら、反対されただろうか。それ以前に、もし出逢ったとして、自分たちが互いに惹かれ合う可能性はあったのだろうか。

 祖母の指輪のことがあったから、出逢う可能性はそれなりにあっただろう。だがその場合、指輪のことは母が対応しただろうし、ヴィンセントが必要以上に自分を気にかけることはなかったと思う。自分はきっと学校にも通いつづけていて、将来への不安を感じることもなく、ごく平凡な学生生活を送っていたに違いない。

 ヴィンセントが手を差し伸べる必要もなければ、自分がその手に縋って、頼る必要がなかった世界――

 そうであったとしても、自分はやはり、ヴィンセントと恋がしたいと思った。
 どんな世界に行っても、どんな境遇になっても、彼と巡り逢って互いに心を通わせ、求め合える自分でいたかった。

 出逢ってまだ、たったの四か月。

 自分がこんなにもだれかを愛する日がくるとは思いもしなかった。
 それでもいつか、ともに過ごす中で気持ちが冷めてしまったり、心がすれ違う日がくることがあるのかもしれない。いまは気づいていない嫌な面も、見えてしまう日がくるかもしれない。こんなにも溢れる想いが、憎しみや嫌悪に変わって関係が終わる日がくることだってあるかもしれない。それでも。

 人生の分岐点に戻ってヴィンセントと出逢う運命と出逢わない運命、どちらかを選べるとしたら、たとえこの先の未来に不運が訪れるとしても、自分は迷いなく前者を選ぶだろう。確信を持ってそう思う。

 彼のいない人生は、もう考えられない。
 注いでもらった以上の愛情を、返していける人間になれるように。

 ――僕、頑張るからね。

 隣に並んで立つことはいまは難しくても、少しでもその背中に追いつけるよう努力していくことを、莉音は両親と祖母のまえで誓った。
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