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第1章

第2話(2)

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 ヴィンセントは、予定どおり早めに仕事を切り上げて帰宅した。
 莉音の紹介を受け、リビングで出迎えた祖父母に穏やかに挨拶をする。

「よくいらしてくださいました。大切なお孫さんをお預かりしてます、アルフレッド・ヴィンセントと申します。電話では一度、ご挨拶させていただきましたが、こうしてお目にかかれて嬉しく思います」

 洗練された物腰の長身の美丈夫に、祖父も祖母も恐縮したように頭を下げた。

「莉音の祖父ん、佐倉武造たけぞうっちいいます。うちん孫がすっかりお世話になっちょんごたっち、真剣、感謝しちょります。こん度は、こげえ立派なお宅に家内ともどもお招きいただいち」

 莉音も多少心許ないものの、わかる範囲で通訳をしたほうがいいのだろうかとやりとりを見守る。だが、あいだに入ろうとしたタイミングでヴィンセントが口を開いた。

「とんでもない。莉音くんには日頃、こちらのほうがお世話になってます。彼は私にとっても家族同然の存在ですので、おふたりも滞在期間中はご自分の家と思って、ゆっくりくつろいでいってください」
 どこまでもスマートな対応に、祖母もあれまぁと華やいだ声をあげた。

「莉音ちゃん雇い主さんが、こげえ美男子たあ思わんかった。日本語も上手じ、たいしたもんやわ」

 ヴィンセントは祖母に対しても恐縮ですと、紳士的に応じた。すっかり気をよくした祖父母は、持参した大分名産の地酒や銘菓、入浴剤などをヴィンセントに渡して、打ち解けた様子を見せていた。


 夕食の準備はすでに調っていたので、ヴィンセントが部屋着に着替えてきたところで食卓に着いた。サルサソースのハンバーグに夏野菜をふんだんに取り入れたガスパチョ、サーモンとアボカドのサラダ、そら豆とチーズの春巻き。お昼が和食だったこともあって、夕食は洋風寄りのメニューにしてみたが、ヴィンセントはもちろんのこと、莉音が腕をふるった料理は祖父母にも好評だった。

「それでね、僕が襲われそうになったところにアルフさんが飛びこんできて庇ってくれてね」

 四人で食卓を囲みながら、莉音はヴィンセントと出会ったきっかけやハウスキーパーとして雇われ、通いから住み込みになった経緯を祖父母に語って聞かせた。時折ヴィンセントも莉音の話に説明を添え、自分の仕事のことなども尋ねられるままに話す。祖父母はその内容に、終始驚いたり感心したりして盛り上がり、賑やかな夕食となった。

「本当にいいに巡り会えち、よかったねぇ」

 食後の片付けをしていると、祖母がキッチンに手伝いにやってきてしみじみと言った。祖父はヴィンセントとソファーに移動して、晩酌をつづけている。アテには、ちくわがあったので、カレー風味の磯辺揚げをさっと作って持っていった。

「おばあちゃん、僕ね、来年からまた調理の専門学校に通うことにしたよ。母さんのことがあって一度は諦めたけど、アルフさんのおかげで当面の生活の心配はなくなったし、やりたいことがあるのなら、後悔のないように精一杯やりなさいって背中を押してもらえたから」
 莉音の報告に、祖母はよかったねぇと嬉しそうに何度も頷いた。

「お母さんとお店持つんが夢やったもんねぇ。こげえ料理が上手なんやけん、そん才能伸ばしたほうがいいっち、おばあちゃんも思うわ」
「うん、ありがとう。やっぱり作るの好きだし、みんなに美味しいって言ってもらえるのも嬉しいから、一からちゃんと勉強して、その道に進めたらいいなって思ってる」
 応援しちょんけんねぇと祖母は目を細めた。

「莉音ちゃん、なにかあったらいつでも言いなさいっちゃ。お金んことも、心配せんじいいけん」
「ありがとう。でも大丈夫。学費は母さんがちゃんと貯めてくれてたから」

 アルフさんにも、こうして住み込みでお仕事させてもらえてるしねと莉音は食洗機に使用済みの食器をセットしていきながら笑顔で答えた。
 ふと視線を向けると、祖父とヴィンセントは、なにやら楽しげに談笑している。なごやかなその雰囲気に、祖父母に自分の大切な人を紹介することができてよかったとあらためて思った。
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