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第1章
第1話(2)
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「おじいさんとおばあさんが?」
ネクタイをゆるめる手を止めて、ヴィンセントが振り返った。部屋の入り口に佇んだまま、莉音は頷いた。
「あの、佐倉の――父方の祖父母で。九州の大分に住んでるんですけど、このあいだ出した引っ越しのお知らせを見て、心配になったみたいで。一応そのときに電話でも説明してるんですけど、急に様子を見に上京するって言ってきて」
今日、ハガキが届いたのだと報告した。
「いつ、いらっしゃると?」
「えっと、来月の半ばだそうです。東京のお盆は七月だと聞いているから、母さんの新盆に合わせて行くって」
あの、僕ふつうに八月のつもりでいたんですけど、と莉音は心許なさそうに言った。
「母さんが亡くなったときも駆けつけてくれて、葬儀の場で一緒に大分に来て、暮らしたらどうかって誘ってくれたのを断ってるんです。だからきっと、気になってるんだと思います」
莉音の説明に耳を傾けていたヴィンセントは、そうかと頷いた。
「ならば東京に出てこられたら、うちに泊まっていただくといい」
ヴィンセントの言葉に、莉音は目を瞠った。
「えっ? いえ、そんな。僕のほうでホテルを予約するから大丈夫です」
莉音はあわてて申し出を断ろうとしたが、ヴィンセントは納得しなかった。
「おじいさんたちはきっと、いまの莉音がどんな暮らしをしているのか心配されているのだろう。ならばうちに来ていただいて、その暮らしぶりを直接見ていただくほうがいい。もちろんおふたりのご意向を伺う必要はあるが、部屋ならば空いているのだから、変に遠慮して無駄なホテル代を払う必要はない」
「で、でも、ご迷惑じゃ……」
「そんなはずないだろう? 莉音のおじいさんとおばあさんなら、私にとっても大切な方々だ。さすがに恋人を名乗るわけにはいかないだろうが、私からもぜひ、ご挨拶させていただきたい」
ヴィンセントにおいでと両手を差し伸べられて、莉音はおずおずと入室し、そばに近寄った。その躰を、ヴィンセントはゆったりと抱きしめた。
「奥ゆかしいのは結構だが、私の恋人は謙虚すぎて困る。もっと我儘を言って甘えてくれていいのに」
嗅ぎ慣れたコロンの香りに包まれて、莉音はうっとりと身を擦り寄せた。
「僕、充分甘えさせてもらってます」
「それは恋人としてのスキンシップでの話だろう? 気持ちの部分では、まだまだ私に対して遠慮がある」
「そんなことは……」
「たとえば私の母が来日したとして、莉音に気を遣わせるのは悪いから、家には呼ばずにうちのホテルに滞在させると言ったらどう思う?」
穏やかな声で問われて、莉音はハッとした。
「あ、僕……」
目もとをなごませたヴィンセントは、なにも言わずにそっとキスをした。口唇を触れ合わせるだけの、優しいキス。莉音は自分から、ひろい胸に縋りついた、
「ごめんなさい。もしそうなったら、僕、すごく傷ついたと思います。そんなつもりじゃなかったんですけど、アルフさんの気持ち、全然考えられてませんでした」
「莉音が私を思って遠慮してくれたことはわかる。だけど、こういうときは余計な気をまわさず、寄りかかってくれたら嬉しい」
「はい、ありがとうございます。僕もアルフさんのこと紹介したいので、おじいちゃんたちにもこの家に泊まってもらえるか聞いてみます」
「ぜひ、ゆっくりしていっていただきたいとお伝えしてほしい」
莉音はヴィンセントを見上げて、もう一度「はい」と頷いた。
ネクタイをゆるめる手を止めて、ヴィンセントが振り返った。部屋の入り口に佇んだまま、莉音は頷いた。
「あの、佐倉の――父方の祖父母で。九州の大分に住んでるんですけど、このあいだ出した引っ越しのお知らせを見て、心配になったみたいで。一応そのときに電話でも説明してるんですけど、急に様子を見に上京するって言ってきて」
今日、ハガキが届いたのだと報告した。
「いつ、いらっしゃると?」
「えっと、来月の半ばだそうです。東京のお盆は七月だと聞いているから、母さんの新盆に合わせて行くって」
あの、僕ふつうに八月のつもりでいたんですけど、と莉音は心許なさそうに言った。
「母さんが亡くなったときも駆けつけてくれて、葬儀の場で一緒に大分に来て、暮らしたらどうかって誘ってくれたのを断ってるんです。だからきっと、気になってるんだと思います」
莉音の説明に耳を傾けていたヴィンセントは、そうかと頷いた。
「ならば東京に出てこられたら、うちに泊まっていただくといい」
ヴィンセントの言葉に、莉音は目を瞠った。
「えっ? いえ、そんな。僕のほうでホテルを予約するから大丈夫です」
莉音はあわてて申し出を断ろうとしたが、ヴィンセントは納得しなかった。
「おじいさんたちはきっと、いまの莉音がどんな暮らしをしているのか心配されているのだろう。ならばうちに来ていただいて、その暮らしぶりを直接見ていただくほうがいい。もちろんおふたりのご意向を伺う必要はあるが、部屋ならば空いているのだから、変に遠慮して無駄なホテル代を払う必要はない」
「で、でも、ご迷惑じゃ……」
「そんなはずないだろう? 莉音のおじいさんとおばあさんなら、私にとっても大切な方々だ。さすがに恋人を名乗るわけにはいかないだろうが、私からもぜひ、ご挨拶させていただきたい」
ヴィンセントにおいでと両手を差し伸べられて、莉音はおずおずと入室し、そばに近寄った。その躰を、ヴィンセントはゆったりと抱きしめた。
「奥ゆかしいのは結構だが、私の恋人は謙虚すぎて困る。もっと我儘を言って甘えてくれていいのに」
嗅ぎ慣れたコロンの香りに包まれて、莉音はうっとりと身を擦り寄せた。
「僕、充分甘えさせてもらってます」
「それは恋人としてのスキンシップでの話だろう? 気持ちの部分では、まだまだ私に対して遠慮がある」
「そんなことは……」
「たとえば私の母が来日したとして、莉音に気を遣わせるのは悪いから、家には呼ばずにうちのホテルに滞在させると言ったらどう思う?」
穏やかな声で問われて、莉音はハッとした。
「あ、僕……」
目もとをなごませたヴィンセントは、なにも言わずにそっとキスをした。口唇を触れ合わせるだけの、優しいキス。莉音は自分から、ひろい胸に縋りついた、
「ごめんなさい。もしそうなったら、僕、すごく傷ついたと思います。そんなつもりじゃなかったんですけど、アルフさんの気持ち、全然考えられてませんでした」
「莉音が私を思って遠慮してくれたことはわかる。だけど、こういうときは余計な気をまわさず、寄りかかってくれたら嬉しい」
「はい、ありがとうございます。僕もアルフさんのこと紹介したいので、おじいちゃんたちにもこの家に泊まってもらえるか聞いてみます」
「ぜひ、ゆっくりしていっていただきたいとお伝えしてほしい」
莉音はヴィンセントを見上げて、もう一度「はい」と頷いた。
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