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第5章
誘惑と友情、魂の交信(9)
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「そなたは一見したところ、飄々として掴みどころがなく、振る舞いにいたっては品性の欠片もない。なにごとにも不真面目でいい加減で、なぜこのような者が我の大切な半身の躰に入りこんでしまったのかと最初は腹立たしく思っていた」
「おいっ」
「だがそなたには、人の痛みに寄り添う優しさと、その心ごと包みこむ懐の深さがある。目の前で困っている人間がいれば、自分のほうが大変な状況にあっても、己を捨て置いて迷わず他者に手を差し伸べる。そんな強さを備えている」
「べつに俺は、そんなできた人間じゃ……」
「ひょっとしたらそなたが不安を感じているように、もとの世界では、耐えがたくなるようなつらいことや嫌なことがあったのかもしれぬ。それでもそなたを案じて、その帰りを待っている者があちらの世界に必ずいるはずだ。そなたを知る我だからこそ断言できる」
「リュシエル……」
「そなたは我の想い人にはなりえぬ。だが生まれてはじめてできた、たったひとりのかけがえのない友だ」
「友達? 俺があんたの?」
「そうだ。我はそう思っている」
思わず顔を上げると、目が合った途端にリュシエルははにかんだ笑みを浮かべた。
「対等な立場で共有できる時間をともに過ごし、ときには悩みを打ち明けて支え合ったり、互いの意見を率直にぶつけて関係を深めていく。そういうのを友情というのだろう?」
「まあ、そうだな」
「我には、そういう相手がひとりもいなかった。からかわれたり適当にあしらわれたり、言い合いをしたのもそなたがはじめてだった」
いろいろ思い出したのか、リュシエルは楽しそうに含み笑いを漏らした。
「この世に生を受けたときから我の存在は特殊で、対等に接してくれる者などだれもいなかった。おなじ盟主候補であるエルディラントさえも、家格の違いを理由に、最初のころは一歩引いた接しかたしかしてくれなかった。我に対してなんの忖度も阿りもなく、まっすぐに向き合ってくれたのはそなただけだった」
「……俺、もしかして結構態度でかかったか? 不遜っていうか無礼っていうか」
「こんなふうに横柄で、我に対して遠慮のない物言いや振る舞いをするのはそなただけだ」
「うわ、やっぱそうか」
いや、でもそりゃそうだよな。俺のいた世界でいうなら、王子とか皇太子みたいな立場だもんな。こんなタメ語で、気安く接していいはずもなかったのだ。いまさらだけど。
「最初は我も、こういった扱いには慣れていなかったので、とても驚いた。でも次第に心地よく、それから嬉しく思うようになっていった。普通の人々は、こんなふうに他者との距離を縮め、知り合っていくのだということをはじめて経験することができた。そなたは我にとってのはじめての友で、それからおそらく、最後の友なのだと思う」
その口調にわずかな諦念と寂しさ、だからこその喜びが滲む。
「エルディラントを早く取り戻したいという気持ちはもちろんある。だが、それとは別に、そなたともっともっと親しくなりたいと思う気持ちもあって、距離の縮めかたを誤ってしまった。うっかりはしゃぎすぎてしまったのだ」
リュシエルは照れたように笑った。
「おいっ」
「だがそなたには、人の痛みに寄り添う優しさと、その心ごと包みこむ懐の深さがある。目の前で困っている人間がいれば、自分のほうが大変な状況にあっても、己を捨て置いて迷わず他者に手を差し伸べる。そんな強さを備えている」
「べつに俺は、そんなできた人間じゃ……」
「ひょっとしたらそなたが不安を感じているように、もとの世界では、耐えがたくなるようなつらいことや嫌なことがあったのかもしれぬ。それでもそなたを案じて、その帰りを待っている者があちらの世界に必ずいるはずだ。そなたを知る我だからこそ断言できる」
「リュシエル……」
「そなたは我の想い人にはなりえぬ。だが生まれてはじめてできた、たったひとりのかけがえのない友だ」
「友達? 俺があんたの?」
「そうだ。我はそう思っている」
思わず顔を上げると、目が合った途端にリュシエルははにかんだ笑みを浮かべた。
「対等な立場で共有できる時間をともに過ごし、ときには悩みを打ち明けて支え合ったり、互いの意見を率直にぶつけて関係を深めていく。そういうのを友情というのだろう?」
「まあ、そうだな」
「我には、そういう相手がひとりもいなかった。からかわれたり適当にあしらわれたり、言い合いをしたのもそなたがはじめてだった」
いろいろ思い出したのか、リュシエルは楽しそうに含み笑いを漏らした。
「この世に生を受けたときから我の存在は特殊で、対等に接してくれる者などだれもいなかった。おなじ盟主候補であるエルディラントさえも、家格の違いを理由に、最初のころは一歩引いた接しかたしかしてくれなかった。我に対してなんの忖度も阿りもなく、まっすぐに向き合ってくれたのはそなただけだった」
「……俺、もしかして結構態度でかかったか? 不遜っていうか無礼っていうか」
「こんなふうに横柄で、我に対して遠慮のない物言いや振る舞いをするのはそなただけだ」
「うわ、やっぱそうか」
いや、でもそりゃそうだよな。俺のいた世界でいうなら、王子とか皇太子みたいな立場だもんな。こんなタメ語で、気安く接していいはずもなかったのだ。いまさらだけど。
「最初は我も、こういった扱いには慣れていなかったので、とても驚いた。でも次第に心地よく、それから嬉しく思うようになっていった。普通の人々は、こんなふうに他者との距離を縮め、知り合っていくのだということをはじめて経験することができた。そなたは我にとってのはじめての友で、それからおそらく、最後の友なのだと思う」
その口調にわずかな諦念と寂しさ、だからこその喜びが滲む。
「エルディラントを早く取り戻したいという気持ちはもちろんある。だが、それとは別に、そなたともっともっと親しくなりたいと思う気持ちもあって、距離の縮めかたを誤ってしまった。うっかりはしゃぎすぎてしまったのだ」
リュシエルは照れたように笑った。
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