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第2章

俺は死んじまっただ?(12)

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「たしかにエルディラントは、我をとても大切にしてくれていた。その誠実な気持ちを、信じたいと思う」
「そうだな。そんで、このとっちらかった状況を解決させないとな」
 俺もこのままだと困るし、と言うと、リュシエルもまったくだと小さく笑った。

「ありがとう。そなたこそ大変なときだというのに。でも、とても心強い。我も、そなたが無事、もとの姿、もとの場所に戻れるよう協力する」
「そうだな。一緒に頑張ろうぜ」
 肩に手を置くと、リュシエルは頷いた。だが不意に、不安げに顔を曇らせた。
「どうした?」
「その、エルディラントのことが周囲にバレるのは、いまはまずい。この屋敷には我らに仕える使用人たちもそれなりにいるし、定期的に眷属の者たちも我らの様子を確認することになっている」
「あ~、それは……」

 なにがどうまずいのかはわからないが、『俺』が目を覚ます直前、リュシエルは何者かに襲われ、この躰の持ち主であるエルディラントがそれを庇ったのだったと思い出した。
 本来であれば、襲撃どころか世界中から敬われてしかるべき立場のはずである。だが、それを、よく思わない『なにか』が存在するということなのだろう。
 なにがどうなっているのかを知っていくのは、とりあえずおいおいにするとして、まずは俺が腹をくくらなければならないようだ。

「わかった、当面のあいだは俺が『エルディラント』の代役を果たすことにする。っつっても、俺にその役目が務まるのか、非常に怪しいところではあるんだけどな。ほら、俺、こっちの世界のことも、この躰の持ち主のこともいっさいわからないからさ」
「それは、我ができるかぎりフォローする」
「よろしく頼む。俺には、あんたしか頼れる奴がいないからな」
 わかったと頷いたリュシエルは、そこでふと、なにかに気づいたように表情をあらためた。

「ところで、そなたのことはなんと呼べばいいのだろう?」
「ん? 『エルディラント』じゃないのか?」
「それは本物のエルディラントのことであろう! むろん、ほかの者のまえではそう呼ぶ。だが、ふたりのときにおなじ呼びかたでは、まぎらわしいではないか」
「そう、かな?」

 いまいちピンとこなかったが、ようするに『俺』のことは、恋人とは別の存在として明確に分けておきたいということなのだろう。まあ、好きでもなんでもない相手を恋人とおなじ名で呼ぶのも抵抗あるか。

「っつっても俺、自分の名前、憶えてないんだよな」
「ならば『エル』というのはどうだろう?」
 提案されて、一瞬言葉を詰まらせた。
「……え? それ、なにも変わらなくね?」
 途端にリュシエルは顔を赤くした。
「かっ、変わらなくなどないっ。我はエルディラントのことはずっと『エルディラント』と呼んできたっ。目上の相手を軽々しく愛称で呼ぶなど非礼にあたるからなっ」
「え? なのに俺は非礼にならないんだ」
「とっ、当然であろう! そなた、我より年下であろうっ」
「いや~、まあ、そうね。神様基準でいったら、たしかに俺、年下かなぁ」

 成熟度合いでいったら、たぶん普通に社会人経験がある俺のほうが上になるんだろうけど、とは思ったが、変に角が立っても困るので黙っておくことにした。

「それにっ、そなたにはエルディラントとして過ごしてもらうのだ。かけ離れた名で呼んでいるところを万一ほかの者に聞かれでもしたら、大変なことになるではないかっ」
「あ、うん。たしかにそりゃそうだ」
 同意すると、リュシエルはあからさまにホッとした顔をした。

「だからそなたのことは『エル』、エルディラントのことは『エルディラント』と呼び分けることにする」
「わかったわかった、了解」
 ヒラヒラと手を振ってから、付け足した。
「けどそのうち、エルディラント本人のことも、気安く愛称で呼び合えるようになるといいな、リュシー?」
 言った途端、一度おさまった白磁の肌が見事に薄紅に染まっていった。

「そっ、そなたっ! エルディラントはそのように軽薄な物言いはせぬっ。第三者にエルディラントの人間性を疑われることがないよう、我がしっかりと指導するゆえ、覚悟するがよいっ!」
「あ~、はいはい。よろしくお願いしますね~」
「エルッ」

 まったく少し見直したところだったのに、全部だいなしではないかとプリプリ怒るさまに笑ってしまった。
 これからどうなるのだろうという一抹の不安はあるが、ともあれ、ひとりでも味方を得られて助かった。呑気のんきにそんなことを思っていた自分を、後に俺は、深く後悔することになる。
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