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第3章

すれ違う想い(5)

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「そうだな、俺も生命が惜しいし、なによりもまず、借り物のこの躰を危険に晒したり傷をつけるのは気が引ける。とりあえず細心の注意を払いつつ、問題解決の糸口をできるだけ早く掴めるよう努力するってことでどうだ?」
「……それならばいい」

 口唇くちびるを尖らせた、ものすごい不満顔で了承されて、危うく吹き出しそうになった。
 気持ちはわからなくもない。好きな男の躰に、まったくの赤の他人の人格が入りこんで好き勝手やろうとしているのだ。そりゃ気にくわないだろう。だが、仮にも盟主の座に即く立場。本音と建前を巧みに使い分けて、駆け引きするぐらいの小狡こずるさがなくて大丈夫なんだろうかと思ってしまう。

 大事に育てられたことはわかるんだが、純粋培養そのまますぎて、腹芸なんて考えたこともないんだろうなというのがここ数日のあいだ、一緒に過ごしていだいた印象だった。もしかするとそのへんの担当は、この躰の持ち主のほうだったのかもしれない。
 そこまで考えて、ふと思った。


「そういやさ、エルディラントって日記とか覚書みたいなの、つけてなかったのか?」
「日記や覚書?」
 リュシエルは首をかしげた。

 いかんせん、都市部の道路は石畳で、整備されている下水道もまた超原始的。インフラの状態を見れば、この世界の生活水準は推して知るべしで、電気やガスなんぞ通っているわけもなく、スマホもパソコンも存在しない。当然、あらゆる記録はアナログ主体の手書きとなるわけで、暗号で書かれているのでもないかぎり、記述さえ見つかれば、あとはその内容を精査すればいい。パスワードや生体認証でセキュリティが固められていることもないだろう。まあ、仮に生体認証が導入されていたとしても、情報を引き出すのが本人である以上、突破はできるんだが。
 っていうか、エルディラントによってなんらかの記述が残されていた場合、非常に有力な手がかりを得られる可能性も高い反面、俺自身に書かれている文字が読めるかどうかという問題が出てくる。会話は普通にできてるから忘れてたけど、たぶん日本語じゃないはずだ。


「もし見つけたとして、俺が読めなかったら、あんたに読んで内容教えてもらえると助かるんだが」
「そなた正気かっ!」
 突如怒鳴られて、思わずビクッとした。

「うおっ、びっくりした。いきなり大声出すなよ。なに?」
「なに、ではない! そなた、いったいどういう育ちかたをしたらそのような下劣なことを思いつくのだっ。他人ひとの記したものを許可もなく盗み読みするなど、人としてあるまじき行為ではないかっ!」
「いや、うん、わかるよ? 俺だって普段はそんなことしないって。けどさ、いまはそういう場合じゃなくない? 手がかり見つける手段としては、これ以上最適のものはないと思うんだけど。っていうか、見る見ないはまたあらためて考えるとして、そういうのがあるかどうかだけ確認してみてもいいんじゃないか?」
「ダメだ! そんなことは我が許さぬっ。もしそのような真似をして、エルディラントにどう説明すればいいのだっ」
「あ~、だったら俺が勝手にやったってことにすればいいじゃん。こうやって会話は問題なく成立してるんだから、文字も普通に読める可能性高いしな。わかった、この件にはあんたは関わらなくていい。この躰の持ち主の部屋、俺が勝手に家捜しするから、あんたは知らなかったことにしてくれ」
「そっ、そんなわけにはいかぬっ! エルッ、よさぬか! 我は絶対に許さぬからなっ」

 立ち上がった俺を引き留めるためにリュシエルもまた、勢いよく席を立った。だが次の瞬間、

「あ……っ」

 小さく声をあげた直後、膝から崩れ落ちた。

「おい、リュシエル?」
 咄嗟に腕を伸ばして抱きとめ、声をかけたが、腕にかかる体重が一気に重くなった。そのまま倒れそうになるので、迷わず抱き上げた。腕の中でぐったりとするリュシエルの意識はすでにない。

「リュシエル! リュシエルッ!?」

 軽く揺すって声をかけたが、その顔色は蒼白で、瞼は固く閉ざされたままだった。
 俺が倒れたとき、リュシエルは神力なるものを使ったというが、俺にはそんなものは使えない。リュシエルを抱きかかえたまま、部屋の外に向かった。

「だれかいるか? リュシエルが倒れた! 寝所へ運ぶ。すぐに用意しろ!」

 声を聞きつけた使用人たちが廊下の向こうから駆けつけてくる。その中にある顔を見つけて、心がひどくざわついた。
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