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第3章
天の摂理(4)
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「こんなにも愛らしい人が、生涯をともにするパートナーなのですから」
「な……っ」
途端に、色白のすべらかな頬がうっすらと染まっていった。
「エッ、エルッ!」
上擦った声色に批難が交じるが、こちらはどこまでも、『エルディラント』として品よく微笑する。
「すまない、つい口を滑らせてしまった。だが、事実なのだ。私の心は、もうずっと長いこと、美しい婚約者に奪われつづけている」
「そっ、そんなことっ」
どう返せばいいのかわからないのだろう。リュシエルは言葉を詰まらせ、喘ぐように口を開閉させた。その様子を見て、メルヴィルは目を細めながら何度も頷いた。
「睦まじいおふたりのご様子を拝見していると、わたくしも心が洗われるようです」
「メッ、メルヴィル補佐官っ」
「この調子であれば、ほどなく力のやりとりも、スムースに行うことがおできになるでしょう」
あとひと息ですよと太鼓判を押したところで、さてと、と膝に手を置いて立ち上がった。
「本日はこのあたりで失礼させていただくことにしましょう。上にもよい報告が出来ることを、嬉しく思いますよ」
「えっ、あ、あのっ、もうお帰りに?」
「はい。あまり長居をして、おふたりのお邪魔になってはいけませんから」
それを聞いて、色白の頬がますます赤くなる。その肩を抱いてうながしながら、とんでもないと余裕たっぷりに応じて一緒に立ち上がった。
「そのようなことは決してありませんが、補佐官殿からいただいたお言葉は、我々にとっても大変励みになりました。このままでは、次期盟主としての責務を果たすことかなわず、いずれ候補の座から追われることもあるやもしれぬと危惧しておりましたので」
メルヴィルはまさかと笑った。
「次期盟主となられる御方は、エルディラント様とリュシエル様をおいてほかにおられません。光と闇、それぞれの眷属の頂点に立たれるのは、いつの時代にも選ばれた方ただおひとりのみ。代替わりの御代に次代候補者として誕生されたおふたりは、天にさだめられた無二の存在であらせられるのです」
「ですが、万にひとつも、天のさだめに誤りがあるという可能性はありませんか?」
「エルッ」
リュシエルが小さな声で制止しようとするが、肩を抱く手に力をこめて黙らせた。
「むろん、天を冒涜する意図はありません。ただ、我々が今回、このようなかたちで躓いたことで、こういった仕組みは危うい均衡の上に成り立っているのではないかと思ったのです」
「とおっしゃいますと?」
「もし、さだめられた候補者が円滑に力を取り交わすことができなかったら。もしくは眷属の中に、さだめられた候補者を快く思わない――次代盟主として相応しくないと考える者が現れたら。なんらかの事情で候補者が首座に就くことができない、あるいは盟主を継いだとしても短命に終わる。そのような事態になったとしたら?」
リュシエルはもう、なんの言葉も発さなかったが、その顔から完全に血の気が失せていた。
「な……っ」
途端に、色白のすべらかな頬がうっすらと染まっていった。
「エッ、エルッ!」
上擦った声色に批難が交じるが、こちらはどこまでも、『エルディラント』として品よく微笑する。
「すまない、つい口を滑らせてしまった。だが、事実なのだ。私の心は、もうずっと長いこと、美しい婚約者に奪われつづけている」
「そっ、そんなことっ」
どう返せばいいのかわからないのだろう。リュシエルは言葉を詰まらせ、喘ぐように口を開閉させた。その様子を見て、メルヴィルは目を細めながら何度も頷いた。
「睦まじいおふたりのご様子を拝見していると、わたくしも心が洗われるようです」
「メッ、メルヴィル補佐官っ」
「この調子であれば、ほどなく力のやりとりも、スムースに行うことがおできになるでしょう」
あとひと息ですよと太鼓判を押したところで、さてと、と膝に手を置いて立ち上がった。
「本日はこのあたりで失礼させていただくことにしましょう。上にもよい報告が出来ることを、嬉しく思いますよ」
「えっ、あ、あのっ、もうお帰りに?」
「はい。あまり長居をして、おふたりのお邪魔になってはいけませんから」
それを聞いて、色白の頬がますます赤くなる。その肩を抱いてうながしながら、とんでもないと余裕たっぷりに応じて一緒に立ち上がった。
「そのようなことは決してありませんが、補佐官殿からいただいたお言葉は、我々にとっても大変励みになりました。このままでは、次期盟主としての責務を果たすことかなわず、いずれ候補の座から追われることもあるやもしれぬと危惧しておりましたので」
メルヴィルはまさかと笑った。
「次期盟主となられる御方は、エルディラント様とリュシエル様をおいてほかにおられません。光と闇、それぞれの眷属の頂点に立たれるのは、いつの時代にも選ばれた方ただおひとりのみ。代替わりの御代に次代候補者として誕生されたおふたりは、天にさだめられた無二の存在であらせられるのです」
「ですが、万にひとつも、天のさだめに誤りがあるという可能性はありませんか?」
「エルッ」
リュシエルが小さな声で制止しようとするが、肩を抱く手に力をこめて黙らせた。
「むろん、天を冒涜する意図はありません。ただ、我々が今回、このようなかたちで躓いたことで、こういった仕組みは危うい均衡の上に成り立っているのではないかと思ったのです」
「とおっしゃいますと?」
「もし、さだめられた候補者が円滑に力を取り交わすことができなかったら。もしくは眷属の中に、さだめられた候補者を快く思わない――次代盟主として相応しくないと考える者が現れたら。なんらかの事情で候補者が首座に就くことができない、あるいは盟主を継いだとしても短命に終わる。そのような事態になったとしたら?」
リュシエルはもう、なんの言葉も発さなかったが、その顔から完全に血の気が失せていた。
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