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第2章
俺は死んじまっただ?(11)
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「それ、あんたの想い人から直接聞いたのか?」
「エルディラントは、そのような無粋な男ではない。彼は清廉で、思いやりがあって、責任感の強い男だ。だからこそ、我の未熟さからくる失調を己の責任として――」
「その話さ、全部、あんたの憶測の域を出ない話なんだろ? そんなんじゃ、うまくいくもんも、いかなくなるんじゃねえの?」
俯いていた銀髪美人の髪が、大きく揺れた。直後に、キッと顔を上げる。
「そ、そなたになにがわかるというのだ!」
「いや、わかんねえよ? 全然わかんねえけどさ、でも、お互いの気持ちを押し殺して遠慮し合ったままじゃ、なにもはじまらねえんじゃねえのって言ってんだよ」
「そっ、んなこと、は……」
勢いよく反論しかけて、けれど結局、尻すぼみになって言葉は消えた。
「気持ちはわかるよ? あんたにとって、この躰の持ち主は、長いあいだ恋い焦がれてきた初恋の相手だもんな。その初恋の男が、自分のことを好きじゃないのかもとか、ほかに想い人がいるんじゃないか、なんて考えるだけでも嫌だろうし、その真意を知るのはなおさら怖い。けどさ、そこも含めて互いをきちんと知り合って、この先の長い生涯をともにする覚悟を決める期間でもあるんじゃねえの?」
「それは……」
「俺は、大丈夫だと思うぜ?」
励ましをこめて言うと、顔を上げた銀髪美人の青い瞳が縋るように見返してきた。
「あんたの想い人は、あんたのことを綺麗だ、可愛いって言いつづけてきたんだろ?」
「そう、だが……、でもあれは、うわべだけの褒め言葉だったのかもしれぬ」
自信がなさそうな様子に、思わず笑いが漏れた。
「な、なぜ笑うのだ! 無礼であろうっ」
「だってあんた、最初は自信満々だったじゃねえか。こんな美しい貌は、この世にふたつとないってな」
「だっ、だからそれはっ」
真っ赤になって狼狽えるさまが、ひどく可愛かった。
「あんたの想い人が、さんざんあんたをそうやって褒めそやして、その気にさせたんだろう?」
「そ、そうだっ」
「仮にただのおべんちゃらだったとして、その気もない相手にそこまで信じこませるほど言いつづけるなんて、普通はしないだろ」
「そ、れは……」
「リュシエル」
名を呼んだ途端、銀髪美人はビクッとその身をふるわせた。
「俺はその言葉こそが、この躰の持ち主の本心だったと思うぜ? たぶん、あんたの想い人も、ちゃんとあんたのことを大事に思ってた。そうじゃなきゃ、力のやりとりがうまくいかないことを、思い悩んだりしないだろう?」
大きな瞳を見開いていた銀髪美人――否、リュシエルは、不意にその顔をくしゃりと歪ませた。なんだか放っておけず、立ち上がってそばまで行き、その頭を引き寄せてそっと撫でた。リュシエルは、されるままにおとなしく身を預けている。見下ろす背中が、小さくふるえていた。
「はじめてだ」
「うん?」
「はじめて名を呼んでくれた。まるで、エルディラントに呼ばれたようだった」
「まあ、本人の声で呼んだからな」
低く笑うと、リュシエルもまた、小さく笑った。
「不思議だ。おなじ声、おなじ姿なのに、そなたはエルディラントとはまったくの別人だとはっきりわかる。それなのに、ふとした瞬間におなじ波動を感じる」
いまもそうだと言う。
「さっきもおなじことを言ってたな。それはやっぱり、なにかの拍子に俺がこの躰に入りこんじまって、あんたの恋人は深いところで眠ってるからなんじゃないのか? その気配を感じてるっていうか」
「違う。そなたはそなただ。エルディラントとは、まったく別のものとしてとらえている。そのうえでなお、その別の人間同士の中に重なる気配があるのだ」
「はあ……」
いまいちよくわからなかったが、オーラ的ななにかに、似通ったところでもあるのだろうか。自分に神様とおなじ部分があるとは、とても思えないのだが。
「少し、勇気が持てた」
リュシエルは顔を上げると、わずかに明るくなった表情で、まっすぐにこちらを見上げた。
「エルディラントは、そのような無粋な男ではない。彼は清廉で、思いやりがあって、責任感の強い男だ。だからこそ、我の未熟さからくる失調を己の責任として――」
「その話さ、全部、あんたの憶測の域を出ない話なんだろ? そんなんじゃ、うまくいくもんも、いかなくなるんじゃねえの?」
俯いていた銀髪美人の髪が、大きく揺れた。直後に、キッと顔を上げる。
「そ、そなたになにがわかるというのだ!」
「いや、わかんねえよ? 全然わかんねえけどさ、でも、お互いの気持ちを押し殺して遠慮し合ったままじゃ、なにもはじまらねえんじゃねえのって言ってんだよ」
「そっ、んなこと、は……」
勢いよく反論しかけて、けれど結局、尻すぼみになって言葉は消えた。
「気持ちはわかるよ? あんたにとって、この躰の持ち主は、長いあいだ恋い焦がれてきた初恋の相手だもんな。その初恋の男が、自分のことを好きじゃないのかもとか、ほかに想い人がいるんじゃないか、なんて考えるだけでも嫌だろうし、その真意を知るのはなおさら怖い。けどさ、そこも含めて互いをきちんと知り合って、この先の長い生涯をともにする覚悟を決める期間でもあるんじゃねえの?」
「それは……」
「俺は、大丈夫だと思うぜ?」
励ましをこめて言うと、顔を上げた銀髪美人の青い瞳が縋るように見返してきた。
「あんたの想い人は、あんたのことを綺麗だ、可愛いって言いつづけてきたんだろ?」
「そう、だが……、でもあれは、うわべだけの褒め言葉だったのかもしれぬ」
自信がなさそうな様子に、思わず笑いが漏れた。
「な、なぜ笑うのだ! 無礼であろうっ」
「だってあんた、最初は自信満々だったじゃねえか。こんな美しい貌は、この世にふたつとないってな」
「だっ、だからそれはっ」
真っ赤になって狼狽えるさまが、ひどく可愛かった。
「あんたの想い人が、さんざんあんたをそうやって褒めそやして、その気にさせたんだろう?」
「そ、そうだっ」
「仮にただのおべんちゃらだったとして、その気もない相手にそこまで信じこませるほど言いつづけるなんて、普通はしないだろ」
「そ、れは……」
「リュシエル」
名を呼んだ途端、銀髪美人はビクッとその身をふるわせた。
「俺はその言葉こそが、この躰の持ち主の本心だったと思うぜ? たぶん、あんたの想い人も、ちゃんとあんたのことを大事に思ってた。そうじゃなきゃ、力のやりとりがうまくいかないことを、思い悩んだりしないだろう?」
大きな瞳を見開いていた銀髪美人――否、リュシエルは、不意にその顔をくしゃりと歪ませた。なんだか放っておけず、立ち上がってそばまで行き、その頭を引き寄せてそっと撫でた。リュシエルは、されるままにおとなしく身を預けている。見下ろす背中が、小さくふるえていた。
「はじめてだ」
「うん?」
「はじめて名を呼んでくれた。まるで、エルディラントに呼ばれたようだった」
「まあ、本人の声で呼んだからな」
低く笑うと、リュシエルもまた、小さく笑った。
「不思議だ。おなじ声、おなじ姿なのに、そなたはエルディラントとはまったくの別人だとはっきりわかる。それなのに、ふとした瞬間におなじ波動を感じる」
いまもそうだと言う。
「さっきもおなじことを言ってたな。それはやっぱり、なにかの拍子に俺がこの躰に入りこんじまって、あんたの恋人は深いところで眠ってるからなんじゃないのか? その気配を感じてるっていうか」
「違う。そなたはそなただ。エルディラントとは、まったく別のものとしてとらえている。そのうえでなお、その別の人間同士の中に重なる気配があるのだ」
「はあ……」
いまいちよくわからなかったが、オーラ的ななにかに、似通ったところでもあるのだろうか。自分に神様とおなじ部分があるとは、とても思えないのだが。
「少し、勇気が持てた」
リュシエルは顔を上げると、わずかに明るくなった表情で、まっすぐにこちらを見上げた。
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