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第1章

ここはどこ、私はだれ(4)

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「わっ、我は自分の容姿を鼻にかけたりなどせぬ! ことあるごとに綺麗だ、可愛いと褒めそやしたのはそなたではないかっ! だから我も、いつのまにかそういうものとして認識するようになったのだ!」
「うんうん、そっかそっか。俺のせいか」
「そうだ。そなたがこの貌を好きだと言ったのだぞ!?」
「いや、うん。まあ、たしかに美人は好きだし、面食いの自覚はあるけど」
「めん、くい?」
「あ~、だから綺麗な貌が好きっていう。そういう意味では、おたくは自画自讃するだけあって、文句なしに最高級の美人であることは認める。だからまあ、憶えてないのはともかくとして、俺だったら充分あり得るかなと」
 素直に称讃したのだから喜ぶかと思いきや、直前まで拗ねたり怒ったりと忙しかった銀髪美人の顔からスッと表情が消えた。

「……なぜ、そのような物言いをする」

 ん? あれ?

 自画自讃などしておらぬ~!的な反論が返ってくるかと思っていたので、この反応は想定外だった。

「ええと、そんな、と言いますと?」
「我の知るエルディラントは、高潔な男だった。まるで下賤の者が話すような、野卑で低俗な言葉遣いなど決してしなかった」

 は? 野卑で低俗?

「目覚めて以降のそなたは、物腰も我に対する態度も、品位の欠片かけらもない。まるで別人じゃ。いったい、どうしてしまったというのだ!」

 はあ~っ!? なんでいきなり、こんなボロクソにディスられてんの、俺。

 思った途端にムカッ腹が立った。
「ああ、そりゃどうもすみませんでしたね。けど、どうしたもなにも、俺はもとからこうだけど?」
 カチンときたので、つい言い返してしまった。

「エルディラントッ」
「ってかさぁ、それ。さっきからあんたの言ってるエルなんとかって、もしかして俺のことか? そんな横文字の名前で呼ばれる意味、全然わかんねぇんだけど」

 色白の顔から見事に血の気が引き、銀髪美人は何度も大きく息をあえがせた。

「そ、そなたっ、なにを言って……っ」
「だから、俺はあんたの知ってるエルなんとかさんじゃないですよっつってんの。いったいだれと間違えてんだよ。生粋の日本人がそんな名前なわけねぇだろ。どんなキラキラネームだよ」
「キラキラ? ニホン、ジン?」
「あ~、だから俺の国では、そういう名前はメジャーじゃないってこと。大多数は漢字表記が基本、みたいなとこあるし」
「かん…じ……?」
「東洋の一部で使われてる文字だよ。あんたも読めなくても、どっかで見たことぐらいあんだろ」
「とうよう、の、文字……とはなんだ?」

 ちょっとでも噛みついてきたら、容赦なく反撃してやろうと臨戦態勢に入ってたってのに、あまりにも虚を衝かれて直前までのお怒りモードが一気におさまってしまった。よもやこの流れで、この説明が通じないとは思いもしなかった。

「いや、だからユーラシア大陸の東にある国で使われてる、中国発祥の文字だけど。中国――チャイナ。まさか聞いたことがないとか、言わないよな?」
「ゆー、らしあ? ちゅうごく……チャイ……? そのような地域も国も、聞いたことが、ない、が……」
 消え入りそうな声で告げられて、言葉を失った。とてもからかっているようには見えない。

 いやいやいやいや、なに言っちゃってんの、この人!? 日本どころか、ユーラシア大陸も中国も知らない?

「え~と……、実際に行ったことがなかったとしても、学校とかで習わなかったかな?」

 なんかもう、こっちのほうが変な意味でドキドキしてしまって、つい、小学校低学年ぐらいの子供を相手にしているような口調になってしまった。
 頼むっ、喧嘩腰でもクソ生意気でもいいから、俺の中にある嫌な予感をぶちこわしてくれ!
 無神論者であるにもかかわらず、本気で祈っちゃったよね。けど。

「がっ、こう?」

 その反応を見れば、結論は火を見るより明らかだった。

 おいおいおい、嘘だろ!? マジでなんのことかわからないって顔してるよ。国や言語がわからないってのはともかく――いや、それも充分大問題だが――学校がなにかわからないってのはどういうことだ、いったい。
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