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準透明少年
しおりを挟む夏は夜。月の頃は更なり。
最初に言い出したのは誰だったのか。東京の空に夜などは映らない。
そこにあるのは、ジャングルよりも騒がしく蒸し暑い空気と圧倒的なコンクリートキャニオンだけだ。
熱帯夜というのだろうか、息が出来なくて当たり前だと思っていた。
東京を夢見ていた君は、この景色を見てなんと言うだろう。何を思うだろう。
空よりも暗闇に染まった東京湾沿いを練り行きながら、あの青い空と海を思い出す。
あのテトラポットの傍に2人で座って日が傾くまで話し込んだ事、その夕焼けと目の前の海が僕らを捕まえて離さなかった事、全ての想い出が僕の胸の中で騒ぎ出す。
「蛍火の舞う夜、汐風の香り、静かに吠える月、ただただ夜の雲は高い。その下で僕らは揺蕩う様にお互いの言葉を聴きあっていた。
舞う言の葉とその花弁に溺れ、暑さで火照った互いの頬にひたすら息をした。さながら僕らは一人だった。
目と鼻の先には君の目と鼻がある。指先が少し触れると君は焦って手を引っ込めて恥ずかしそうに僕の顔を見て小さく笑う。そうしてまた互いに指と言葉を重ねていくのだ。僕はなぜこの瞬間を知らずに生きていられたのだろうか。恋などという浅い感情よりも穏やかで靱やかで確かな感情のような"何か"が僕らを捕まえて離さなかった。」
しばらくすると君は立ち上がって歩き出した。それに招かれて僕も重い足を引きずりながら歩いた。
君の家に着く。
まるで外の空気のように澄んだ室内の匂いが漂っている。昔ながらの日本家屋で部屋は一つ一つが広く、綺麗な畳や障子があった。対して、誰もいないことに少し驚いた。
「今日は一人?」
「別に■■君も慣れてないわけじゃないでしょ。」
そう言うと君は縁側に出て、そこに制服のまま横になった。僕もそれに続く。
「おばあちゃんね、この間亡くなったの。」
「そうだったんだ。」
静寂が二人を襲う。
「これからどうするの。」
「どうもしないよ。」
縁側に寝転がると空には光の粒子達がチカチカと瞬いていた。
「また一人?」
「これからもきっとそうだよ。」
「そうなんだね。」
それ以上何も言えなかった。気付くと、この世の全部を透過するような君の眸だけが僕の視界の真ん中で光っていた。
「ここにはあまり長く居ない方がいいよ。全部忘れちゃう前に帰って。」
「でもまだいたいよ。」と言った刹那、日が昇った。
僕が言葉を出す前の息継ぎのその僅かな間隙に時間は過ぎた。いつ睡眠の世界に落ちてしまったのか分からない。僕の最後の言葉は届いていたのだろうか。今更分かりやしない。
君に挨拶をする前に出発した。
「花は凛として咲いている。君の様な儚さはないが不思議な魔力があった。そして遂に君は何も教えてくれなかった。傲慢だと思わないかい、なあ。
君の心が買えればどれだけ楽なことだろうか。お金なんかで僕の腐った心を変えれるならどれだけ幸せなことだろうか。それらで見る目が変わるなら、世間が変わるならどれだけ生きられただろうか。
僕がどこかで落としてしまった生も要らない。ただ、窓際の花瓶にでもいいから君がいて欲しかった。
それなのに、あの時目覚めた空は途方も無いほど鮮やかで雲ひとつ無かった。」
日が動くよりも鈍く歩を進める。昨日の午前中に通った道を引き返す。帰るバスなどない。ジリジリと日がつむじを焼く。温い向かい風が髪を後ろになびかせる。夏の海辺の暑さはと言うと、熱の壁を掘りながら進むようだった。石が転がる。風向きが変わりそうな気配がする。夕日に背を向けて歩く。追い風が背中をさすった。壁は無くなっていた。
気が付くとまた君の家へ向かっていた。
戸を開ける。真っ暗な縁側にはまた君の影があった。驚いたような、しかしどこか安心したような顔でこちらを見ていた。
「別に全部忘れたっていいよ。」
「僕にももう何も無いから。」
きらり、と透明な何か。
縁側の板の目にある隙間を目掛けて落下。
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