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6章
しおりを挟む屋上庭園には大きな花壇が四方にあり、それぞれが鮮やかな草花で溢れている……なんてことはなく、埃っぽい空気のせいか枯れてしまっています。
「さて、ふたりきりになれたところで。セシルよ、本当のことを話してほしい。今夜誰が部屋を訪ねてくるのか」
ベイル王子は花壇の縁に腰を下ろして言いました。私は庭園の中央から動かず、口を閉じたままでいました。
「黙秘か。誰かがやってくるのは確かなようだ。賊の連中か?」
「答えたくありません」
「はっはっは。強情な態度は嫌いではないぞ。しかし交渉を上手く進めたいなら悪手だ。賊が来ると答えているようなものじゃないか」
ベイル王子へ言い返す言葉が見つからず、歯を食いしばり睨みつけるだけしかできません。
「そう怖い顔をするな。俺たちは夫婦だろう」
ベイル王子が立ちあがり腕を広げて近付いてきます。
「来ないでください」
私はベイル王子から離れようと庭園の隅の方へじりじりと移動しました。移動と言うより追い詰められたような状況です。
「まったく、とことん嫌われてしまったようだ。どうしたものか」
ベイル王子はそう言いながら私の肩を押さえつけて顔を近付けてきます。
「ちょっと」
「ふふ、強引なのは嫌いかな?」
ベイル王子は嫌らしく舌なめずりをしてから唇を奪おうとしてきました。
そのとき、金属がぶつかるような鈍い音が庭園に響きました。
「誰だ。良いところだったのに」
ベイル王子は私を押さえつけたまま辺りを見回しています。私も音の出どころを探しました。すると、庭園に上がるための階段近くに人影が見えました。
「セシルを離せ!」
人影が叫びました。
「この俺に指図するのはどこのどいつだ」
ベイル王子が呼びかけます。
「実の弟のことをお忘れですか」
馬鹿にしたようなクライスの声が返ってきました。
「貴様、生きていたのか」
ベイル王子は私を離してクライスへ向き直りました。
「あなたにこの国を支配されたままでは死んでも死にきれませんよ」
「生意気な。すぐに消してやるよ」
ベイル王子は懐から短剣を取り出して駆け出しました。
「おっと!」
クライスは素早く体を翻して攻撃を躱しました。
「素早さではあなたに勝ち目はありませんよ」
クライスの挑発を無視してベイル王子は何度も短剣を振りますが、どれも当たりません。
「どうした、逃げているだけでは決着がつかないぞ。まあ、逃げ惑うのが貴様にはお似合いだがな!」
ベイル王子は大きな動作で短剣を振り回し続けています。躱し続けているクライスですが、気付けば屋上の手摺のすぐ近くまで追い込まれていました。
「くっ!」
クライスは手摺に激しく背中を打ち付けました。数歩の距離でベイル王子は短剣を構えています。
「終わりだ!」
「待って!」
私は叫んでいました。
「聞いてくださいベイル王子。これまでの態度は改めます。どんなことでも言う通りにしますから、クライスの命だけは助けてください!」
ベイル王子は動きを止めました。
「魅力的な相談だ。だが受け入れられんな」
再び短剣を構えるベイル王子。しかし、クライスの姿が見えません。
「助かったよセシル」
耳元でクライスの声がしたかと思うと、いつの間にか私の近くへ移動していたクライスはベイル王子めがけて突進していきました。
「くそが!」
ベイル王子は短剣を構え直そうとしましたが間に合わず、突進をまともに受けて手摺まで吹き飛ばされました。
「ぐあっ!」
手摺にぶつかったセシル王子は大きくのけ反り、今にも落ちそうになっていました。
「危なかった……」
「いや、終わりですよ」
クライスが言いました。手摺はゆっくりと外部側に歪んでいき、支柱が根元から折れていきます。
「そんな……」
ベイル王子はそのまま灰煙の濃霧の中へ落ちていきました。
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