3 / 7
3章
しおりを挟む灰色の濃霧に包まれた城が見えてきました。大国メルガルドは軍事産業の発展がめざましく、その生産能力で他国を圧倒しています。
「いかがですかな、我が国の景色は。壮観だとは思いませんか」
ベイル王子はもくもくと煙を吐き出す軍事施設を眺めてうっとりしています。私には理解できません。
「これほどの施設を作り上げるのには、途方もない苦労があったものだと感じます」
精いっぱいの皮肉を込めました。
「ええ。我が国が一丸となり、ひとつの目標に向かって突き進んだ結果です」
ベイル王子は胸を張って答えていますが、ここに来る途中で見た情景が私の胸をちくちく刺します。街の外れに壁がヒビだらけの民家が立ち並び、ボロボロの布切れをまとった子どもが走り回っていました。道端で寝転んでいるお年寄りもいました。国の発展と引き換えに、一部の住民たちの生活は貧しいものとなっていました。
「さあ、ここがセシルの部屋です。何かあったら隣にいる召使に言ってください。すぐさま対応しますので」
メルガルド城の東棟に案内され、小さな部屋に押し込まれました。ベイル王子はそそくさと出ていきました。ベッド、クローゼット、小さな机と椅子があります。それ以外には何もありません。
「おうじょさま、どうぞなんなりとおっしゃってください」
私とともに部屋へ残された目の前の小さな男の子がたどたどしく言いました。
「これからよろしくね。あなたのお名前は?」
「めしつかいです!」
男の子げ元気よく答えました。
「それはあなたのお仕事でしょう」
「でも、めしつかいとしかよばれたことありません」
悲しそうに男の子が言うので、私まで悲しくなってきました。
「うーん、そうなの……そうしたらメッシちゃんって名前はどうかしら」
「じゃあぼくはこれからメッシちゃんになります!」
ちゃんは名前じゃないのだけど、嬉しそうにしているメッシちゃんを見ているとどうでもよくなりました。
「えっと、メッシちゃんにさっそくお願いがあります」
「どうしましたか!」
メッシちゃんはきりっとした顔に変わりました。
「この城の中で、ベイル王子と仲の悪い人はいるかしら」
まずは反ベイル派に接触しないと。
「いません。そんなことをしたら、ろうやにとじこめられるか、メルガルドからついほうされてしまいます」
メッシちゃんは体をぶるぶると震わせながら言いました。
「やっぱりそうよね……」
ベイル王子のことだから、反乱分子を身近に置いたりはしないようです。
「でも、しろのそとにはいます。なんどもしろにはいりこんで、せつびをこわしたりおたからをぬすんだりするひとたちが。おたからはもともとベイルおうじがうばってきたものだから、とりかえしているつもりみたいですが」
義賊のような存在がいるようです。
「どうにかして彼らに会えないかしら」
「あいたくなくてもそのうちにやってくるとおもいます。よるはきをつけてくださいね」
私はメッシちゃんの忠告を守らず、夜は寝ずに義賊が城へ侵入してくるのを待ちわびていました。
そして数日後、遠くで何かが割れる音がしました。私はこっそり部屋を抜け出しました。廊下を歩いていると、曲がり角のほうから足音が聞こえてきて私は立ち止まりました。顔に布を巻き付けた人物が角を曲がってきました。その人物は私を見つめたまま動かなくなりました。
「あ、えっと……」
私はどうしていいか分からず声が漏れました。いざ義賊に出くわすと体が動きません。
「君はまさか……」
おそらく目の前の人物から発せられた声に聞き覚えがありました。その人物はゆっくりと近付いてきて顔の布を外しました。
「クライスなの……?」
大人びてはいるものの、面影は当時のままのクライスがそこにいました。
2
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる