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2章
しおりを挟む「弟の話は止めていただきたい。好き勝手に遊び回って今では行方不明だ。我が国メルガルドの恥さらしだよ」
ベイル王子は苦虫を嚙み潰したような顔で言いました。
「これは失礼いたしました。おや、酒がもう無いようですね。新しいものを用意させます」
父は料理人に指示を出しました。
「すまないね。それにしても、ランシオンの国は食物が豊富で旨いものばかりだ。この酒も絶品だな」
「ええ、ランシオンの自慢です。むしろこのくらいしか誇れるものが無いというのがお恥ずかしい限りで」
「これからは我がメルガルドで多くの食物を仕入れよう。友好の証だ」
「ありがとうございます」
父は深々と頭を下げました。私は到底受け入れられません。初めのうちは友好的でも、いずれ全ての畑がメルガルドに支配されるのは目に見えています。
「父さま。後でお話があります」
「うむ。分かった」
私たち親子は小声で会話を交わしました。
「今日は随分と楽しませてもらった。では後日改めて王女を迎えに参る」
ベイル王子は立ち上がって言いました。
「娘をよろしくお願いいたします」
父の言葉を最後まで聞かぬまま、ベイル王子は晩餐会の会場である大広間から出ていきました。
「見送りに行かなくてよろしいのですか?」
私は父に尋ねました。
「少し疲れてしまってな。大臣が代役を務めてくれている。ところで話とは何かな」
「我が国の農作物の件です。いずれ奴らは全てを我が物にしようと動いてくるでしょう。父さまもご承知のはずです」
「当然分かっているよ。だが我々に何が出来る。無暗に抵抗すれば実力行使で奪いにくる。なるべく穏便に済ませたいのだ」
そう弁明する父はいつもより年老いて見えました。
「その生贄が私ということですか」
「本当に済まないと思っている。向こうでは丁重に扱われるはずだ。身に危険が及ぶことはない」
「捕虜として軟禁状態になるの間違いでは?」
私の口撃に父はうなだれてしまいました。
「ご心配には及びません。私が何か突破口を見つけてみせます。強硬な国家運営に異を唱える者は彼の国にだっているはずです」
「これはスパイ活動ではないのだぞ。どうか危険な真似はよしてくれ」
懇願する父には目もくれず、私はこれからの生活に思いを馳せていました。
数週間後、改めてベイル王子がやってきました。城門には父が出迎えに来ています。
「セシル王女、お迎えに上がりました」
ベイル王子が手を差し伸べてきました。私はその手を握りつぶしてしまわないよう出来るだけ軽く触れました。
「両国の益々の繁栄を願って!」
父が両手を合わせて祈りました。私も同様に祈りましたが、ふと隣を見るとベイル王子はおざなりなやり方で気持ちがこもっているようには思えません。
「さて、それではメルガルドへ帰りましょう。我が妻と共に」
嫌らしく笑うベイル王子の顔面を叩き潰したい気持ちを押さえ、私は故郷の小国を後にしました。
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