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第5話
しおりを挟む「ふー、外交はいつまで経っても慣れないな」
マグナが胸に付けていた紋章を外して机に置いた。
「そうかしら、国王らしい振る舞いだったと思うのだけど」
私は外の様子を伺いながら言った。サナエがやってこないうちに話をしないといけない。
マグナと二人きりになれるタイミングを掴めずにいたところで大きなチャンスが巡ってきた。隣国の貴族をもてなすため、城内で宴が開かれる事になった。
当日を迎えると慌ただしさは最高潮に達し、厳かな空気の大広間とは裏腹に、城の廊下では使用人たちが走り回っている。現在は両国の要人が勢揃いした晩餐会が終わったところだ。隣国の貴族は既に客室で休んでいるが、マグナにはダグラス参謀などとの話し合いが残っている。
「さてと、そろそろ会議室に行こうかな」
マグナは肩を揉みながら呟いた。
「あの、少し話をしてもいいかしら」
この機会を逃したら次は無いだろう。私はマグナを引き留めた。
「十分くらいなら大丈夫だよ」
マグナが時計を見ながら答える。
「今の立場になってみて、マグナはこの国がどんな風に見えているの?」
「随分と難しい質問だね。急にどうしたんだい」
マグナが微笑を浮かべて首を傾げる。
「えっと、ほら、今日の晩餐会でも軍事関係の話が出たけれど、私には難しすぎて全然分からなかったの。だけどマグナは涼しい顔で応対していた。昔は軍の事なんて気にしていなかったでしょ」
小さい頃は一緒に歌ったり絵を描いたりして暮らしていた。傍でメイリーン様が見てくれていた。平和な日常だった。
「ははは、いつまでも子供じゃあいられないんだよ」
「僕だって話に着いて行くのがやっとだよ。本を読み漁って勉強して、ダグラスやキースに支えてもらいながらなんとか国王らしく見えるようにしているだけさ」
マグナが部屋の鏡をちらりと見た。襟に付いていた汚れを払い落とす。
「大変なのね。いつもお疲れ様。ところで……」
一度唾を飲み込む。普段通りに会話を進めればいいだけなのに、何故か張り詰めた気分になる。
「今の軍のやり方はどう思っているの。これまでとは大きく変わったでしょ、その、メイリーン様の頃と」
マグナの表情がさっと変わった。
「確かにそういった声も聞いている。だけど、いつまでも母上の後を追っているだけじゃ駄目だと思ったんだ。僕のやり方を見つけないと。強いレビニア王国を作りたいんだ」
マグナの鋭い視線に思わず顔を逸らしてしまう。
「そ、それはあなたの意志なのよね。誰かに吹き込まれたとかじゃないのよね?」
「何が言いたいんだ。はっきり言ったらどうだ」
マグナが詰め寄ってくる。心臓が激しく脈を打つ。昔、似たような空想をした。その時は口づけを交わした。今は全く異なる状況だ。言いたい事を伝えられず、淡い恋心を思い出している自分が馬鹿らしくなる。
「ごめんなさい。忘れてください」
私は逃げるようにマグナから離れた。顔を見られたくなかった。
「悪かった。つい言い方がきつくなってしまった。セシルの質問に答えるよ。僕一人の考えで国が動いたなら、きっと良くない方向に行ってしまう。ダグラスやキースはもちろん、使用人たちの話も聞いて、総合的に判断しているつもりだよ」
マグナは穏やかに言った。私は少し安心した。
「そろそろいいかな。会議に遅れてしまう」
「長々と引き留めてしまってごめんなさい」
私は慌てて部屋から出ようと扉の前に移動する。
「気にしなくていい。セシルの意見だってしっかりと承ったよ」
マグナと共に部屋を出て、途中の廊下で別れた。私は大きく息を吐く。
結局のところ、誰かが暗躍しているというような確証は得られなかった。マグナの話におかしな点は無かったように思える。
色々と反省点は浮かぶものの、私は別の事が引っかかっていた。
部屋から出ようとした時、ドアの向こうで走り去る足音が聞こえたように感じたからだ。私は不安を覚えながら自分の部屋へ戻った。
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