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第1話

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ここはレビニア王国の中心部にあるレビニア城。私はマグナ国王のいる玉座の間の扉を勢いよく開けて怒鳴り込んだ。

「マグナ国王。失礼を承知で申し上げますが、あの女の行動は目に余ります。国王から注意していただけないでしょうか」

私は頭を下げた。本当はこんな事したくないのだけど。

「シエル、そう大きな声を出すなよ。サナエさんはよく働いてくれているんだから、少しくらい贅沢したっていいじゃないか」

マグナはのんびりと言った。その言い方が私の神経をさらに逆なでする。

「だからさあ!」

「何度言ったら分かるのよ!」

「サナエの為だけのお風呂を用意するとか、貴族が着るようなドレスを何着も買ってあげるとか、いくら何でもやり過ぎでしょうが!!!」

私の声は城中に響き渡ったかもしれない。しかしそれを気にする者はほとんどいない。既に日常に溶け込んでしまっている。

背後で足音がしたかと思うと、耳を塞ぎたくなるような猫なで声が聞こえて来た。

「あらあらシエル様、今日もお元気そうで何よりです。でもね、あまり国王陛下を困らせるものではありませんよ」

サナエが程よく肉付きのある体を揺らして歩いてきた。色っぽいと表現する兵士も多いが、私から見れば下品なだけだ。

「余計なお世話よ!」

サナエが来てしまったのでこれ以上は話を続けられない。私は早歩きでサナエの横を通り過ぎ、玉座の間の入り口へと向かう。

「うるさいのはどっちなんだか。ねえ、マグナ様?」

サナエの言葉に反論しようとする気持ちを抑え、私は自分の部屋へと急いだ。とりあえずひとりになりたかった。


――レビリア王国は三年前の出来事により大きな変化が訪れた。女王メイリーンの死である。王政は混乱の中で一人息子のマグナを暫定の国王とすることに決めた。
当時十八歳のマグナに国を率いる力は無く、実際は側近たちが政治を行っていた。しかし、二年が経つとマグナに少しずつ国王としての自我が芽生え、政治に口を出すようになった。
そんなときに現れたのが使用人の女だ。この女の経歴は謎に包まれている。新入りにも関わらず要職に就き良い働きを見せた。国王の世話役に就任すると献身的に仕事に当たったようだ。
すると国王はあからさまに使用人の女を贔屓し始めた。現在では、女は使用人としての仕事をほとんど行わず堕落した生活を送っているという(関連記事は最終面)――

私は机の上に広げた新聞をくしゃくしゃに丸めて壁に投げつけた。丸めた新聞は跳ね返って足元に転がってきた。拾い上げてもう一度壁にぶつける。

「この新聞記者だけじゃなく、城の外の人々は誰だっておかしいと思うはずよ。それなのに、サナエをどうにかするべきだと言っているのは私だけ」

表向きは愛想がいいのでサナエを悪く言う貴族はいない。使用人たちはサナエの事を良く思っていないはずだけれど、怖がっているのか口にする事はない。

「メイリーン様、いったいどうすればいいの……」

私は部屋に掲げられているメイリーン様の巨大な肖像画に目を向けた。優しい微笑みをたたえている。記憶の中にあるメイリーン様の表情そのものだ。

メイリーン様が亡くなり、マグナが国王に変わった事で、かつて掲げられていたメイリーン様の肖像画は一斉に撤去され、マグナのものに変わった。私の部屋にある肖像画は、城の一階にある大階段を上った先の壁にあったものだ。

城の片隅で埃をかぶるようになってしまうと可哀想なのでこの部屋に運んでもらった。私は貴族の令嬢という事になってはいるが、養子として連れてこられた身だ。そんな私にも分け隔てなく接してくれる女王を実の母のように思っていた。
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