72 / 77
〈希望の光〉後編
しおりを挟む
原爆には、原爆投下数日前に日本に撃沈されて米海軍史上最大の悲劇とされた「インディアナポリス乗組員たちのために」という言葉が書かれていたそうです。
そして原爆の被害は想像を絶する地獄で……
先程は敢えて言いませんでしたが、灼熱で人が炭になっただけでなく……爆風で急激に下がった気圧のせいで、目玉が飛び出て垂れ下がった目玉を手で受け止めながら亡くなっていた方もいたそうです。
私も東京大空襲などで地獄のような情景を目にしてきましたが、原爆という更なる地獄に焼かれた広島や長崎の人達の恨みは、さぞ深かったろうと思います。
しかし彼らは「目には目を」という報復を訴えるのではなく、自分達のような苦しみを誰にも味わわせてはいけないと「核兵器廃絶」を求めて色々な活動を始めました。
広島平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」という誓いが刻まれています。
彼らは憎しみや自分の恨みを晴らす事に執念を燃やすよりも、他人を思いやる心を持っていた。
私達は、それを忘れてはいけない。
日本は唯一の戦争被爆国です。
世界で唯一の被爆国だからこそ伝えられる事があるのでは……日本だからこそできる事があるのではないか……と私は思います。
もし再び世界が戦争に向かおうとしたら……沢山傷ついてきた日本なら、憎しみ合うより互いを思いやる、人と人とを繋ぐ「和の心」を世界に伝えられるのではないでしょうか……
元を辿れば国などなかった原始の時代から、私達は助け合って生きています。
肌の色など関係なく、私達は同じ祖先から生まれた兄弟で、私達には皆、同じ赤い血が流れています。
想像してみて下さい。
戦争で流れる血や涙は、自分の痛みであると……
元々は七夕の日のすれ違いから始まった日中戦争、その延長線上に太平洋戦争が起こり、私達は大切なものを沢山失ってきました。
大変な時代を乗り越えて日本がここまで復興できたのは、助け合う「和の心」があったからです。
空襲中、ある方は自分の命を危険にさらしてでも他人を助けようとしたし、ある方は赤ちゃんを亡くした母親から「この子の代わりに頑張ってね」と大事に持っていた水あめを差し出されたそうです。
「人の痛みを分かる心を持つこと」
これが平和の原点だと私は思います。
人の優しさこそ、未来の命を救う希望です。
私は、沢山の命が教えてくれた「和の心」、そして親友や仲間達が教えてくれた「希望の光」を忘れないよう……
この大和の町の新しい名前が「和光市」になったらいいなと思っています。
色々な候補が出ている中で選ばれないかもしれませんが、「大和が平和に光り輝きますように」という願いも込めて……
「戦争という最も愚かな人間の所業を、二度と繰り返さない」
それが死んでいった者達にできる、唯一の弔いだと私は思います。
憎しみは憎しみしか生まない、
新たな不幸の連鎖は断つ、
お互いに過去の過ちを認めてやり直す、
天災は避けられませんが、戦争だけは人の力で避けることができます。
どうせ戦争はなくならない、と言っていたら永遠になくならない。
戦争を終わらせるんだと諦めずに世の中を変えようとした人達がいたから、今の日本がある。
「戦争のない世界にする」
それは世界中が協力すれば……
皆で諦めずに願い続ければ……
いつか必ず、できる事なのではないでしょうか。
~~~~~~~~~~
講演後、外に出ると雨が降っていて……
まるで今まで犠牲になった何万何千という人達の代わりに、空が泣いてくれているようだった。
純子は今年の誕生日にプレゼントし直したスミレ色の折り畳み傘を差し出してくれて、二人で相合い傘で一緒に帰った。
家に帰ると、すっかり雨は止んでいて……玄関の上を見ると、ツバメが巣立っていなくなっていた。
今年は長めにいてくれたのだが、僕は寂しくなって思わず呟いた。
「なあヒロよ……鳥に生まれ変わるなら、スズメになってくれたら一年中そばにいられたのかな…………毎朝お前の声がうるさいと文句を言いながら起きて、米の一つでも一緒に食べて……」
「でも私はツバメが好きだ…………お前はどこまでも飛んでいく、そして必ず帰ってくる…………また来年会えるのを、楽しみにしているよ」
その時、雨上がりの空をツバメが一瞬通り過ぎた。
あっという間に空高く飛び、一番先頭で沢山の鳥達がその後に続いていく……
僕はそれを見てヒロの描いた『最高に幸福な王子』を思い出し、久し振りに絵が描きたくなった。
そして私が長期間かけて学校の美術室で描きあげたその絵は、勤めていた女子高の玄関に飾られる事になった。
10月31日 ……
市の名前が「和光市」に決まった。
僕の話が影響したかは分からないが、応募された市名で一番多かったのが「和光市」だったそうだ。
11月1日……
誕生日プレゼント代わりにヒロの位牌の前で、その事を報告した。
ヒロの名前の一部である「光」と、願っていた平和の「和」が合わさった「和光」……
その名前が永遠に場所の名前として遺ることが、僕は嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
思えば東京大空襲でも焼け残って希望の塔になったのは、銀座の「和光」ビルだった。
全てを失い絶望していた人たちの「希望の光」になった名前……
本当に不思議な偶然もあるものだ。
それから何年も時が過ぎ、幸いな事に私は「日本史の高田じい」というアダ名も付けられ、めでたく定年を迎えることができた。
そして1989年1月7日午前6時33分……
昭和天皇が崩御され、64年間にわたる昭和という時代が終わった。
純子の誕生日である1月7日は、「昭和最後の日」になった。
2001年11月1日は、立教の戦没者名簿の「平和祈念碑」の除幕式が池袋のチャペルで行われ、平和を祈る日になった。
そして2003年4月1日……
通っていたデイサービスで、運命の親友と同じ名字である、あの子に出会った。
まさか、その子と出会う前に奇跡の繋がりがあり、純子を亡くして絶望していた私を色々な意味で救ってくれる存在になるなんて、その時は全く思っていなかった……
そして原爆の被害は想像を絶する地獄で……
先程は敢えて言いませんでしたが、灼熱で人が炭になっただけでなく……爆風で急激に下がった気圧のせいで、目玉が飛び出て垂れ下がった目玉を手で受け止めながら亡くなっていた方もいたそうです。
私も東京大空襲などで地獄のような情景を目にしてきましたが、原爆という更なる地獄に焼かれた広島や長崎の人達の恨みは、さぞ深かったろうと思います。
しかし彼らは「目には目を」という報復を訴えるのではなく、自分達のような苦しみを誰にも味わわせてはいけないと「核兵器廃絶」を求めて色々な活動を始めました。
広島平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」という誓いが刻まれています。
彼らは憎しみや自分の恨みを晴らす事に執念を燃やすよりも、他人を思いやる心を持っていた。
私達は、それを忘れてはいけない。
日本は唯一の戦争被爆国です。
世界で唯一の被爆国だからこそ伝えられる事があるのでは……日本だからこそできる事があるのではないか……と私は思います。
もし再び世界が戦争に向かおうとしたら……沢山傷ついてきた日本なら、憎しみ合うより互いを思いやる、人と人とを繋ぐ「和の心」を世界に伝えられるのではないでしょうか……
元を辿れば国などなかった原始の時代から、私達は助け合って生きています。
肌の色など関係なく、私達は同じ祖先から生まれた兄弟で、私達には皆、同じ赤い血が流れています。
想像してみて下さい。
戦争で流れる血や涙は、自分の痛みであると……
元々は七夕の日のすれ違いから始まった日中戦争、その延長線上に太平洋戦争が起こり、私達は大切なものを沢山失ってきました。
大変な時代を乗り越えて日本がここまで復興できたのは、助け合う「和の心」があったからです。
空襲中、ある方は自分の命を危険にさらしてでも他人を助けようとしたし、ある方は赤ちゃんを亡くした母親から「この子の代わりに頑張ってね」と大事に持っていた水あめを差し出されたそうです。
「人の痛みを分かる心を持つこと」
これが平和の原点だと私は思います。
人の優しさこそ、未来の命を救う希望です。
私は、沢山の命が教えてくれた「和の心」、そして親友や仲間達が教えてくれた「希望の光」を忘れないよう……
この大和の町の新しい名前が「和光市」になったらいいなと思っています。
色々な候補が出ている中で選ばれないかもしれませんが、「大和が平和に光り輝きますように」という願いも込めて……
「戦争という最も愚かな人間の所業を、二度と繰り返さない」
それが死んでいった者達にできる、唯一の弔いだと私は思います。
憎しみは憎しみしか生まない、
新たな不幸の連鎖は断つ、
お互いに過去の過ちを認めてやり直す、
天災は避けられませんが、戦争だけは人の力で避けることができます。
どうせ戦争はなくならない、と言っていたら永遠になくならない。
戦争を終わらせるんだと諦めずに世の中を変えようとした人達がいたから、今の日本がある。
「戦争のない世界にする」
それは世界中が協力すれば……
皆で諦めずに願い続ければ……
いつか必ず、できる事なのではないでしょうか。
~~~~~~~~~~
講演後、外に出ると雨が降っていて……
まるで今まで犠牲になった何万何千という人達の代わりに、空が泣いてくれているようだった。
純子は今年の誕生日にプレゼントし直したスミレ色の折り畳み傘を差し出してくれて、二人で相合い傘で一緒に帰った。
家に帰ると、すっかり雨は止んでいて……玄関の上を見ると、ツバメが巣立っていなくなっていた。
今年は長めにいてくれたのだが、僕は寂しくなって思わず呟いた。
「なあヒロよ……鳥に生まれ変わるなら、スズメになってくれたら一年中そばにいられたのかな…………毎朝お前の声がうるさいと文句を言いながら起きて、米の一つでも一緒に食べて……」
「でも私はツバメが好きだ…………お前はどこまでも飛んでいく、そして必ず帰ってくる…………また来年会えるのを、楽しみにしているよ」
その時、雨上がりの空をツバメが一瞬通り過ぎた。
あっという間に空高く飛び、一番先頭で沢山の鳥達がその後に続いていく……
僕はそれを見てヒロの描いた『最高に幸福な王子』を思い出し、久し振りに絵が描きたくなった。
そして私が長期間かけて学校の美術室で描きあげたその絵は、勤めていた女子高の玄関に飾られる事になった。
10月31日 ……
市の名前が「和光市」に決まった。
僕の話が影響したかは分からないが、応募された市名で一番多かったのが「和光市」だったそうだ。
11月1日……
誕生日プレゼント代わりにヒロの位牌の前で、その事を報告した。
ヒロの名前の一部である「光」と、願っていた平和の「和」が合わさった「和光」……
その名前が永遠に場所の名前として遺ることが、僕は嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
思えば東京大空襲でも焼け残って希望の塔になったのは、銀座の「和光」ビルだった。
全てを失い絶望していた人たちの「希望の光」になった名前……
本当に不思議な偶然もあるものだ。
それから何年も時が過ぎ、幸いな事に私は「日本史の高田じい」というアダ名も付けられ、めでたく定年を迎えることができた。
そして1989年1月7日午前6時33分……
昭和天皇が崩御され、64年間にわたる昭和という時代が終わった。
純子の誕生日である1月7日は、「昭和最後の日」になった。
2001年11月1日は、立教の戦没者名簿の「平和祈念碑」の除幕式が池袋のチャペルで行われ、平和を祈る日になった。
そして2003年4月1日……
通っていたデイサービスで、運命の親友と同じ名字である、あの子に出会った。
まさか、その子と出会う前に奇跡の繋がりがあり、純子を亡くして絶望していた私を色々な意味で救ってくれる存在になるなんて、その時は全く思っていなかった……
2
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる