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〈最後の箱根駅伝〉後編
しおりを挟む合図とともに一斉に選手たちが飛び出した。
ヒロを含めた駅伝選手達の顔は皆、走れる喜びと希望に満ち溢れていた。
栄養不足の中で体力もなく、練習すらまともにできなかったらしいが……その走りはとても力強かった。
「頑張れ~! ヒロ~!」
並走をしようと駆け抜けた沿道には、歓声を上げる応援の人がつめかけて声援を送っていた。
人々の表情はみんな明るく、戦時下の暗い影など何処にも感じられなかった。
立教のタスキの色は、『江戸紫』だった。
校歌の中に「芙蓉の高嶺を雲井に望み 紫匂える武蔵野原に」という歌詞があるが、武蔵野で栽培していた紫草……通称ムラサキは6月~7月に星のような小さな白い花を咲かせる。
その根を染色に用いることで鮮やかな紫色が生まれるそうで、紫草によって染められた『江戸紫』は江戸時代に最も流行した色だったそうだ。
1区は強豪校のベテラン揃いと言った感じで、集団の中で抜きつ抜かれつが繰り返されて暫く固まって走っていたが……
六郷橋に差し掛かる手前でヒロのペースが落ち始めた。
「光ちゃ~ん! 頑張れ~! 負けるな~!」
純子ちゃんの応援の声が届いたのだろうか……
ヒロの表情が明らかに変わり、覚醒した獣のようにスピードを上げた。
さすが亥年生まれだと思うよりも早く、あっという間に後続を引き離し……なんとヒロが1位に躍り出た。
その後を日本大学と東京文理科大学が追いかけていく。
「ヒロ~そのまま突っ走れ~お前なら出来るっ、お前なら、大、丈、夫だ~」
その頃、僕の体力は限界を超えていて……声を出すのがやっとだった。
既に自転車で追いつけないスピードで先頭を走っていくヒロの後ろ姿は、普段ふざけてばかりの姿が想像できない位かっこよくて……
沢山の鳥達の先頭を飛ぶ、渡り鳥のリーダーみたいだった。
昔、妹にせがまれて渡り鳥を図鑑で調べたことがあるが……立教の紫と重なってムラサキツバメの姿が浮かんだ。
1区のゴール地点は僕達の大分先の方だったが、その歓声から誰が一番にゴールしたのかが分かった。
「すごいぞ~立教1位通過!」 「区間賞だー!」
忙いでゴールに辿り着くと、立派に紫のタスキを繋いだヒロは待ち受けていた応援団に胴上げされていた。
「ヒロ~よくやったー! おめでとう!」
「おめでとう、光ちゃん!」
胴上げから降りたヒロは僕と熱い抱擁を交わした後、泣いている純子ちゃんを見て真っ直ぐにこう言った。
「おめでとうはお前や純子! 明後日の誕生日おめでとう! 俺は誕生日祝いで俺にしか出来ない祝いをあげたかったんや……今日明日の箱根駅伝の結果が丁度1月7日の新聞に出るような日程になったんは偶然やけどな」
「すごい……すごいよ光ちゃん……このために頑張ってくれてたんだね……私……本当に嬉しい」
ヒロと純子ちゃんは僕の時より全然長い熱い抱擁を交わした。
二人は何処からどう見ても、お似合いのアベックだった。
純子ちゃんにこんなにも幸せをあげられるヒロは、『幸福な王子』の王子様みたいで……同時に幸せを運ぶツバメみたいだなとも思った。
結局その後の2区はそのまま立教が1位を守ったが、3区で抜かれて日大がトップに立って4区で慶應が先頭を奪い、往路を制したのは慶應大学で立教大学は7位だった。
2日目の復路は靖国神社にゴールを見に行ったが……
日大、慶大、法大が激しい争いを展開していく中、日大が10区で逆転……13時間45分5秒で日大が総合優勝を飾った。
その次の2位でゴールしたのが慶應、3位が法政、立教は大健闘の6位だった。
戦時下で行われた今回の箱根駅伝は、ペース配分に失敗した者や途中で肉ばなれになった者、抜きつ抜かれつの様々な人間ドラマがあったが……
参加した11大学全校が途中棄権することなく、見事に最後までタスキを繋いだ。
そのゴールはチームメイトだけではなく、参加者全校の選手が出迎えた。
最下位は初出場の青山学院だったが、首位から3時間近く遅れているような状況でも沿道からの応援の声は止まず、日没近くになってゴールした際には歓声が上がり……参加者の皆にあたたかく迎えられた最高の最後のゴールだった。
皆が興奮と感動で涙を流している中……選手達や監督は、ある予感を抱いていたそうだ。
これが最後の箱根駅伝になるのではないか、という確かな予感を……
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