63 / 77
追憶編
○追憶編⑲~送別会~
しおりを挟む私は結局、休職することを決意した。
身体的にも精神的にも無理して仕事をすることの虚しさに気付くことができたし、私の看病疲れもあって両親が同時に風邪を引いてダウンするなど、その影響は私以外にも及んでおり、仕事どころではなかった。
「もし辞めることになってもさ、送別会してやるよ~カラオケでも行こうぜ~」
そう電話で言ってくれる神山慎二の能天気さに救われた。
私は神山慎二とどうしても歌いたい歌があった。
結局その夢は叶わなかったが……
一連の事が問題になり、私は本社の人に確認したい事があると呼び出され……
肩を固定した状態のまま面接で色々な質問がされた。
私はその頃には一連の私への嫌がらせは、先輩の嫉妬によるものだと気付いていた。
本社の人達も、そのことに薄々気付いているようだった。
「……それで……神山くんは、あなたをよく助けてくれたのよね?」
(『はい』と言ったらどうなるんだろう? もし私が正直に言ってしまったら……)
走馬灯のように考えが巡る。
(本社にそのことがバレたら……美妃先輩と神山慎二の邪魔をすることになるのかな?)
(それってなんか嫌だな……人の不幸を願う人には…………美妃先輩みたいな人には……なりたくない)
「…………………………いいえ……」
それまで聞かれたことに対して全部正直に話をしてきたが、一つだけ嘘をついた。
身を引き裂かれる思いというのは、こういうことかと実感した。
初めてできた本当の弟みたいな存在が……大切な存在が目の前で消えてしまった。
その後、本社に正しい報告書が出され、労災認定がされるようになったが……
私は退職を決意した。
私にはもう居場所がないと思った。
色々な書類を出したり荷物を回収しなくてはいけないため、久し振りに職場に行かなければならなくなった。
そしてあの送別会に呼ばれた。
帰りの電車の中、「今までありがとうございました!」という神山慎二の声だけが耳に残っている。
私は分かっていた。
何も渡さずに解散となるのは余りにも可哀想……となるから労《ねぎら》いの言葉を先輩に言わされているのだろうということを……
私の後に神山慎二や美妃先輩も面接を受けているから、私がした発言は耳に入っているはずだ。
彼には私が悪魔のような存在に思えただろう。
建前を言わされる役、最後まで嫌な女に餞別代わりに労いの言葉を言わされる役……
きっと嫌だったに違いない。
それでもその言葉に……あの大きな声には何かが込められている気がした。
「今までありがとうございました!」
(いつか篠田先生に言った言葉と同じだ……結局私は言えなかったな……神山慎二に一番言いたかった言葉を……)
(偶然にも同じ誕生日の二人にちゃんと、『誕生日おめでとう』も言いたかった……な)
家に帰ると、テレビで高校生の時にやっていたあるアニメ映画が放送していた。
私は今まで見たことがなかったので、その映画の最後の真実に感動し、エンディング曲を聞きながらボロボロ泣いていた。
そして高校生の時の夢や今までの色々な事を思い出した。
「本物の先輩……ありがとう」
「大切なことを思い出させてくれて……」
「私、頑張るよ……今までの私を支えてくれた人達……それと……これから出会えるかもしれない誰かのために」
私は夜空を見上げて誓った。
それからあっという間に時間が過ぎていったが、美妃先輩のことや事故のこと、送別会のことはあまり思い出したくないトラウマになった。
特に公開処刑のような送別会は……
みんなが目を伏せる中で聞いた、あの声を思い出すと胸が苦しくなるから……
結局、神山慎二も退職し、美妃先輩はどこかの部署に異動したと風の噂で聞いた。
上がらなかった左腕は、治療の甲斐あって上がるようになり……
私は労災の最後の書類を提出するために、久し振りにデイサービスの事務所を訪れた。
「……優歌《ゆか》……ちゃん?……」
「ハルちゃん久し振り~! 退職したって聞いて驚いたよ……」
昔、相談員になりたての頃、事務を担当していた笑顔がかわいくて優しい、私の友達で同期の大好きな女の子……
優歌ちゃんは今回の人事異動で再び戻ってきたらしい。
「これ作ったの!」
「???……あり……がとう…………」
帰りがけにコルクボードを渡された。
今までにデイサービスで撮った写真がたくさん貼ってあるA4サイズのコルクボード……
上の方に「○年間ありがとうございます。今までお疲れ様でした」というメッセージ。
下の方には、わざわざ色画用紙を切って何枚も張り合わせて作ってくれた、私の似顔絵入りの……
細かい事情を知らずに作ってくれた、その写真入りコルクボードは、私にとって複雑でつらくて……でもありがたくて……
帰り道、今までの頑張りが報われた気がして溢れそうになる涙を何度も我慢した。
電車の中で泣いていたら完全に不審者だ。
家の玄関に入った途端、私は声を上げて泣いた。
(優歌ちゃん……ありがとう……名前の通りなんて優しいんだろう……)
大学の友達の優里《ゆり》ちゃんといい、優しいという漢字が入った名前の子は、みんな優しい気がする。
(そうだ! 将来子供が出来たら名前に『優』の字を入れよう!)
(私がつけられるはずだった『明希《あき》』と合わせて『優希《ゆき》』とか素敵だな……)
そんなことを考えていたら、孝次から久し振りに電話がかかってきた。
「正社員での就職決まったよ……これで堂々とお前に会いに行ける」
「本当?……本当なの?……っよかった……今までよく頑張ったね……おめでとう」
「約束しただろ? 俺がずっとそばにいるって……俺はいつでもお前の味方だからな!」
孝次とは遠距離になってからも定期的に電話をしたり、私達の誕生月には一緒に思い出のテーマパークでお祝いしたりと付き合いはずっと続いていたが……
私が仕事で身体を壊して電話をする元気も、出る元気もなくて塞ぎ込むことが続いた頃、孝次は「何度電話をかけても出ないから」と大学時代に住んでいたアパートに再び戻ってきてくれた。
そしてアルバイトとして大学の近くの施設で急遽働き始め、正社員での就職を目指して頑張っていた。
自分の食費も大変なのに、わざわざ「俺が電話する」と言ってくれて落ち込んでいた私を何度も励ましてくれた。
私はたくさんの優しい歌と、「今までありがとう」という孝次の次に大好きな声と、「お前の味方だ」という孝次の声に前に進む勇気をもらい……心の中にもう一度頑張ろうという希望が生まれた。
まずは、初心に戻るため、髪を学生の時のようなショートカットに戻し……次の職場を探すために就職活動をスタートした。
そして…………
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる