1 / 4
前編
しおりを挟む貴族が必ず通う学園のカフェテリア。
そこで信じられない光景を見てしまい、クリスタは頭を殴られたような衝撃を受けた。咄嗟に建物の影に身を潜め、壁に手を付いてよろけそうな身体を支える。
(でん、か……?)
席に座る一組のカップル。
美しいプラチナブロンド、凛々しく美しい横顔はわたくしの婚約者のリドリー殿下に他ならない。
でも、どうして殿下が他の女性とお茶をしているの?それもわたくしの次に王太子妃に相応しいとされた伯爵令嬢と…。
どうして。何故。
(……殿下と、オードリー伯爵令嬢が……一緒に……っ)
リドリー殿下は太陽のように輝く容姿をお持ちなだけではなく、聡明で、身体だって騎士団で鍛えていらっしゃる。そんな雄々しく麗しい殿下と、明るく可愛らしい、春の女神のような緑の瞳のオードリー伯爵令嬢。
…まるで物語に出て来る騎士と姫のよう。ああ、なんてお似合いなの。
わたくしにしか向けられた事のない、リドリー殿下の蕩けるような優しい微笑みがオードリー伯爵令嬢に向けられていて、ジワリと溢れてきた涙を必死になって堪えた。
鮮明に思い出されるのは、先日の大臣様とした会話……。
『クリスタ様。どうか殿下との婚約を解消していただけませんか?』
『な、何を…っ どうしてです!?大臣様にとって一番良い婚約者は協力関係にある侯爵家、わたくしだったではありませんか!』
『理由はクリスタ様、貴女が一番理解しておいでなのでは?』
『───!! で、ですが、殿下は気にしていないと…っ』
『既に王宮では婚約を解消すべきという意見でまとまりつつあります。それに殿下が婚約破棄、と仰られてからでは遅いのです。既に新しく婚約者候補に決まった令嬢が殿下に接触していると報告がありました。』
『そんな……。』
『クリスタ様。貴女は確かに王太子妃に相応しい侯爵令嬢の身分と、何より素晴らしい魔力をお持ちだ。他に追随を許さない魔力量、圧倒的な魔法構築速度、魔法に関する知識も豊富。更には儚く華奢な女神の如き美しさと心をも持っていらっしゃる。ですが……。』
『……。』
『……新しい婚約者候補の令嬢は貴女程ではないにしろ高い魔力を持ち、明るく可愛らしい容姿の、守ってあげたくなるタイプとの事です。貴女はそんな女性に勝てますか?』
『………。』
『…傷は浅い方が良いでしょう。破棄を告げられる前に、円満に婚約を解消するのが一番良いのです。』
『……、少し、考えさせてください。』
わかって、いたの。
わたくしは殿下の婚約者に相応しくない。大臣様の話を聞いてから、このような光景を見る事になるやもしれないと恐れてもいた。王宮の動きは殿下もお聞きになってるでしょうから。
だってわたくしはどうやったって、あんな可愛らしい令嬢には勝てない。わたくしは殿下の事をいつだって傷つけてしまうのだもの。傷つける度にお優しい殿下は許して下さったけど、きっとわたくしはこれから先も殿下を傷つけてしまう。
それにいつか嫌われるかも、愛想を尽かされてしまうかも、とずっと怯えてたわ。それが現実になっただけ。
でも想像していた時よりずっと、心が張り裂けそうで苦しい。まるで息の仕方を忘れてしまったかのよう。
きっとわたくしの心は今、ズタズタに引き裂かれ、赤い血が涙のように滴っているのだろう。
───あぁ、わたくしの心が殿下に見えなくて本当に良かった。
頬を濡らす涙を拭って表情を取り繕えば、未練たらしいわたくしの心を殿下に知られずにすむ。
……わたくしは覚悟を決め、身を潜めた建物の影から殿下達のいる場所まで静かに歩み出した。
「───殿下。」
「クリスタ!」
少し距離を保ったまま声をお掛けすると、ようやくわたくしに気づいた殿下が軽く驚いて立ち上がられる。そのままこちらに歩いてこようとなさるので一歩離れると、わたくしの態度に気づきその場で立ち止まる殿下。
手を伸ばしても届かない距離、それがきっとわたくし達に相応しいんだわ。
「クリスタ?」
「殿下。それにオードリー様、ごきげんよう。お二人でお茶会、ですか?」
礼をして微笑もうとして……悲しみを堪えきれずに少し顔が歪んでしまった。それを見た殿下の顔色がサッと変わる。
「クリスタ、誤解しないで!彼女には先日世話になったから、礼をしていただけだよ。最初はザリウスも居たんだが、急用が出来たとかで席を立ってしまった結果二人になってしまっただけで……。」
「……まぁ。そう、なんですの。」
「誤解させるような真似をしてしまってごめん。配慮が足りなかったね。」
項垂れ謝罪なさる殿下の姿に、しかしわたくしの心が晴れることはない。
幼い頃からずっと一緒でしたが、あんな蕩けるような笑顔をわたくし以外に向けた事はなかったではありませんか。殿下の心はきっともう、わたくしから離れてオードリー伯爵令嬢に向けられているのでしょう。
それにザリウス様。リドリー殿下の側近の彼ならば、わたくしが婚約者失格になった事も、誰が次の婚約者の最有力候補かという事もご存知のはず。
王太子殿下が婚約者以外の女性と二人きりでいれば噂になっても仕方ない。それでもザリウス様が席を外されたという事は、噂になっても構わないという事じゃないかしら。
───やはり、オードリー伯爵令嬢が次の婚約者として最有力なのね。
あぁそれとも。ザリウス様は本当にリドリー殿下想いだから、こんな婚約者よりもよっぽど可愛らしいオードリー伯爵令嬢と結ばれるべきだと、殿下を後押ししているのかしら。
「あの、クリスタ様。」
「…なんでしょう、オードリー様?」
オドオドと殿下の後ろから声をかけてくるオードリー伯爵令嬢。まるで小動物のように怯えている。その手が殿下の服の裾を握っているのが見え、ますます酷くなる胸の痛み。
「私からも申し訳ありません。お慕いする殿下とお話出来る事に舞い上がっておりました。」
「……そう。」
言葉では謝りつつ、むしろ頬を染めて微笑む彼女。わざわざ『お慕いする』などと、遠回しに威嚇されているのかしら。
彼女の言葉に驚き振り返る殿下が、服を掴む手に気づき離すようにと彼女に告げる。でも、と渋る彼女に優しく言い含めて。微笑むオードリー伯爵令嬢と苦笑なさるリドリー殿下は傍から見れば仲睦まじいカップルだ。私は一体どんな顔をして、それを見ていれば良いのだろう。いっそ泣きだしてしまえたら良いのに。
「オードリー嬢、すまない。婚約者殿と話をしたいから、今日はこれで失礼させてもらう。」
「そんな!でも…っ」
「すまない。礼はまた今度、改めてゆっくりしよう。」
「……絶対ですからね?お約束ですよ?」
もうこの場を去ってしまいたい…、と思ってたら、逆に殿下がオードリー伯爵令嬢に別れを告げて驚いてしまう。
良いのですか?…ああ、それとも今はまだ婚約者はわたくしだから、気になさったのかしら。
そうよね、殿下は真面目で誠実なお方だから。想いを寄せる令嬢よりも婚約者を大事になさってもおかしくないわ。
「……さて。ごめんね、クリスタ。」
「いえ…。あの、殿下?」
「なに?」
「少しお時間をいただけますか? ───お願いしたいことがあるのです。」
10
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

さようなら、あなたとはもうお別れです
四季
恋愛
十八の誕生日、親から告げられたアセインという青年と婚約した。
幸せになれると思っていた。
そう夢みていたのだ。
しかし、婚約から三ヶ月ほどが経った頃、異変が起こり始める。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》



【完結】己の行動を振り返った悪役令嬢、猛省したのでやり直します!
みなと
恋愛
「思い出した…」
稀代の悪女と呼ばれた公爵家令嬢。
だが、彼女は思い出してしまった。前世の己の行いの数々を。
そして、殺されてしまったことも。
「そうはなりたくないわね。まずは王太子殿下との婚約解消からいたしましょうか」
冷静に前世を思い返して、己の悪行に頭を抱えてしまうナディスであったが、とりあえず出来ることから一つずつ前世と行動を変えようと決意。
その結果はいかに?!
※小説家になろうでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる