1 / 22
1・白と黒
1
しおりを挟むリノリウムの無機質な床の臭いと、キンモクセイの香りがする。
不釣り合いなふたつの匂いは重なって鼻腔をくすぐると懐かしいような不思議な感情を呼び起こした。
「ねえ、起きてよ」
ベッドサイドにひじをついて、俺の顔をのぞき込むようにして、サムが笑う。
俺は瞼をどうにか持ち上げて問いかける。
白い枕はエタノールの清潔な薬品の臭いがして自室のベッドではないことだけは認識できた。
「サム……今、……何時だ?」
「さあ? 時計がない」
「俺の上着に懐中時計があるだろう?」
「ああ。あった気もする」
サムはそういって上着がかけてあるだろう方向を見たが時計を見に行くのが面倒なのか気がない様子だった。
「つれない奴だな。時計……とってくれないか?」
「ボク、忙しいんだよね」
「そうは見えんがな」
長椅子で何か本を読んでいるようだった。
俺は鉄のように重たい体を起こして、ベッドから出る。
床がグニャリと曲がるような感覚に不快感を感じながら上着まで歩くとポケットに手を入れた。
18の誕生日に兄がくれた懐中時計は、カチカチっと今という時間を刻んでいた。
少し痛む足を軽く引きずるようにベッドに戻ると時計を開く、11時を少しまわった所だった。
「ここは、どこなんだ」
「さあ、ボクら川に落ちただろ? だから死んだのかもね」
「……じゃあ、天国? いや……地獄か? それにしては簡素だな」
「ね。でもさ、地獄には似合わないような、すごくいい匂いがするんだ……パンかな? パウンドケーキかもしれないね。バターの香り、さっきからたまらないよ!」
サムは嬉しそうに部屋を歩き回る。
「おまえは……平気なんだな」
「うん、ジェイが守ってくれたからね」
サムはそう言って俺の横に転がっるようにやってくると頬にキスをした。
「! ふざけるな……やめてくれ」
「あはは、ジェイはかわいいな、すぐにテレる」
「からかうな」
「童貞でもあるまいし」
「はぁ……それとこれは関係ないだろう?」
「あはははは! 男同士だもんな! ボクが女ならきっとピンポイントでジェイを快こばす事ができるよ、残念だったな」
そう言って下半身に触れた。
「やめろ! バカ野郎」
「あはははは!」
金色の髪をさらりとかきあげながらサムは笑った。
吸い込まれそうな翠色の瞳は宝石、華奢な肩は女のようで、無邪気な笑顔はまるで天使だ。
サムは俺にないものをすべて持っている。
夜の闇のように黒い瞳をした俺は、戦に行く時にプレートアーマーと呼ばれる甲冑をまとってクローズド・ヘルムという金属の被り物で頭も顔も覆う。
とても重たく暑い装具だ。
そんなものを着て動くせいか、体は筋肉で覆われて手は剣を握る為にマメで硬くなりゴツゴツと太い指が滑稽に見えた。
軍に入って戦に出るために髪は短くしてしまったし、美しさとは無縁ともいえるだろう。
軍人になる前はサムのように髪を伸ばして束ねていた事もあったが、瞳と同じに闇のように黒い太くて癖のある髪は美しいとは言い難かった。
束ねていても駄馬の尻尾のほうが綺麗だと思うくらいだったのだから俺には甲冑を着るために短くした、これが似合いだろう。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる