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35.お見舞い
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二人が長いこと抱き合っていると、コンコンという控えめな音が聞こえたので、顔を見合わせて離れた。少し名残惜しく思ったが、場所も場所であるのですぐにきちんとしなければ、といういつもの冷静な自分が戻ってくる。
ハウエルが立ち上がり、扉を開けると、申し訳なさそうな顔をしたサイラスが突っ立っていた。後ろには不安げな表情をしたラシャドと、ミリアまでいた。
「あー……すまん。お楽しみの所悪いんだが、メイベルの様子を確認したくてだな、ってうおっ」
「お姉さま!」
サイラスを押しのけるようにして部屋へ入ってきたのはミリアだった。彼女は涙目でメイベルに抱き着いた。
「姉さまっ! よかった! ご無事だったんですね! わたくし、姉さまがもう目を覚まさないんじゃないかって思って……」
うっ、うっ、と泣き始めるミリアにメイベルがちょっと困惑していると、ラシャドの姿が目に入った。そう言えば気を失う直前、彼の顔を見た気がするが、その時よりもやつれているように見えた。
「あの、ラシャド様。私どれくらいの間眠っていたんでしょうか」
「あなたは丸二日間眠り続けていたんですよ」
「二日間も……」
どおりでハウエルがひどく心配するわけだ。でも、二日も眠っていたわりには身体に怠さなど感じない。
「聖女ゆえ、でしょうね」
「ああ。さすが、過去の蘇りと謳われただけある」
「それはどういうことでしょうか」
扉を閉めて戻って来たハウエルが二人に尋ねると、ラシャドがとりあえず座りましょうと椅子に促した。
「ミリアも。いつまでもそうしていては、メイベルが休めませんよ」
「ぐすっ。はい……」
鼻を鳴らしながらミリアは離れ、メイベルのすぐ近くの椅子へと座った。彼女の反対側に、ハウエルが腰掛け、彼の隣にサイラスが席を取った。
メイベルとしてはもう身体も十分休めたので、普通に椅子に座りたかったが、その前にラシャドが話を始めてしまった。
「さて、どこから話しましょうか……ハウエル様は聖女についてメイベルからどれくらい伺っているのでしょうか」
「聖女の力が年々衰えていること。けれどそうした中でも、メイベル様の力は強大であることは、お聞きしました」
そうですか、とラシャドは頷いた。
「一つ訂正すると、メイベルの力は昨今の聖女と比べて強いだけです。かつての聖女たちのような万能な治癒能力は彼女にはありません。その証拠に、あなたの傷を治しただけで、この有様です」
メイベルの力不足を責めるというより、彼女の無茶を責める言い方だった。
「わたくしや他の聖女が姉さまの疲労を回復しなかったら、あのまま姉さまは力尽きていたかもしれません……」
あり得たかもしれない結末を想像してか、ミリアが再度目を潤ませた。メイベルとしては心配させて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「本来治癒能力というのは、無限に行使できるものではありません。身体の体内に怪我を治すだけの力が備わっており、それを相手の身体に流し込むことによって回復する。その分聖女の体内からは力がなくなり、器は空っぽになる。いわば自分の身を削って相手を治療する仕組みなのです」
「魔法使いとかには、魔力があるっていうだろう? その魔力を相手にそっくりそのままあげるって感じだな。もらった相手は、その魔力を利用して怪我した部分を修復させる」
サイラスがわかりやすいように言い換え、なるほどというようにハウエルが頷いた。
「ではやはり、力を使い過ぎると、あげた本人は命を落としてしまうことも?」
「ええ。否定できません。……聖女というのは、その存在自体が、神からの贈り物、と考えられています。歴代の聖女たちはみな、自身の命と引き換えに戦争や病で次々失われていく命を救い続けました」
ハウエルははっとしたようにメイベルを見た。彼が思い浮かべたであろう人物に、メイベルはこくりと頷いた。
「おそらくウィンラードの聖女もその一人なんだと思います」
彼女のすごい所は、ウィンラードを敵国から救っただけでなく、その後愛した人と結婚し、子どもを産み、家庭を築きあげたことでもある。
(誰かの幸せだけじゃなくて、自分の幸せもきちんと掴んだってことよね)
そりゃ崇められるわ、とメイベルは思った。
「ですがそれも昔の話です。今の聖女は確実に力が弱まっている」
「それは、なぜでしょうか?」
さぁな、とサイラスは肩を竦めた。
「昔は理不尽な死が、それこそ大勢の人間に降りかかったからな。神様もこれはあんまりだって同情して助けてくれた。でもそのうち人間は戦いをやめて、医療もちょっとずつだけど進歩して、理不尽だと思う死が減っていった。だから、聖女の数も、その能力も、必要ないって神様が判断したんじゃないか?」
「あるいは、聖女を利用して権力を握ろうとする人間が出てきて……新たな火種になるからと判断したせいかもしれません」
ラシャドの言葉にミリアがぎゅっと膝に置いていた手を握りしめた。
「教会も公爵閣下もお姉さまをこんな危険な目に遭わせて……絶対に許せません」
「……アクロイド公爵は、どうなったの?」
「今は地下牢に監禁されている。今度ばかりは爵位も取り上げられて、塔に幽閉されると思う。……もう公爵って呼べないな。ただのジェフリーっていうおっさんだ」
サイラスは複雑な心境なのか、声の調子を落として叔父のこれまでの人生を語り始めた。
ハウエルが立ち上がり、扉を開けると、申し訳なさそうな顔をしたサイラスが突っ立っていた。後ろには不安げな表情をしたラシャドと、ミリアまでいた。
「あー……すまん。お楽しみの所悪いんだが、メイベルの様子を確認したくてだな、ってうおっ」
「お姉さま!」
サイラスを押しのけるようにして部屋へ入ってきたのはミリアだった。彼女は涙目でメイベルに抱き着いた。
「姉さまっ! よかった! ご無事だったんですね! わたくし、姉さまがもう目を覚まさないんじゃないかって思って……」
うっ、うっ、と泣き始めるミリアにメイベルがちょっと困惑していると、ラシャドの姿が目に入った。そう言えば気を失う直前、彼の顔を見た気がするが、その時よりもやつれているように見えた。
「あの、ラシャド様。私どれくらいの間眠っていたんでしょうか」
「あなたは丸二日間眠り続けていたんですよ」
「二日間も……」
どおりでハウエルがひどく心配するわけだ。でも、二日も眠っていたわりには身体に怠さなど感じない。
「聖女ゆえ、でしょうね」
「ああ。さすが、過去の蘇りと謳われただけある」
「それはどういうことでしょうか」
扉を閉めて戻って来たハウエルが二人に尋ねると、ラシャドがとりあえず座りましょうと椅子に促した。
「ミリアも。いつまでもそうしていては、メイベルが休めませんよ」
「ぐすっ。はい……」
鼻を鳴らしながらミリアは離れ、メイベルのすぐ近くの椅子へと座った。彼女の反対側に、ハウエルが腰掛け、彼の隣にサイラスが席を取った。
メイベルとしてはもう身体も十分休めたので、普通に椅子に座りたかったが、その前にラシャドが話を始めてしまった。
「さて、どこから話しましょうか……ハウエル様は聖女についてメイベルからどれくらい伺っているのでしょうか」
「聖女の力が年々衰えていること。けれどそうした中でも、メイベル様の力は強大であることは、お聞きしました」
そうですか、とラシャドは頷いた。
「一つ訂正すると、メイベルの力は昨今の聖女と比べて強いだけです。かつての聖女たちのような万能な治癒能力は彼女にはありません。その証拠に、あなたの傷を治しただけで、この有様です」
メイベルの力不足を責めるというより、彼女の無茶を責める言い方だった。
「わたくしや他の聖女が姉さまの疲労を回復しなかったら、あのまま姉さまは力尽きていたかもしれません……」
あり得たかもしれない結末を想像してか、ミリアが再度目を潤ませた。メイベルとしては心配させて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「本来治癒能力というのは、無限に行使できるものではありません。身体の体内に怪我を治すだけの力が備わっており、それを相手の身体に流し込むことによって回復する。その分聖女の体内からは力がなくなり、器は空っぽになる。いわば自分の身を削って相手を治療する仕組みなのです」
「魔法使いとかには、魔力があるっていうだろう? その魔力を相手にそっくりそのままあげるって感じだな。もらった相手は、その魔力を利用して怪我した部分を修復させる」
サイラスがわかりやすいように言い換え、なるほどというようにハウエルが頷いた。
「ではやはり、力を使い過ぎると、あげた本人は命を落としてしまうことも?」
「ええ。否定できません。……聖女というのは、その存在自体が、神からの贈り物、と考えられています。歴代の聖女たちはみな、自身の命と引き換えに戦争や病で次々失われていく命を救い続けました」
ハウエルははっとしたようにメイベルを見た。彼が思い浮かべたであろう人物に、メイベルはこくりと頷いた。
「おそらくウィンラードの聖女もその一人なんだと思います」
彼女のすごい所は、ウィンラードを敵国から救っただけでなく、その後愛した人と結婚し、子どもを産み、家庭を築きあげたことでもある。
(誰かの幸せだけじゃなくて、自分の幸せもきちんと掴んだってことよね)
そりゃ崇められるわ、とメイベルは思った。
「ですがそれも昔の話です。今の聖女は確実に力が弱まっている」
「それは、なぜでしょうか?」
さぁな、とサイラスは肩を竦めた。
「昔は理不尽な死が、それこそ大勢の人間に降りかかったからな。神様もこれはあんまりだって同情して助けてくれた。でもそのうち人間は戦いをやめて、医療もちょっとずつだけど進歩して、理不尽だと思う死が減っていった。だから、聖女の数も、その能力も、必要ないって神様が判断したんじゃないか?」
「あるいは、聖女を利用して権力を握ろうとする人間が出てきて……新たな火種になるからと判断したせいかもしれません」
ラシャドの言葉にミリアがぎゅっと膝に置いていた手を握りしめた。
「教会も公爵閣下もお姉さまをこんな危険な目に遭わせて……絶対に許せません」
「……アクロイド公爵は、どうなったの?」
「今は地下牢に監禁されている。今度ばかりは爵位も取り上げられて、塔に幽閉されると思う。……もう公爵って呼べないな。ただのジェフリーっていうおっさんだ」
サイラスは複雑な心境なのか、声の調子を落として叔父のこれまでの人生を語り始めた。
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