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個別エンディング
ロイド⑦ 新たな試み
しおりを挟む「リディア。ロイド。ちょっといいか?」
夏季休暇まであと二週間。生徒会長のダニエル・ノーマンが二人を呼び出した。
「休みが明けたら、そろそろ次の生徒会メンバーを決めなきゃいけない」
本当は今の時期ですでに引き継ぎを済ましておくのだが、前任のレナードが長く務めていたこともあり、去年の秋に就任して、今年の夏に引退だとダニエルたちの任期が短すぎる。そのため引き継ぎの時期は秋に変更となったのだ。
「会長は、誰をご指名するつもりですか」
「俺は、今年の……というか今年から選挙制にしようと思っている」
リディアとロイドは互いの顔を見合わせた。
「どういうことですか?」
「今までは、会長自らが指名して次の会長や副会長を選んでいただろう? それを廃止にして、全校生徒から選んでもらおうと思っているんだ」
それは新たな試みである。
「なるほど。でも、それでも候補者はある程度絞らないといけませんよね?」
「ああ。立候補できる条件は生徒会に属しており、この学園をよりよくしたいと思っている者に限られる」
ダニエルはそこでリディアとロイドの顔を交互に見た。
(まさか……)
「おまえたち二人のどちらかが会長になってくれると助かる」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
あまりにも突然のことでリディアは話を遮ってしまった。
「ロイドはわかります。でもわたしには無理ですよ」
「なんでだ?」
「だって……」
生徒会長とはつまり全校生徒を束ねる指導者であり、国家でいう王様みたいな地位である。そんな学園の頂点に位置する座に自分が就くというのは、ひどく違和感があった。
「今までの生徒会長はみな家柄もよかったですし」
「それをいうなら、俺だって子爵家の三男坊だ」
それでも爵位持ちの貴族には変わりない。納得できないリディアに、ダニエルはふっと真面目そうな相好を崩した。
「不安に思うお前の気持ちもよくわかる。でもこれは前生徒会長の意向でもあるんだ」
「レナード殿下の?」
「そうだ。あの人は身分に関係なく、能力がある者が報われることを望んでいた。そのためには、まず上から変わっていかないといけないと」
それは、わかる。でもなぜ自分なのだ。
「リディアは生徒の意見もよく聞いて、もめ事が起きても上手く対処するだろう? そういうのは、なかなかできることじゃない」
「フレッド先輩とかは、すぐ強い立場の人の方に流されてしまいますもんね」
ロイドが横から口を挟めば、思い当たることがあるのかダニエルはまぁな苦笑いした。
「あいつにはあいつの良さがあるんだけどな」
みんなそれぞれ適した役割があるんだよ、とダニエルは微妙な顔をするリディアに向き直った。
「流されやすいようで、きちんと自分の意見を貫き通せること。そういう人間は、この学園にとって本当にいいことは何か、正しい判断を下せるんじゃないかと、俺は思う」
「……それでも、正直荷が重いです」
弱音を吐けば、ダニエルはたしかになと頷いた。
「でも、おまえが生徒会長になってくれれば、きっと革新になるよ」
「革新?」
「そう。平民出身で、でも努力と根性で生徒会長という地位を勝ち取った実力者。身分に胡坐をかいていた高位貴族の生徒たちは反発もするだろうけど、自身を省みるきっかけになるだろうし、爵位が低い貴族や特待生組は、自分も努力すれば上へ這い上がれるんだっていう希望にもなる」
ダニエルの言い分は、まるでリディアこそが生徒会長になるべきだという熱意が感じられた。そのことに、なんとなくリディアはあることを思った。
「……もしかして、会長が今の地位に就いているのも、そういった経緯からですか」
さすがにいきなりリディアが生徒会長になるというのは、リスクが大きすぎる。けれど、ダニエルのような下位貴族の生徒を挟めば、橋渡しとして、生徒の混乱を抑えることができるのではないか。だからこそ、レナードは高位貴族でもないダニエルを自分の後釜に据えたのではないだろうか。
リディアの考えをダニエルは肯定も否定もせず、さぁなというように微笑んだけれど、彼女にはそれが答えのように思えた。
「殿下はずっと先のことまで見通しているお方だったからな。俺には正確なことはわからない」
でもな、と彼は優しい口調で言った。
「俺は生徒会長になってよかったと思っているよ。そりゃあ、忙しい時は本当に大変で、帰りは遅くなるし、それでも生徒の模範となるようにってことで成績は落とせないし、教師と生徒の間でしょっちゅう板挟みになって辛いし。辞めてやるって思うこともあるけど……でも、やっぱりなんだかんだやりがいがあって、感謝されるとやっていてよかったなと思うんだ」
(ああ、それはわかるかも……)
ありがとう、なんてめったに言われないが、それでもたまに言われると、嬉しい。こんな自分でも役に立つことができたのだと認められた気がする。
大変なこともあるけど、別に苦ではない。まぁ、それは自分が経てきた経験も大いに関係しているだろうが。
「俺から見れば、二人とも俺と似たような所があると思ったんだ。だから、ぜひ生徒会長に立候補して欲しい」
特にリディアに対してはな、とダニエルは念を押したのだった。
***
「会長はあんなふうに言ってたけど、リディアとしてはどうなの?」
寮へ帰宅する時刻となって、その帰り道、ロイドはずばりとリディアの本音をたずねてきた。
「……正直、自信がありません」
自信がない。以前にも使った言い訳だ。なんだそれ、と言われてしまいそうな言い分だ。自分はこんなにも意気地がなかったのかと、がっかりした気持ちにもなる。
けれど、やっぱり出自というのはリディアにとって大きな壁だ。
当たり前のように手にしている者がこの学園にはたくさんいて、その中で生きるというのは羊の群れに混じった狼のように目立つ。気にしないというのは無理だ。
「ロイドは、どうなんですか。会長になりたいって思わないんですか」
「俺は……正直、トップに立つのは似合わないと自分で思う」
「そんなことないと思いますけど……」
むしろ彼の方が華があっていいんじゃないだろうか。公爵家の次期跡取り。成績優秀。真面目。容姿もいい。ほら、完璧じゃないか。
「なんか、自分でぐいぐい引っ張ってくより、誰かをサポートする役回りの方がしっくりくるっていうか」
「なるほど……そうなると会長より副会長のポジションがいい、ということですね」
「ああ、うん。そうだね」
ロイドはリディアの言葉に納得したように頷いた。
(そうか。ロイドが副会長……)
会長を支える姿が自然と目に浮かび、リディアは微笑んだ。
「似合っていると思いますよ」
「どうも。……俺も、リディアは生徒会長あってると思うよ」
「え」
「革新とか、正直新しい取り組みを確立するために、その反発をリディアにせんぶ押し付けようとしているレナード殿下の思惑は腹立つけど、生徒のためを思って行動するところは向いているんじゃない?」
「ロイド……」
でも、と彼は前を向いたまま続けた。
「リディアが殿下とか、ダニエル会長の考えを叶えなきゃって一種の責任ていうか、重荷に感じてまで引き受けるのは、違うと思う。やりたくないなら、無理して立候補しなくていいよ」
リディアがやりたいようにやればいい。
相変わらずそっけない言葉ではあったが、思いやりにあふれたロイドらしい言葉で、リディアは笑みを浮かべた。
「はい。ありがとうございます、ロイド」
(わたしがやりたいように、か……)
本当にやりたいことなら、不安があっても、自信がなくても、たぶん乗り越えられる。それはわかっているけれど、リディアはどうしても躊躇してしまう。あと一歩を踏み出すには、どうすればいいんだろう。
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