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ロイド④ 誰に何と言われようが

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 冬休みの間、勉強しようにもちっとも身が入らず、ひたすら悶々と考え、何だか居ても立っても居られなくなったロイドはやっぱり学園へ戻ろうと決めた。

「どこへ行く」
「学校へ、戻ります」

 慌ただしく荷物をまとめて出て行こうとするロイドに、ギルバートは「そうか」と実に淡々とした返事をした。てっきり反対されると思っていたロイドは、怪訝そうに祖父を振り返った。

「どうして戻るのか、詮索しないんですか」
「お前のことだから、どうせ相手に会いに行くつもりなんだろう」

 その通りである。否定しないロイドに、ギルバートは目を逸らし、ぽつりと言った。

「お前はヴィクトリアにそっくりだ」

 ヴィクトリアはロイドの母の名である。

「あの子も小さい頃から私の意見に何かと歯向かい、何一つ、耳を傾けようとしなかった」

 ロイドの祖母は、娘であるヴィクトリアを産んですぐに亡くなっている。ギルベルトは男手一つで母を育てたわけだ。公爵家の娘として恥ずかしくないよう、厳しく、決して甘やかさないように。たぶんそれが祖父なりの愛情であり、母の将来を思ってのことだった。

 ――でも母は、きっと少し前のロイドのように、祖父の振る舞いを素直に受け止めることができなかったのだろう。

 亡くなった母親の分まで、父親に愛して欲しくて、それが叶わなくて、少しずつ、親子の関係はねじれて、気づけば修復不可能な所まできていた。

 母が求めるものは、もうこの屋敷にはなかった。代わりに愛してくれる人と、外の世界へ逃げることだけだった。

「ロイド。お前は私に言ったな? 私が相手の話にちっとも耳を傾けないと」
「……ええ」
「ヴィクトリアがこの屋敷を出て行った時、お前を引き取った時、私はすべて自分が招いた結果だと思った」

 祖父と出会ってから、母の話題を口にすることはなかった。もう両親はいないものと思え、と言った通り、祖父もまた自分の娘のことを切り捨てたのだと思っていた。

 でも、本当はずっと悩んでいたのだ。娘が駆け落ちしてしまって、孫が親元から離れて暮らすようになってしまったことも。

 だからわざわざロイドを引き取って、きちんとした教育を受けさせた。公爵家を継がせるため、だなんて言っていたが、この人は血筋より能力を重視するだろうし、駆け落ちした娘の子どもなんて外聞が悪すぎる。外から養子をもらった方がずっとましだ。

 でもそうしなかったのも、彼なりの責任の取り方、そしてロイドのためだろう。

(すっごくわかりにくいけど)

 てか不器用すぎるだろ、と内心ため息をつく。

 結婚のことも、ロイドのことを思ってだろうけど、拗れる結果しか招いていない。

「……血筋なんですよ、たぶん」

 いつになく感情を露わにしている祖父を見ていると、やめろと言いたくなった。正直、気持ち悪い。酷い言い草であるが、この人には後悔に苛まれる情けない顔より、むすっとした表情か、しかめっ面の方が何倍も似合う。

「血筋だと?」
「ええ、そうです。人からいろいろ言われるのが嫌で、自分で決めたことを貫く性格。悪く言えば頑固。良く言えば意志が強い家系なんですよ。我が家は」
「……お前、何か変なものでも食べたのか」
「そうかもしれませんね」

 孫を見る祖父の目とは思えないほど、ギルバートは懐疑に満ちた目を向けた。ロイドは気にせず、コートを家令に着せてもらい、マフラーを首に巻き付けた。

「それに母さんはたとえあなたが慎ましい態度を見せても、きっと……いえ、絶対俺の父さんと結婚したと思いますよ」

 子どもの前だろうと遠慮なくいちゃついてる夫婦バカップルだったし。

「だから、まぁ、なんというか、悔やむだけアホらしいってことです」

 ギルバートは目をこれでもかと見開き、ロイドを凝視した。

(って、なんで俺が親の尻ぬぐいをしないといけないんだよ!)

 でもこのまま何も言わないのも気になるし……言いたいことは言ってやったのだからこれでいいだろとロイドは背を向けようとして、もう一つだけ、ずっと言えなかったことをこの際だからとはっきり伝えた。

「それから、俺はなんだかんだこの家へ来てよかったと、今は思っています」

 普通なら孤児院か、あるいは魔力の関係で王宮に引き取られ、隔離された生活を送っていたかもしれない。学園にも通えず、きっとリディアにも会えなかった。

「あなたはすごく厳しくて、おまけに性格も面倒で、正直何度もこの野郎って思いましたけど……いや、今も時々思いますけど、とにかく、下手に慰められたり、憐れみの目を向けられるより、厳しいくらいが俺にはちょうどよかったんだと思います」

 視野が広がった今だからこそ、両親に捨てられても、十分恵まれた環境だったのだとわかる。そしてこんなことをギルバートに伝えてしまったのも――

「見合いの件は、申し訳ありませんが断って下さい。俺はやっぱり将来一緒に歩む人間はリディアがいいです。あなたがいろいろ気に病むのはわかりますが、しばらくは見守っていてくれると助かります」

 言いたいことを一気に、すべて言い切って、ロイドはもう限界だと今度こそくるりと逃げるように背を向けた。

「というわけで、俺は学校へ戻ります。次の休暇には、また帰ってくるので――」
「ロイド」

 なんだ。まだ言いたいことがあるのか。それともやはり――

「今度、リディア嬢を連れて来なさい」
「……は?」
「お前の気になる子なんだろう? しかも他にも厄介な相手に好かれているそうじゃないか。レライエ侯爵家のご令嬢からも尋常じゃないほどの好意を持たれて」
「なんでそんなことまで知ってるんですか」
「お前の初日の反応を見て早急に調べさせた」
「……」

 何も言えないロイドに、ギルバートは真剣な様子で孫を諭す。

「お前は肝心な所で素直になれないから、うかうかしてると他の男に掻っ攫われるぞ」
「素直になれない点については、あんたに言われたくない」
「お前と一緒にするな。私は意中の相手にはきちんとアプローチしとったわ」

 本当かよ、と胡乱な目を向ければ、コホンと隣にいた家令が控えめな咳払いをした。

「旦那様は亡くなられた奥様の心を射止めようと、熱烈な愛の手紙を欠かさず送り、薔薇の花を毎日一本ずつご自宅まで届けられていました」
「やめろ、ジョージ。恥ずかしいではないか」
「いいではありませんか。奥様も時々読み返しては、頬を赤らめていましたよ」
「……そうか。私も家内からもらった手紙は今でもよく読み返すのだが」
「素晴らしい夫婦愛です」
「……」

 二人が盛り上がるのを横目に、身内のそういった話はあまり聞きたくなかったなとロイドはこっそり思った。

(というか母さんが駆け落ちに走った恋愛気質な所も、この人の血を引いているせいなんじゃ……)

「とにかく、今までの接し方では何も変わらんぞ。まずは相手のことを想った手紙をだな……」
「あー。それはまた今度で。じゃ、行ってきます」

 祖父の恋愛講義が始まりそうになり、ロイドはさっさと外へ逃げ出した。「ロイド!」と叱る声が聞こえたが、別れの挨拶代わりとして受け取っておこう。

(はー、なんかいろいろ馬鹿らしくなってきたな)

 どんよりした曇り空からは、また雪が降ってきそうである。憂鬱になりそうな天気も、ロイドはなぜか晴れやかに見えた。

(早く、会いたいな)

 手紙なんか毎日顔を合わせるのだからあんまり意味はない。薔薇の花を贈るってのも……自分の柄じゃない。

 伝えるなら、やっぱり直接、言葉でだろう。大切なことだし。恥ずかしいけど、自分なりに頑張ろうと思った。


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