61 / 72
個別エンディング
ロイド② 祖父との会話
しおりを挟む
リディア・ヴァウルという少女は変わっている。
変わっているというか、ついてない。変な人間に絡まれやすい。で、トラブルに巻き込まれがち。不幸体質。苦労性。それでも諦めない性格で、なんだかんだ放っておけないお人好し。
ロイドから見て、リディアはそんな子だった。
「坊ちゃま。お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
馬鹿でかい門をくぐり、玄関で何人も待ち構えていた使用人たちに頭を下げられ、ロイドは実家であるハウレス家へと帰省していた。
「遅かったじゃないか」
自分の顔をうんと老けさせた顔が、屋敷へ入ると出迎えた。ハウレス家の現当主であり、ロイドの祖父でもあるギルバートであった。
「お前のことだからまたなんだかんだ理由をつけて帰って来ないかと思っていたぞ」
帰らなかったら帰らなかったで迎えを寄こすじゃないか。それが嫌だからわざわざ出向いてやったんだ。……という文句が喉元まで出かかったが、ロイドはぐっと我慢してなんとか微笑した。
「俺も大人になったということです。お爺さま」
「なんだ気持ち悪い。私によく似た顔で微笑むな」
ひくりと頬が引き攣る。
(そりゃこっちの台詞だ!)
「報告は昼食をとりながら聞く。準備が整ったら食堂へこい」
挨拶は済んだとばかりにギルバートは背を向けた。
「……なんなの、あれ」
「坊ちゃまが珍しく素直な物言いをなさったので動揺したのでございましょう」
隣で翻訳してくれた家令の顔をちらりと見て、ロイドはもう一度、深くため息をついたのだった。
一年生の冬休み。学園に通う大半の生徒が自分の故郷へと帰る。ロイドはできることなら寮で年を越したかったのだが、夏季休暇の際にいつまでも帰って来ないロイドに業を煮やしたのか、公爵家から使いの者が何人も送られてきてはロイドを説得をし、寮の先生からも帰ったらどう? と悲しそうな顔で言われ、結局帰省するはめになったことを踏まえれば、自分から大人しく帰った方がまだましだと思い直したのだった。
(それに……)
『きっとお爺さまも本当は会いたがっているはずですよ』
「それで、どうなんだ?」
「えっ?」
ここにはいない少女のことをつい考えていたロイドは、脈絡なく発せられた公爵の言葉に反応が遅れた。当然、ギルバートは眉間に皺を寄せる。
どうでもいいが、細長いテーブルに向かい合って食事をするというのは毎回気まずいものがある。距離があるとはいえ差し向かい。一対一。しかも自分も祖父も、陽気な雰囲気を持つ人間ではなく、重たい空気にせっかくの美味しい食事がまずくなる危うさが常にあった。
「学校での生活は上手くやっているかどうか聞いているんだ」
それくらい察しろ、という無言の嫌味にロイドの眉もぎゅっと寄せられる。
(なんでこの人はいちいちこんな偉そうな言い方するんだ……)
と自分とそっくりな面に気づかず、ロイドは「まぁまぁですよ」と答えた。
「生徒会にも入ったそうだな」
「はい。将来何かしらの役に立つと思いまして」
「将来の伴侶を探すのにもか」
伴侶という言葉に思わず肉を詰まらせそうになる。慌ててグラスの水を飲み、すかさず後ろに控えていた使用人が水を注ぐ。
「……突然何をおっしゃるんですか」
「私はおまえの年齢に相応しい話題を口にしただけだ」
「……だからって唐突すぎるでしょう」
一体何を企んでいるんだと怪訝な顔で祖父を見れば、彼は白々しく空咳をした。
「実はおまえに見合いの話がきている」
「は? 見合い?」
冗談だろと思った。
「俺は両親のせいで社交界からは嫌厭されているんでしょう?」
ロイドの母親は幼い頃から決められていた婚約者がいたにも関わらず、商人であった父と恋に落ち、ギルバートに反対されても駆け落ちするという恋愛に生きた女性であった。そんな二人の息子であるロイドも親の血を引いているに違いないと、年頃の娘を持つ親たちは彼を結婚候補から除外していたのだった。当然と言えば、当然かもしれない。
「それなのに見合いだなんて……まさか借金だらけの家とか、訳ありのご令嬢を厄介払いさせるつもりでこちらに押し付ける魂胆じゃないでしょうね?」
よくない噂はあっても、公爵家。地位と名誉は喉から手が出るほど欲しいと思う欲深い人間は大勢いる。逆に結婚してやるんだからこれくらいの瑕疵は目を瞑れと上から目線の輩がいてもおかしくない。
「馬鹿もん。そんな人間、たとえ土下座されようが、金を積まれようが、こちらから願い下げだ」
「じゃあ、相手は誰なんです?」
じっ、とギルバートは何かを見極めるように目を細めた。
「コンラッド伯爵のご息女だ」
「コンラッド伯爵って……」
「ヘレナ嬢は、お前のご学友なのだろう?」
ヘレナ……ヘレナ・コンラッド。ご学友。
「あっ、あの人か」
リディアにしつこく絡んで、ついでに自分にもいろいろ言ってきて、頬を叩いてきた女性。同じクラス。クラスメイトの名前だと理解して、ロイドはようやくすっきりした。
(いや、なんで……?)
あの時は自分もむしゃくしゃしてつい彼女に酷いことを言ってしまった。その後反省して謝ったものの、ヘレナはいまだ根に持っているのか、よくチラチラとロイドの方を見てきて、たまに目があったりすると、顔を赤くして怒ったように睨みつけてくるのだ。誰がどう見たって嫌われている。そんな相手が自分を結婚候補に選んだなんて……
「彼女の家、何かあったんですか?」
領民が暴徒化したとか、父親が急にギャンブル依存症になったとか、それで追いつめられたヘレナは大嫌いなロイドにも嫁がざるをえなくなり……
「見合いの話を持ちかけてきたのは向こうの方からだ。娘が気に入った相手だから、どうか考えて欲しいと」
「は?」
ヘレナが自分を気に入っている?
「何かの冗談ですか」
「どこの親が冗談で見合いを持ちかけるというんだ」
それはそうだが……やっぱりロイドには釈然としなかった。
「それで? どうするんだ?」
「どうするって……申し訳ありませんが、俺はまだ結婚する気はありません。お断りして下さい」
公爵は肉を切り分けていた手を止めたまま、ロイドをじっと見てくる。どうも居心地が悪い。
「何ですか。言いたいことがあるのなら、はっきりおっしゃって下さい」
「ヘレナ嬢のことが嫌いなのか?」
「嫌いというか……正直に言って、彼女のことは何とも思っていません」
「だったらこの機会に好きになればいい。彼女の婚約者となって――」
「ハウレス卿」
他人行儀な言い方で、ロイドは会話を遮った。
「私はまだ結婚するつもりはありません。するとしても、あなたが選ぶのではなく、自分で相手は選びます。だから余計なお節介は焼かないで下さい」
「これはお前だけの問題じゃない。ハウレス家全体に関わる問題なんだ。そんなこともわからないのか」
うるさいと怒鳴り返したくなる自分を必死に抑えて、ロイドは冷静になれと言い聞かせた。感情を乱した所で、この爺には何の攻撃にもならないし、敗北することと同じだ。
「……わかっています。だからそうしたことも踏まえて、私が自分で選びたいんです」
貴族のしがらみも、一緒に乗り越えてくれる女性。自分の面倒な性格も受け入れて、いつも隣で朗らかに笑ってくれる――
「誰か、相手がいるのか?」
瞬間、ここにはいない少女のことが思い浮かんで、ロイドは顔が熱くなった。
「なっ、違いますよ!」
「私は別に相手の名前を出してはいないが?」
「っ……」
くそっと顔を背ける。
「……リディア・ヴァウルという女性か?」
ひゅっと急に喉元を締め付けられた気がした。
「どうしてその名前を……」
「お前と一緒に生徒会に入部したと聞いた」
「調べたんですか」
「お前の身辺についてはある程度報告させている。貴族の娘や息子を持つ家なら、どこもやっていることだ」
気持ち悪いな、と思った。離れていても、決して逃げきれない。常に監視されている。それは貴族として生きていくなら、慣れなくてはいけないことだった。この家に帰ってくると、嫌でも自覚させられる。
(だから帰りたくなかったんだ……)
「それで、その子と一緒になりたいのか」
「……まだはっきりと思っているわけじゃありません」
いきなりそんなこと言われても困る。ロイドだって今初めて意識したことなのだ。
「では今後その子と付き合うのはやめなさい」
「は?」
なんであんたにそんなこと言われなくちゃならない。
「平民で、しかも一年留年しているそうじゃないか」
「だから相応しくないって言うんですか? 彼女がどうして留年したのか、あなたは知っているんですか?」
「いいや、知らない。そんなこと知ってどうする。どんな事情があれ、結果がすべてだ」
感情のこもらない声に、ロイドの頭はカッとなる。
何も知らないくせに。知ろうともしないくせに。そんなんだから――
「あんたはあの時と何も変わらない。頑固で、ちっともこちらの話に耳を傾けようともしない。そんなんだから母さんも駆け落ちなんて馬鹿な真似する羽目になったんだろ!」
ばんっとテーブルを叩いて立ち上がった。最悪だった。結局感情を制御できなかった自分が情けないし、逃げるように背を向ける自分はとんでもなください。でももう一度席へ戻って食事をする気にもなれなかった。
「――ロイド」
扉を開けて部屋を出る寸前、わずかばかり冷えた頭で、ロイドは足を止めた。振り返ることはできなかったけれど。
「何ですか」
「たしかに時代は変わってきている。男性も女性も、昔ほど身分にこだわらず結婚できるようになってきた。だが、それでも女性にはいまだ貞淑さを求める。いつになっても。お前が彼女に期待するということは、彼女の自由を縛り、未来を狭めるということだ。周りにも、あらぬ誤解を招く。お前ではなく、彼女が傷つくことになるんだ。無責任なことはするな」
こんな時でも冷静で、嫌になるくらいの正論だ。だからこそ、ロイドは祖父にいつまでたっても敵わない。
「……わかっていますよ、お爺さま」
振り返り、ピンと背筋を伸ばした公爵にロイドは力なく笑った。
変わっているというか、ついてない。変な人間に絡まれやすい。で、トラブルに巻き込まれがち。不幸体質。苦労性。それでも諦めない性格で、なんだかんだ放っておけないお人好し。
ロイドから見て、リディアはそんな子だった。
「坊ちゃま。お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
馬鹿でかい門をくぐり、玄関で何人も待ち構えていた使用人たちに頭を下げられ、ロイドは実家であるハウレス家へと帰省していた。
「遅かったじゃないか」
自分の顔をうんと老けさせた顔が、屋敷へ入ると出迎えた。ハウレス家の現当主であり、ロイドの祖父でもあるギルバートであった。
「お前のことだからまたなんだかんだ理由をつけて帰って来ないかと思っていたぞ」
帰らなかったら帰らなかったで迎えを寄こすじゃないか。それが嫌だからわざわざ出向いてやったんだ。……という文句が喉元まで出かかったが、ロイドはぐっと我慢してなんとか微笑した。
「俺も大人になったということです。お爺さま」
「なんだ気持ち悪い。私によく似た顔で微笑むな」
ひくりと頬が引き攣る。
(そりゃこっちの台詞だ!)
「報告は昼食をとりながら聞く。準備が整ったら食堂へこい」
挨拶は済んだとばかりにギルバートは背を向けた。
「……なんなの、あれ」
「坊ちゃまが珍しく素直な物言いをなさったので動揺したのでございましょう」
隣で翻訳してくれた家令の顔をちらりと見て、ロイドはもう一度、深くため息をついたのだった。
一年生の冬休み。学園に通う大半の生徒が自分の故郷へと帰る。ロイドはできることなら寮で年を越したかったのだが、夏季休暇の際にいつまでも帰って来ないロイドに業を煮やしたのか、公爵家から使いの者が何人も送られてきてはロイドを説得をし、寮の先生からも帰ったらどう? と悲しそうな顔で言われ、結局帰省するはめになったことを踏まえれば、自分から大人しく帰った方がまだましだと思い直したのだった。
(それに……)
『きっとお爺さまも本当は会いたがっているはずですよ』
「それで、どうなんだ?」
「えっ?」
ここにはいない少女のことをつい考えていたロイドは、脈絡なく発せられた公爵の言葉に反応が遅れた。当然、ギルバートは眉間に皺を寄せる。
どうでもいいが、細長いテーブルに向かい合って食事をするというのは毎回気まずいものがある。距離があるとはいえ差し向かい。一対一。しかも自分も祖父も、陽気な雰囲気を持つ人間ではなく、重たい空気にせっかくの美味しい食事がまずくなる危うさが常にあった。
「学校での生活は上手くやっているかどうか聞いているんだ」
それくらい察しろ、という無言の嫌味にロイドの眉もぎゅっと寄せられる。
(なんでこの人はいちいちこんな偉そうな言い方するんだ……)
と自分とそっくりな面に気づかず、ロイドは「まぁまぁですよ」と答えた。
「生徒会にも入ったそうだな」
「はい。将来何かしらの役に立つと思いまして」
「将来の伴侶を探すのにもか」
伴侶という言葉に思わず肉を詰まらせそうになる。慌ててグラスの水を飲み、すかさず後ろに控えていた使用人が水を注ぐ。
「……突然何をおっしゃるんですか」
「私はおまえの年齢に相応しい話題を口にしただけだ」
「……だからって唐突すぎるでしょう」
一体何を企んでいるんだと怪訝な顔で祖父を見れば、彼は白々しく空咳をした。
「実はおまえに見合いの話がきている」
「は? 見合い?」
冗談だろと思った。
「俺は両親のせいで社交界からは嫌厭されているんでしょう?」
ロイドの母親は幼い頃から決められていた婚約者がいたにも関わらず、商人であった父と恋に落ち、ギルバートに反対されても駆け落ちするという恋愛に生きた女性であった。そんな二人の息子であるロイドも親の血を引いているに違いないと、年頃の娘を持つ親たちは彼を結婚候補から除外していたのだった。当然と言えば、当然かもしれない。
「それなのに見合いだなんて……まさか借金だらけの家とか、訳ありのご令嬢を厄介払いさせるつもりでこちらに押し付ける魂胆じゃないでしょうね?」
よくない噂はあっても、公爵家。地位と名誉は喉から手が出るほど欲しいと思う欲深い人間は大勢いる。逆に結婚してやるんだからこれくらいの瑕疵は目を瞑れと上から目線の輩がいてもおかしくない。
「馬鹿もん。そんな人間、たとえ土下座されようが、金を積まれようが、こちらから願い下げだ」
「じゃあ、相手は誰なんです?」
じっ、とギルバートは何かを見極めるように目を細めた。
「コンラッド伯爵のご息女だ」
「コンラッド伯爵って……」
「ヘレナ嬢は、お前のご学友なのだろう?」
ヘレナ……ヘレナ・コンラッド。ご学友。
「あっ、あの人か」
リディアにしつこく絡んで、ついでに自分にもいろいろ言ってきて、頬を叩いてきた女性。同じクラス。クラスメイトの名前だと理解して、ロイドはようやくすっきりした。
(いや、なんで……?)
あの時は自分もむしゃくしゃしてつい彼女に酷いことを言ってしまった。その後反省して謝ったものの、ヘレナはいまだ根に持っているのか、よくチラチラとロイドの方を見てきて、たまに目があったりすると、顔を赤くして怒ったように睨みつけてくるのだ。誰がどう見たって嫌われている。そんな相手が自分を結婚候補に選んだなんて……
「彼女の家、何かあったんですか?」
領民が暴徒化したとか、父親が急にギャンブル依存症になったとか、それで追いつめられたヘレナは大嫌いなロイドにも嫁がざるをえなくなり……
「見合いの話を持ちかけてきたのは向こうの方からだ。娘が気に入った相手だから、どうか考えて欲しいと」
「は?」
ヘレナが自分を気に入っている?
「何かの冗談ですか」
「どこの親が冗談で見合いを持ちかけるというんだ」
それはそうだが……やっぱりロイドには釈然としなかった。
「それで? どうするんだ?」
「どうするって……申し訳ありませんが、俺はまだ結婚する気はありません。お断りして下さい」
公爵は肉を切り分けていた手を止めたまま、ロイドをじっと見てくる。どうも居心地が悪い。
「何ですか。言いたいことがあるのなら、はっきりおっしゃって下さい」
「ヘレナ嬢のことが嫌いなのか?」
「嫌いというか……正直に言って、彼女のことは何とも思っていません」
「だったらこの機会に好きになればいい。彼女の婚約者となって――」
「ハウレス卿」
他人行儀な言い方で、ロイドは会話を遮った。
「私はまだ結婚するつもりはありません。するとしても、あなたが選ぶのではなく、自分で相手は選びます。だから余計なお節介は焼かないで下さい」
「これはお前だけの問題じゃない。ハウレス家全体に関わる問題なんだ。そんなこともわからないのか」
うるさいと怒鳴り返したくなる自分を必死に抑えて、ロイドは冷静になれと言い聞かせた。感情を乱した所で、この爺には何の攻撃にもならないし、敗北することと同じだ。
「……わかっています。だからそうしたことも踏まえて、私が自分で選びたいんです」
貴族のしがらみも、一緒に乗り越えてくれる女性。自分の面倒な性格も受け入れて、いつも隣で朗らかに笑ってくれる――
「誰か、相手がいるのか?」
瞬間、ここにはいない少女のことが思い浮かんで、ロイドは顔が熱くなった。
「なっ、違いますよ!」
「私は別に相手の名前を出してはいないが?」
「っ……」
くそっと顔を背ける。
「……リディア・ヴァウルという女性か?」
ひゅっと急に喉元を締め付けられた気がした。
「どうしてその名前を……」
「お前と一緒に生徒会に入部したと聞いた」
「調べたんですか」
「お前の身辺についてはある程度報告させている。貴族の娘や息子を持つ家なら、どこもやっていることだ」
気持ち悪いな、と思った。離れていても、決して逃げきれない。常に監視されている。それは貴族として生きていくなら、慣れなくてはいけないことだった。この家に帰ってくると、嫌でも自覚させられる。
(だから帰りたくなかったんだ……)
「それで、その子と一緒になりたいのか」
「……まだはっきりと思っているわけじゃありません」
いきなりそんなこと言われても困る。ロイドだって今初めて意識したことなのだ。
「では今後その子と付き合うのはやめなさい」
「は?」
なんであんたにそんなこと言われなくちゃならない。
「平民で、しかも一年留年しているそうじゃないか」
「だから相応しくないって言うんですか? 彼女がどうして留年したのか、あなたは知っているんですか?」
「いいや、知らない。そんなこと知ってどうする。どんな事情があれ、結果がすべてだ」
感情のこもらない声に、ロイドの頭はカッとなる。
何も知らないくせに。知ろうともしないくせに。そんなんだから――
「あんたはあの時と何も変わらない。頑固で、ちっともこちらの話に耳を傾けようともしない。そんなんだから母さんも駆け落ちなんて馬鹿な真似する羽目になったんだろ!」
ばんっとテーブルを叩いて立ち上がった。最悪だった。結局感情を制御できなかった自分が情けないし、逃げるように背を向ける自分はとんでもなください。でももう一度席へ戻って食事をする気にもなれなかった。
「――ロイド」
扉を開けて部屋を出る寸前、わずかばかり冷えた頭で、ロイドは足を止めた。振り返ることはできなかったけれど。
「何ですか」
「たしかに時代は変わってきている。男性も女性も、昔ほど身分にこだわらず結婚できるようになってきた。だが、それでも女性にはいまだ貞淑さを求める。いつになっても。お前が彼女に期待するということは、彼女の自由を縛り、未来を狭めるということだ。周りにも、あらぬ誤解を招く。お前ではなく、彼女が傷つくことになるんだ。無責任なことはするな」
こんな時でも冷静で、嫌になるくらいの正論だ。だからこそ、ロイドは祖父にいつまでたっても敵わない。
「……わかっていますよ、お爺さま」
振り返り、ピンと背筋を伸ばした公爵にロイドは力なく笑った。
13
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
もう二度とあなたの妃にはならない
葉菜子
恋愛
8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。
しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。
男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。
ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。
ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。
なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。
あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?
公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。
ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる