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本編(ノーマルエンド)
56、マリアンの語る攻略きゃら
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「――はぁ。疲れた」
生徒会室の扉を閉め、リディアはぐったりと項垂れた。今日は比較的少ない仕事量だったが、いかんせん話の内容が重すぎた。
(生徒会に急に入れだなんて……)
正直お断りしたい。
(でも将来のこと考えるとな……)
――選択肢は多ければ多いほどいいぞ。
そう。選べるほどの自由があるのは有望である証拠だ。
(それに生徒会に入れば、グラシアたちと過ごす時間も少なくなるだろうし……)
けれどバイトの方はどうするか……と考えていると、「リディアさん」と柔らかな声が自分を呼んだ。顔を上げると、つい先ほどまで話題に上がっていたマリアンがこちらを伺うように立っていた。
「マリアン様! お久しぶりです」
「ええ、ほんとうに……」
マリアンはリディアはじっと見つめ、感慨深そうに言った。
(どうしたんだろう?)
「生徒会のお仕事は、もう終わったんですか?」
「はい。後はもう帰るだけです」
「でしたら、少しお時間頂けますか?」
リディアは驚きつつも、断る理由もなく頷いた。マリアンはここではなんですから、と中庭へリディアを案内した。二人掛けのベンチに腰掛け、マリアンはどこか緊張した面持ちで俯き、自分の手を握りしめていた。
(なんか、こっちまで緊張してきたな……)
一体何を話すつもりなのか……
「あの、リディアさん」
「は、はい」
「わたくしに時間を下さって、ありがとうございます」
「いえ、そんな」
畏まったマリアンの態度に、リディアは戸惑ってしまう。
「改めて、謝らせて下さい。今まで散々失礼な態度をとってしまったこと、本当にすみませんでした」
「マ、マリアン様。頭を上げて下さい」
貴族が平民に頭を下げるなど、普通ならばありえないことだ。以前のマリアンの性格を考えればなおさら。リディアは誰かに見られたらあらぬ誤解を与えると、慌てて止めさせた。
マリアンは渋々と顔を上げ、しゅんとした様子でリディアを見つめる。
「けれど、わたくしは本当にあなたにとんでもないことを……」
「もういいですよ。それにマリアン様は、グラシアたちに振り向いて欲しくて必死だったんですよね? 恋は盲目、って言いますし、我を見失っちゃうことなんてよくありますよ」
キャスパーや彼の歴代の恋人たちを思い浮かべながらリディアは苦笑いした。
「やり方はあれだったかもしれませんけど、好きな人には自分を見てもらいたい。そう思うのは、間違っていませんよ」
「リディアさん……」
マリアンは目を潤ませ、ぐっと唇を噛んだ。
「それに、わたしがマリアン様の……こ、こうりゃく?……えっと、とにかく何か大切なものを奪ってしまったんでしょう? だからわたしにも責任が――」
「それは違います!」
ばっ、と勢いよくこちらを見たマリアンに、リディアは目を丸くする。驚かせてしまったことにマリアンはまたしょんぼりと肩を落とし、「リディアさんのせいではありません」と答えた。
「すべてわたくしの勘違いだったんです……」
「でも……」
マリアンがかぶりを振って、それ以上の言葉を拒否した。二人の間にまたしばし沈黙が流れる。
「わたくしは物語の主人公だったんです」
「…………なるほど?」
突然何を、と思ったがリディアは素直に相槌をうった。とりあえず話を聞こう、と思った。
「幼い頃から病気がちで、身体が弱くて、けれどとても美しい侯爵令嬢。まるで冬の日に咲く一輪の花。お父様やお母様、双子の弟たち、姉のような侍女メリーに、執事の爺や、庭師のサムまで……みんなが彼女を愛していた。彼女を嫌う者なんてこの世界には存在しない。マリアン・レライエはそんな少女でしたの」
「そうなんですね……」
彼女が愛されて育ってきたというのは、なんとなくわかる。
「マリアンは病でしばらく床に臥せっていたんですが、お医者様や使用人たちの必死の看病でなんとか克服し、休学していた学園にもまた通うようになりました」
今マリアンが話している内容は、おそらく彼女自身の過去のことだ。けれど彼女の話し方はまるでマリアンではない別の誰かを話している感じであった。
(ひょっとして、これはマリアン様が見た夢の話なのかな……)
以前キャスパーに運命の相手は本当に実在するのか尋ねたことがあった。彼は予知夢として見た中に出てくる相手が将来の伴侶となる可能性もあり得ると答えていた。
とすると、マリアンが病気で臥せっている間に見た夢、それが今彼女が語ろうとしている内容ではないか。物語とは、夢の中でマリアンが歩んだ未来。それが、夢から覚めた彼女に大きな影響を与えた。
(うん。面倒だから、そういうことにしておこう……)
「学園の始まりは二年生から。それまで休んでいたこともあり、マリアン・レライエにはあまり親しい友人がおりませんでした。寂しくて、誰でもいいから仲良くなりたいと……一人孤独を味わうマリアンの前に、彼らが現れるんです」
「もしかして、それがグラシアやシトリーですか?」
その通りだとマリアンが頷く。
「同級生のグレン様と、メルヴィン様。他にも王家の血を引いているセエレ、公爵家の一人息子、ロイド・ハウレス。あとこの国の第二王子であるレナード殿下もですわ。そして隠しキャラとして……」
とそこでマリアンはちらりとリディアを見た。きょとんするリディアに、マリアンは「いいえ、それはやはりやめておきましょう」と話を戻した。
「とにかく彼らこそが乙女ゲームにおける攻略キャラだったんですの」
「はぁ……」
(おとめげぇむ、って何だろう……)
攻略きゃら、は以前聞いたことがある言葉だ。意味は未だよくわかっていないけれど。
(話の流れ的にマリアン様が恋するお相手、ってところかな……)
あるいは運命の相手か。それにしてはずいぶんと多いことだ。美しい人はそれだけお相手が増えるのかもしれない。
(というかレナード殿下も入っていたのか……)
そういえばレナードと会った時、やけに熱のこもった目で見つめていたなと、もはや遠い過去になりつつあった出来事をリディアは思い出した。
(殿下とマリアン様が結婚かぁ……殿下が結婚するってなると、絶対政略結婚ていうか、自分に、いや自分の国に利があるかどうかが基準だよね……)
マリアンは侯爵令嬢であるし、身分的には何の問題もない。
(でもレナード殿下とかぁ……)
正直二人が一緒になる未来は……あまり上手く描けない。
そもそも好きだとか愛しているという台詞を言っているレナードの姿が想像できないのだ。百歩譲って「俺のために生きろ」とかいう物騒な台詞がレナードには合っている。
「彼らはお世辞にも素晴らしい殿方とは言えませんでした。そもそもこのゲームの売りが、悪魔のような攻略キャラをあなたの献身的な愛でメロメロにさせよう、っていうものでしたから、最悪で当然だったんですけど……」
「な、なるほど……?」
後半はよくわからなかったが、前半の「素晴らしい殿方とは言えない」という部分は激しく納得できた。どの人物も一癖も二癖もありすぎる。
「それでその人たちは……マリアン様と出会ってどうなるんですか」
「それまでご自身の性格について悩み、苦しんでいたグレン様はわたくしと出会い、いたずらに人を傷つけることを反省なされて、家族や友人にも優しく接するようになります。彼はマリアンのおかげで変われた、これからはお前を守ると誓って、熱い抱擁を――」
「ちょ、ちょっと待って下さいマリアン様」
うっとりとした表情で語っていたマリアンには悪いが、リディアは我慢しきれず口を挟んだ。
「はい、なにか?」
「……それは本当にグレン・グラシアですか?」
どうみてもリディアが知っているグレン・グラシアではない。彼が自身の性格について悩むなど想像できないし、誰かのために優しく振る舞うなど……正直気持ち悪い。絶対何か企んでいる。彼はいつだって自分が正しく、自分のために生きる人間だから。
(お前を守るって……)
誰だそれは。もはや笑えばいいのか、ゾッとすればいいのか、リディアにはわからなかった。
「リディアさんが驚くのも無理ありませんわ。それだけグレン様は変わったんですもの。わたくしの愛の力で」
愛の力で。あの横暴なグレン・グラシアが。
「…………ちなみに、メルヴィン・シトリーも変わるんですか?」
「もちろんですわ」
よくぞ聞いてくれたとマリアンは目を輝かせた。それはまるで恋人との順調なお付き合いを誰かに話したくてたまらない乙女の顔だった。
「メルヴィン様はたくさんの女性に好意を持たれながら、ご自身は決して本心を見せず、気のない素振りばかり……けれどそんな彼も、マリアンと出会うことで少しずつ変わっていくんです。彼がどんなに酷いことをしても、マリアンは一途に彼だけを想い、どんな彼でも受け止め続ける……やがてそんな彼女にメルヴィンも徐々に心を開き始め、彼女一人だけを愛するようになります。きみだけが好きなんだと涙を流しながら星空の下で抱きしめてくれるんです」
「…………なるほど」
やっぱりそれは誰ですか、と思ったけれどリディアは口には出さず無難な相槌で返した。
「他にも今までずっと兄上至上主義であったセエレがマリアンを好きになることによって初めて自分がやりたいことや自分の気持ちを大切にしていくようになったり……」
(グラシアやシトリーよりは現実味がある話だな……)
セエレがマリアンを好きになった場合であるが。
「一匹狼だったロイド・ハウレスも主人公との出会いで、親から捨てられたという辛い過去を一緒に乗り越え、かけがえのない存在となっていくのです」
かけがえのない存在……マリアンの夢の中ではロイドも甘い言葉を囁き、優しい顔をしたりするのだろうか。
(なんか、あんまり想像できないな……)
ロイドといえばしかめっ面ばかり見てきているのでリディアにはどうしても上手く思い描くことができない。嫌味ったらしい言葉を言ってこそロイドな気がした。
というか、どの人物も恋愛する姿を想像できない。マリアンの夢の話が本当だとすれば、おまえ何があった? という変貌ぶりだ。
(でもまあ、マリアン様はそんな夢を見たからこそ、彼らにあれだけしつこく迫った、ってことかな?)
たしかに今彼女が言ったように変わってくれるのならば、頑張ってみる気にも……リディアは決して思わないが、他の誰かは思うかもしれない。あくまで本当に変わってくれるのならば、だが。
「お話はだいたいわかりました。それでマリアン様は、彼らの中で誰と一番お付き合いしたいと思っているんですか?」
「……え?」
当然だが、全員と付き合えるわけではない。運命の相手は複数いたとしても、結婚できる相手は一人だけだ。そう思って尋ねた質問だが、なぜかマリアンは固まってしまった。
生徒会室の扉を閉め、リディアはぐったりと項垂れた。今日は比較的少ない仕事量だったが、いかんせん話の内容が重すぎた。
(生徒会に急に入れだなんて……)
正直お断りしたい。
(でも将来のこと考えるとな……)
――選択肢は多ければ多いほどいいぞ。
そう。選べるほどの自由があるのは有望である証拠だ。
(それに生徒会に入れば、グラシアたちと過ごす時間も少なくなるだろうし……)
けれどバイトの方はどうするか……と考えていると、「リディアさん」と柔らかな声が自分を呼んだ。顔を上げると、つい先ほどまで話題に上がっていたマリアンがこちらを伺うように立っていた。
「マリアン様! お久しぶりです」
「ええ、ほんとうに……」
マリアンはリディアはじっと見つめ、感慨深そうに言った。
(どうしたんだろう?)
「生徒会のお仕事は、もう終わったんですか?」
「はい。後はもう帰るだけです」
「でしたら、少しお時間頂けますか?」
リディアは驚きつつも、断る理由もなく頷いた。マリアンはここではなんですから、と中庭へリディアを案内した。二人掛けのベンチに腰掛け、マリアンはどこか緊張した面持ちで俯き、自分の手を握りしめていた。
(なんか、こっちまで緊張してきたな……)
一体何を話すつもりなのか……
「あの、リディアさん」
「は、はい」
「わたくしに時間を下さって、ありがとうございます」
「いえ、そんな」
畏まったマリアンの態度に、リディアは戸惑ってしまう。
「改めて、謝らせて下さい。今まで散々失礼な態度をとってしまったこと、本当にすみませんでした」
「マ、マリアン様。頭を上げて下さい」
貴族が平民に頭を下げるなど、普通ならばありえないことだ。以前のマリアンの性格を考えればなおさら。リディアは誰かに見られたらあらぬ誤解を与えると、慌てて止めさせた。
マリアンは渋々と顔を上げ、しゅんとした様子でリディアを見つめる。
「けれど、わたくしは本当にあなたにとんでもないことを……」
「もういいですよ。それにマリアン様は、グラシアたちに振り向いて欲しくて必死だったんですよね? 恋は盲目、って言いますし、我を見失っちゃうことなんてよくありますよ」
キャスパーや彼の歴代の恋人たちを思い浮かべながらリディアは苦笑いした。
「やり方はあれだったかもしれませんけど、好きな人には自分を見てもらいたい。そう思うのは、間違っていませんよ」
「リディアさん……」
マリアンは目を潤ませ、ぐっと唇を噛んだ。
「それに、わたしがマリアン様の……こ、こうりゃく?……えっと、とにかく何か大切なものを奪ってしまったんでしょう? だからわたしにも責任が――」
「それは違います!」
ばっ、と勢いよくこちらを見たマリアンに、リディアは目を丸くする。驚かせてしまったことにマリアンはまたしょんぼりと肩を落とし、「リディアさんのせいではありません」と答えた。
「すべてわたくしの勘違いだったんです……」
「でも……」
マリアンがかぶりを振って、それ以上の言葉を拒否した。二人の間にまたしばし沈黙が流れる。
「わたくしは物語の主人公だったんです」
「…………なるほど?」
突然何を、と思ったがリディアは素直に相槌をうった。とりあえず話を聞こう、と思った。
「幼い頃から病気がちで、身体が弱くて、けれどとても美しい侯爵令嬢。まるで冬の日に咲く一輪の花。お父様やお母様、双子の弟たち、姉のような侍女メリーに、執事の爺や、庭師のサムまで……みんなが彼女を愛していた。彼女を嫌う者なんてこの世界には存在しない。マリアン・レライエはそんな少女でしたの」
「そうなんですね……」
彼女が愛されて育ってきたというのは、なんとなくわかる。
「マリアンは病でしばらく床に臥せっていたんですが、お医者様や使用人たちの必死の看病でなんとか克服し、休学していた学園にもまた通うようになりました」
今マリアンが話している内容は、おそらく彼女自身の過去のことだ。けれど彼女の話し方はまるでマリアンではない別の誰かを話している感じであった。
(ひょっとして、これはマリアン様が見た夢の話なのかな……)
以前キャスパーに運命の相手は本当に実在するのか尋ねたことがあった。彼は予知夢として見た中に出てくる相手が将来の伴侶となる可能性もあり得ると答えていた。
とすると、マリアンが病気で臥せっている間に見た夢、それが今彼女が語ろうとしている内容ではないか。物語とは、夢の中でマリアンが歩んだ未来。それが、夢から覚めた彼女に大きな影響を与えた。
(うん。面倒だから、そういうことにしておこう……)
「学園の始まりは二年生から。それまで休んでいたこともあり、マリアン・レライエにはあまり親しい友人がおりませんでした。寂しくて、誰でもいいから仲良くなりたいと……一人孤独を味わうマリアンの前に、彼らが現れるんです」
「もしかして、それがグラシアやシトリーですか?」
その通りだとマリアンが頷く。
「同級生のグレン様と、メルヴィン様。他にも王家の血を引いているセエレ、公爵家の一人息子、ロイド・ハウレス。あとこの国の第二王子であるレナード殿下もですわ。そして隠しキャラとして……」
とそこでマリアンはちらりとリディアを見た。きょとんするリディアに、マリアンは「いいえ、それはやはりやめておきましょう」と話を戻した。
「とにかく彼らこそが乙女ゲームにおける攻略キャラだったんですの」
「はぁ……」
(おとめげぇむ、って何だろう……)
攻略きゃら、は以前聞いたことがある言葉だ。意味は未だよくわかっていないけれど。
(話の流れ的にマリアン様が恋するお相手、ってところかな……)
あるいは運命の相手か。それにしてはずいぶんと多いことだ。美しい人はそれだけお相手が増えるのかもしれない。
(というかレナード殿下も入っていたのか……)
そういえばレナードと会った時、やけに熱のこもった目で見つめていたなと、もはや遠い過去になりつつあった出来事をリディアは思い出した。
(殿下とマリアン様が結婚かぁ……殿下が結婚するってなると、絶対政略結婚ていうか、自分に、いや自分の国に利があるかどうかが基準だよね……)
マリアンは侯爵令嬢であるし、身分的には何の問題もない。
(でもレナード殿下とかぁ……)
正直二人が一緒になる未来は……あまり上手く描けない。
そもそも好きだとか愛しているという台詞を言っているレナードの姿が想像できないのだ。百歩譲って「俺のために生きろ」とかいう物騒な台詞がレナードには合っている。
「彼らはお世辞にも素晴らしい殿方とは言えませんでした。そもそもこのゲームの売りが、悪魔のような攻略キャラをあなたの献身的な愛でメロメロにさせよう、っていうものでしたから、最悪で当然だったんですけど……」
「な、なるほど……?」
後半はよくわからなかったが、前半の「素晴らしい殿方とは言えない」という部分は激しく納得できた。どの人物も一癖も二癖もありすぎる。
「それでその人たちは……マリアン様と出会ってどうなるんですか」
「それまでご自身の性格について悩み、苦しんでいたグレン様はわたくしと出会い、いたずらに人を傷つけることを反省なされて、家族や友人にも優しく接するようになります。彼はマリアンのおかげで変われた、これからはお前を守ると誓って、熱い抱擁を――」
「ちょ、ちょっと待って下さいマリアン様」
うっとりとした表情で語っていたマリアンには悪いが、リディアは我慢しきれず口を挟んだ。
「はい、なにか?」
「……それは本当にグレン・グラシアですか?」
どうみてもリディアが知っているグレン・グラシアではない。彼が自身の性格について悩むなど想像できないし、誰かのために優しく振る舞うなど……正直気持ち悪い。絶対何か企んでいる。彼はいつだって自分が正しく、自分のために生きる人間だから。
(お前を守るって……)
誰だそれは。もはや笑えばいいのか、ゾッとすればいいのか、リディアにはわからなかった。
「リディアさんが驚くのも無理ありませんわ。それだけグレン様は変わったんですもの。わたくしの愛の力で」
愛の力で。あの横暴なグレン・グラシアが。
「…………ちなみに、メルヴィン・シトリーも変わるんですか?」
「もちろんですわ」
よくぞ聞いてくれたとマリアンは目を輝かせた。それはまるで恋人との順調なお付き合いを誰かに話したくてたまらない乙女の顔だった。
「メルヴィン様はたくさんの女性に好意を持たれながら、ご自身は決して本心を見せず、気のない素振りばかり……けれどそんな彼も、マリアンと出会うことで少しずつ変わっていくんです。彼がどんなに酷いことをしても、マリアンは一途に彼だけを想い、どんな彼でも受け止め続ける……やがてそんな彼女にメルヴィンも徐々に心を開き始め、彼女一人だけを愛するようになります。きみだけが好きなんだと涙を流しながら星空の下で抱きしめてくれるんです」
「…………なるほど」
やっぱりそれは誰ですか、と思ったけれどリディアは口には出さず無難な相槌で返した。
「他にも今までずっと兄上至上主義であったセエレがマリアンを好きになることによって初めて自分がやりたいことや自分の気持ちを大切にしていくようになったり……」
(グラシアやシトリーよりは現実味がある話だな……)
セエレがマリアンを好きになった場合であるが。
「一匹狼だったロイド・ハウレスも主人公との出会いで、親から捨てられたという辛い過去を一緒に乗り越え、かけがえのない存在となっていくのです」
かけがえのない存在……マリアンの夢の中ではロイドも甘い言葉を囁き、優しい顔をしたりするのだろうか。
(なんか、あんまり想像できないな……)
ロイドといえばしかめっ面ばかり見てきているのでリディアにはどうしても上手く思い描くことができない。嫌味ったらしい言葉を言ってこそロイドな気がした。
というか、どの人物も恋愛する姿を想像できない。マリアンの夢の話が本当だとすれば、おまえ何があった? という変貌ぶりだ。
(でもまあ、マリアン様はそんな夢を見たからこそ、彼らにあれだけしつこく迫った、ってことかな?)
たしかに今彼女が言ったように変わってくれるのならば、頑張ってみる気にも……リディアは決して思わないが、他の誰かは思うかもしれない。あくまで本当に変わってくれるのならば、だが。
「お話はだいたいわかりました。それでマリアン様は、彼らの中で誰と一番お付き合いしたいと思っているんですか?」
「……え?」
当然だが、全員と付き合えるわけではない。運命の相手は複数いたとしても、結婚できる相手は一人だけだ。そう思って尋ねた質問だが、なぜかマリアンは固まってしまった。
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