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本編(ノーマルエンド)

43、ロイドとマリアン

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「マリアン様」

 マリアンは何も言わず、ただ黙ってリディアを見つめている。浮かべている表情はまるでこれから戦いにでも赴くように凛々しく、怒っているようにも見えた。いや、たぶん怒っている。

「二年生の先輩が一年生の階に何か御用ですか」

 話しかけたのは意外にもロイドの方だった。マリアンの空色の目が、ロイドへと向けられる。

「ロイド・ハウレス……」

 ロイドが怪訝そうにマリアンを見やった。

「よくご存知ですね。俺と先輩、初対面ですよね?」

 正確にはレナードに廊下で公開処刑された時にロイドもマリアンを見ていたはずだが、あの時彼女の視線はレナードやグレン、メルヴィンに向けられていた。だからこうして面と向かって話すのは今が初めてということになる。

「ロイド・ハウレスまで味方につけるなんて……」
「あの、もしもし? 俺の話、聞こえてますか?」

 マリアンの手で軽く手を振って確かめるロイド。悔しげに顔を歪めていたマリアンがはっと我に返る。そしてロイドににっこりと微笑んだ。

「もちろんですわ。ハウレス公爵家の次期当主として、この学園にご入学なさった期待の新入生。入学試験も非常によく、一年生の間では上位に入るほどの優秀さであったとか」

(へぇ、すごい。やっぱり頭よかったんだ……)

 淀みなく、まるで本を読むように話すマリアンにロイドが眉をひそめた。

「そんなこと、よく知ってますね」
「ええ。わたくし、ずっとロイドさんとお話したいと思っていましたもの」

 マリアンはぐっとロイドに詰め寄ると、澄んだ空色の瞳で彼を見上げ、恋い慕うように言った。

「よかったらこれから、少しお話しませんか?」
「せっかくですが、次の授業の予習をしたいのでまた今度」

 ひょいとロイドはマリアンを避けるように端にどいた。たたらを踏むマリアンを気にせず、そのまま教室へ戻ろうとする。

(うわぁ……)

 あからさまに露骨な態度で、リディアは内心ひいていた。どんなに可憐な少女であろうと、ロイドの態度は氷のように冷たい。というか仮にも貴族の男性として、女性に対するその対応はいかがなものか。

「お、お待ちになって」

 慌ててマリアンが引きとめると、渋々といった感じでロイドが振り返った。

「何ですか」
「だからあなたのことが以前から気になっていたと……」
「先輩って気になる人たくさんいるんですね」
「えっ」

 グレン・グラシア、メルヴィン・シトリー、レナード・ヴィネア、セエレ、そしてロイド・ハウレス。……たしかに多い。しかもみな異性ばかり。

「先輩、今この学園で時の人になってるんですから、あんまり軽率な行動はとらない方がいいんじゃないですか?」

 突き放すような言い方だが、言っている内容はごくまともである。マリアンの行動しだいでは、噂は収まらず、さらに長引くことになるだろう。だがロイドの助言は、マリアンにとってお気に召すものではなかったようだ。

「ロイドさんまであんなでたらめな噂を信じるんですか?」

 酷いです、と責めるように目を潤ませるマリアン。女の子に涙目で言われたら、普通の男の子なら罪悪感でいっぱいになるだろう。普通なら。

「信じるも何も、真実でしょ。俺、あなたが他の男に言い寄るところとか、いっぱい取り巻き引き連れている姿、この目で何度も見ましたし」
「っ……でもっ。それならそこの彼女だって同じです!」
「えっ」

 今までずっと存在を無視されていたリディアをいきなりマリアンは指差した。

「リディアさんだってグレン様やメルヴィン様を毎日連れ回していますわ!」
「いやいや、それは違いますよ!」

 事実とは異なるマリアンの指摘にさすがのリディアも我慢できなかった。

「わたしは連れ回してなんかいませんよ! 向こうが勝手に連れ回しているんです! こっちはいい迷惑ですよっ!!」

 毎回言っている気がするが毎回わかってもらえない。いい加減にしてくれとリディアは心底思った。

「あら。でも殿方と一緒にいるのは事実ですわ」
「まあ、それはたしかに」
「ちょ、ロイドまで!」

 そこは否定してくれよ! とリディアは泣きそうになりながら言った。

「いや、でも事実だし」

 ロイドの無慈悲な言い分に、マリアンが勝ち誇ったような目つきでリディアを見た。

「そうでしょう。それなのに殿下に泣きついて新聞部に撤回の記事まで書かせて、グレン様やメルヴィン様にも、おまけにセエレまで味方につけてわたくしのことを……恥ずかしくないの?」

「だからそれはですね……」

 周囲が勝手にやったことで、決してリディア自身にマリアンを傷つける気持ちは微塵もなかった。だがそう言ったところでマリアンは納得してくれないだろう。

(なんかもういろいろ面倒だな……)

 リディアはキャスパーのおかげで謝り続けることに慣れていた。こちらが屈辱を味わいながら謝罪の言葉を口にすれば、彼女たちは満足そうな顔で許してくれた。

(謝ればマリアン様も少しは気分が晴れるかな……)

 それならそれでいいや、とリディアはマリアンの主張を受け入れようと決めた。

「そうですね。マリアン様の言う通り――」
「それは違うと思いますけど」

 だが異議を唱えたのはロイドだった。

「新聞部が書いた記事は実際違ったんでしょう? それを間違いだって発表するのは当然ですし、仮にこの人がどうにかしてくれって殿下に頼んだって何らおかしくはないと思います」
「で、でも!」
「俺はたまたまこの人と同じ教室で、偶然隣の席だから知ってますけど、グレン・グラシアもメルヴィン・シトリーも自分からぐいぐいこの人に迫っていますよ? てか遊ばれてるっぽいし。あのセエレとかいう人にも」
「ロイド……」

 リディアは感動していた。言い方はともかく、彼がこんなふうに言ってくれるなんて……。

 客観的にみれば単に事実を言っているに過ぎないのだが、それでも結果的にマリアンの誤解を解こうとしてくれているのだから要は捉え方だ。

「それに、先輩が何かとこの人に突っかかるから、他の人たちも庇おうとするんじゃないんですか?」

 なっ、とマリアンは目を見開いた。

「何ですの、その言い方。それじゃあ、まるでわたくしがリディアさんをいじめているみたいですわ!」
「事実でしょ」

 ロイドはばっさりと切り捨てた。マリアンが絶句する。

「貴族のお嬢様がたかが平民一人の、平凡な女子生徒を相手に酷いとか、恥を知りなさいって喚き散らして……正直見苦しいし、品位を疑われる振る舞いだと思います」
「な、何ですって……!?」
「貴族のお嬢様なんでしょ? いろんな男性にガツガツ迫ったりしないで、もっと余裕持ったらどうなんですか」
「……別に誰でもいいわけじゃないわ」

 マリアンは悔しそうにスカートの裾を握りしめた。

「誰でもいいんでしょ。そういう態度とってるんですよ。今のあんたは」
「うるさい! わたくしの勝手ですわ!」

 大声でそう言うと、マリアンはくるりと背を向けて行ってしまった。覚えておきなさいよ! という捨て台詞を残して。リディアの伸ばした手が虚しく宙を彷徨った。

(またこうなっちゃった……)

 マリアンと会うといつもこうである。

(しかも毎回マリアン様のこと傷つける形になって……)

 これでは本当にマリアンをいじめているみたいで、リディアは非常に後味が悪かった。

「なにあれ」
「……」

 呆れた表情をするロイドをリディアは無言で見上げた。

「なにその何か言いたげな目は」
「いいえ何も」

 はあ、とため息をついてリディアは先を歩いた。

「ちょっと。言いたいことがあるならはっきり言いなよ」
「だから何でもありませんよ」

 別にロイドは悪い人ではない。ただ思ったことを素直に、正直に言う人なのだ。さっきだってマリアンの誤解を解こうとしてくれた。よけいに悪化させる結果となったが。

(マリアン様。次もまた来るのかな……)

 今度会う時はどうか自分一人の時に来てほしい。リディアはついにそう思ってしまった。

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