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本編(ノーマルエンド)
31、そして今度は男子生徒に絡まれました。
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保健室で休み、だいぶ回復したリディアは午後からの授業には出ることにした。教室に戻って来たリディアをロイドは嫌味混じりに心配したが、リディアはスッキリした顔で大丈夫だと言った。
(まあ、これくらい嫌なことは今までにも散々あったし、それでもわたしは無事生きているし、今回もなんとかなるでしょ!)
あと数時間の我慢だ。放課後になれば一目散に家へと帰ればいい。リディアは前向きに考えることにした。
「午前中、何をしていたんだろう?」
「もしかして、さっそく他の男と?」
だが周囲の状況は変わらぬままだった。むしろ保健室で休んでいた時間を男と過ごしていた、などととんでもない話になって広まっていた。おかげですべての授業が終わった時には、回復した疲労はすっかり逆戻りしていた。
(早く帰りたい……)
ぐったりとしていると、ねぇ、とロイドが声をかけてきた。
「今日はもうホームルーム休みなよ」
「え」
なぜ。やっとここまで気合と根性で頑張ったのに。そんなリディアの困惑がありありと顔に出ていたのか、ロイドが呆れたように言った。
「グレン・グラシアと鉢合わせしてもいいの?」
「はっ。そうでした……!」
やつのことをすっかり忘れていた。
「あの人、今日の昼休みもリディアのこと見に来てたらしいから。放課後まで付き合いたくないでしょ」
こくこくとリディアは何度も首を縦に振った。
「だったら今日はもう帰りなよ。先生には俺が話しとくから」
「うう……ロイド。この御恩は一生忘れません!」
「はいはい。いつか倍にして返してね」
いいから早く帰れとロイドは涙ぐむリディアの背中を押したのだった。
(ロイドの恩に報いるためにも、今日は真っ直ぐ帰ろう)
そしてぐっすり寝れば、また明日も頑張れるだろう。そう思っていたのに……
「――リディア・ヴァウルだな」
どうしてこうなるのだろうか。
見たこともない上級生二人に捕まり、リディアは通せんぼをさせられていた。ほとほと自分はついていない。がっくりと地面に膝をつきたくなる自分を抑え、とりあえず現実と向き合うことにした。
「あの、先輩方。どうかそこをどいてもらえないでしょうか」
「それはできない」
「ああ。リディア・ヴァウル。きみの罪を明らかにするまではな」
罪。罪とは何だ。状況が今一つ飲み込めていないリディアを二人の男子生徒は苛立たし気な様子で言い返した。
「僕たちの顔に見覚えは?」
「いえ……初対面ですよね?」
しばし言葉を失う二人。なんとなく気まずいリディア。
「……まったく。ここまで言って心当たりもないとは」
「本当に度し難い」
まるでできの悪い教え子を見るような目で彼らはリディアに言った。
「はぁ……それは申しわけないのですが……」
(だって本当に知らないんだもん……)
じっと先輩方の顔を見るが、なかなか整った顔立ちをしているなあ……ということくらいだ。他には何も思いつかない。
「きみにはたっぷりと時間をかけて教え直さなくてはいけないみたいだな」
「そうだな。それがいい」
ついてきたまえ、と当たり前のように自分の腕を掴んだ先輩たちの手をリディアは容赦なく振り払った。
「いや。申し訳ないんですが、それ、後日でもよろしいでしょうか」
今は帰りたい。午前中の授業までさぼったんだ。おまけにホームルームまで。それはこんな所で時間を消費するためじゃない。もう本当に疲れているのだ。帰りたい。とにかく横になりたい。一人になりたい。静寂に包まれたい。
だから帰る。
「後日必ずその罪とやらについてお詫び申し上げますので」
それは嘘偽りない本音であった。約束を破るつもりなんてこれっぽっちもなかった。だからどうか――
「ふざけるな! そんなことが許されるわけないだろ!」
(ですよねー……)
わかっていた。怒っている相手に、今忙しいからまた今度怒って! などの言葉は通じない。
(こうなったらもう走って逃げよう)
相手は貴族の坊ちゃん。そして日頃からグレンたちに逃げ回っている自分としては、こんな相手逃げ切れる自信があった。
(よし!)
走りの姿勢をいざリディアがとろうとしたとき――
「お、リディアじゃーん」
どんなに逃げても必ず最後には追いついてくるグレン・グラシアの声が聞こえた。なんというタイミングの悪さ。グレンの登場にリディアは改めて己の不運を呪った。
「ちょうど今からお前の教室に行くところだったんだよ。ナイスタイミングだよ。ほんと」
(ああ……せっかくロイドが稼いでくれた時間が……)
リディアの肩に馴れ馴れしく寄りかかり、グレンはペラペラと話し始めた。その様子に残された上級生二人はポカーンとしている。だがすぐにはっとした様子でグレンに噛みついた。
「きみ! 僕たちが先に話しているだろう!」
「そうだ! 無礼だぞ!」
「あ? きゃんきゃんうるせえなあ……てか、誰、こいつら」
なんという言い草だろうか。同じ貴族の学園に通う生徒とは思えない。
「なっ、僕たちのことを知らないだと!?」
「ああ、知らない。他人の顔なんていちいち覚えてられるか」
面倒くさそうにグレンが言うと、目の前の彼らは怒りで顔を真っ赤にさせた。横で見ていたリディアはなんだか可哀想になってくる。
「いくらこの人たちのことを欠片も見覚えがないからといって、そんな言い方はあんまりですよ。せめて思い出す振りくらいしないと」
「お前の言い草もなかなか酷いからな」
んー……とグレンが怒りで声も出ない二人の顔を見る。
「あ、もしかしてお前ら、あのマリアンに引っ付いていた取り巻き?」
そういえば、とリディアも二人の顔をまじまじと見つめる。
(どことなく漂う高貴さと、いまいち記憶に残らない顔立ち。そっか。いつもマリアン様についていた人たちだ!)
なるほど、とリディアはすっきりした。
「言い方に気をつけろ!」
「そうだ。僕たちはマリアン様の騎士だ!」
恥じらいもなく言い切った彼らにリディアは心の中で称賛した。グレンもうわぁ、という顔をしている。彼に引かれるのは地味にやばいと思う。
「んで、あの女の取り巻きであるお前たちは、女王様に命じられてこいつをどこか人気のない所に連れて行って、無理矢理襲うつもりだったのか?」
グレンの言葉にリディアはぎょっとする。反射的に男子生徒たちを見ると、彼らは慌てた様子で首を振った。
「そんなことするもんか! ……ただちょっと、今までのことを詫びてもらおうと」
「そ、そうだ。ほんの少し、泣いてもらうだけで……」
「そうか。そうか。ほんの少し、泣いてもらう。こいつに」
次の瞬間、グレンが男子生徒の頭を掴み、思いきり頭突きをかました。ゴン、という鈍い音が鳴り、その場に彼は崩れ落ちた。
「っ~~~~」
声も出ない様子で額を押さえており、指の隙間からは赤い色が見えた。
「ひいっ。血が出てる!」
「な、なにやってるんですか!?」
リディアはぎょっとしてグレンの腕を掴んだ。彼の額からもたらーっと血が流れており、おまけに目はギラギラと輝いて、ひゅっとリディアは息を呑んだ。まるで地獄の番犬のような迫力だ。怖い。殺す気満々だ。
「なにって、こいつらがお前にしようとしたことを俺が代わりに今ここで教えてやろうと思っただけだよ」
「ず、頭突きをするつもりはなかった!」
「そうか。じゃあ、何をするつもりだったんだ?」
言ってみろよ、とリディアの手を振り払って近づくグレンに、ひいっと彼らは尻餅をついたまま後退った。グレンはその一人の髪の毛を鷲掴み、容赦なく引っ張り上げた。
「力の弱い人間がさらに弱いやついじめて、楽しむつもりだったんだろう? 俺にもそれを味わせてくれよ?」
「ひいい。やめてくれえええ」
完全に腰を抜かしたようで、逃げることもままならない二人を確実にグレンは追いつめてく。
「そこ! 何をしている!!」
はっ、とリディアが振り返れば、厳つい男性教師が校舎の方から駆け寄ってくる。
「やばっ……」
リディアは教師の声など耳に入っていないグレンの腕を掴むと、走り出した。
「こらっ! 待ちなさい!」
(ごめんなさいっ、明日たくさん叱られますからっ!)
どうか今は見逃してくれと、怒号を背に、リディアたちは逃げ出したのだった。
(まあ、これくらい嫌なことは今までにも散々あったし、それでもわたしは無事生きているし、今回もなんとかなるでしょ!)
あと数時間の我慢だ。放課後になれば一目散に家へと帰ればいい。リディアは前向きに考えることにした。
「午前中、何をしていたんだろう?」
「もしかして、さっそく他の男と?」
だが周囲の状況は変わらぬままだった。むしろ保健室で休んでいた時間を男と過ごしていた、などととんでもない話になって広まっていた。おかげですべての授業が終わった時には、回復した疲労はすっかり逆戻りしていた。
(早く帰りたい……)
ぐったりとしていると、ねぇ、とロイドが声をかけてきた。
「今日はもうホームルーム休みなよ」
「え」
なぜ。やっとここまで気合と根性で頑張ったのに。そんなリディアの困惑がありありと顔に出ていたのか、ロイドが呆れたように言った。
「グレン・グラシアと鉢合わせしてもいいの?」
「はっ。そうでした……!」
やつのことをすっかり忘れていた。
「あの人、今日の昼休みもリディアのこと見に来てたらしいから。放課後まで付き合いたくないでしょ」
こくこくとリディアは何度も首を縦に振った。
「だったら今日はもう帰りなよ。先生には俺が話しとくから」
「うう……ロイド。この御恩は一生忘れません!」
「はいはい。いつか倍にして返してね」
いいから早く帰れとロイドは涙ぐむリディアの背中を押したのだった。
(ロイドの恩に報いるためにも、今日は真っ直ぐ帰ろう)
そしてぐっすり寝れば、また明日も頑張れるだろう。そう思っていたのに……
「――リディア・ヴァウルだな」
どうしてこうなるのだろうか。
見たこともない上級生二人に捕まり、リディアは通せんぼをさせられていた。ほとほと自分はついていない。がっくりと地面に膝をつきたくなる自分を抑え、とりあえず現実と向き合うことにした。
「あの、先輩方。どうかそこをどいてもらえないでしょうか」
「それはできない」
「ああ。リディア・ヴァウル。きみの罪を明らかにするまではな」
罪。罪とは何だ。状況が今一つ飲み込めていないリディアを二人の男子生徒は苛立たし気な様子で言い返した。
「僕たちの顔に見覚えは?」
「いえ……初対面ですよね?」
しばし言葉を失う二人。なんとなく気まずいリディア。
「……まったく。ここまで言って心当たりもないとは」
「本当に度し難い」
まるでできの悪い教え子を見るような目で彼らはリディアに言った。
「はぁ……それは申しわけないのですが……」
(だって本当に知らないんだもん……)
じっと先輩方の顔を見るが、なかなか整った顔立ちをしているなあ……ということくらいだ。他には何も思いつかない。
「きみにはたっぷりと時間をかけて教え直さなくてはいけないみたいだな」
「そうだな。それがいい」
ついてきたまえ、と当たり前のように自分の腕を掴んだ先輩たちの手をリディアは容赦なく振り払った。
「いや。申し訳ないんですが、それ、後日でもよろしいでしょうか」
今は帰りたい。午前中の授業までさぼったんだ。おまけにホームルームまで。それはこんな所で時間を消費するためじゃない。もう本当に疲れているのだ。帰りたい。とにかく横になりたい。一人になりたい。静寂に包まれたい。
だから帰る。
「後日必ずその罪とやらについてお詫び申し上げますので」
それは嘘偽りない本音であった。約束を破るつもりなんてこれっぽっちもなかった。だからどうか――
「ふざけるな! そんなことが許されるわけないだろ!」
(ですよねー……)
わかっていた。怒っている相手に、今忙しいからまた今度怒って! などの言葉は通じない。
(こうなったらもう走って逃げよう)
相手は貴族の坊ちゃん。そして日頃からグレンたちに逃げ回っている自分としては、こんな相手逃げ切れる自信があった。
(よし!)
走りの姿勢をいざリディアがとろうとしたとき――
「お、リディアじゃーん」
どんなに逃げても必ず最後には追いついてくるグレン・グラシアの声が聞こえた。なんというタイミングの悪さ。グレンの登場にリディアは改めて己の不運を呪った。
「ちょうど今からお前の教室に行くところだったんだよ。ナイスタイミングだよ。ほんと」
(ああ……せっかくロイドが稼いでくれた時間が……)
リディアの肩に馴れ馴れしく寄りかかり、グレンはペラペラと話し始めた。その様子に残された上級生二人はポカーンとしている。だがすぐにはっとした様子でグレンに噛みついた。
「きみ! 僕たちが先に話しているだろう!」
「そうだ! 無礼だぞ!」
「あ? きゃんきゃんうるせえなあ……てか、誰、こいつら」
なんという言い草だろうか。同じ貴族の学園に通う生徒とは思えない。
「なっ、僕たちのことを知らないだと!?」
「ああ、知らない。他人の顔なんていちいち覚えてられるか」
面倒くさそうにグレンが言うと、目の前の彼らは怒りで顔を真っ赤にさせた。横で見ていたリディアはなんだか可哀想になってくる。
「いくらこの人たちのことを欠片も見覚えがないからといって、そんな言い方はあんまりですよ。せめて思い出す振りくらいしないと」
「お前の言い草もなかなか酷いからな」
んー……とグレンが怒りで声も出ない二人の顔を見る。
「あ、もしかしてお前ら、あのマリアンに引っ付いていた取り巻き?」
そういえば、とリディアも二人の顔をまじまじと見つめる。
(どことなく漂う高貴さと、いまいち記憶に残らない顔立ち。そっか。いつもマリアン様についていた人たちだ!)
なるほど、とリディアはすっきりした。
「言い方に気をつけろ!」
「そうだ。僕たちはマリアン様の騎士だ!」
恥じらいもなく言い切った彼らにリディアは心の中で称賛した。グレンもうわぁ、という顔をしている。彼に引かれるのは地味にやばいと思う。
「んで、あの女の取り巻きであるお前たちは、女王様に命じられてこいつをどこか人気のない所に連れて行って、無理矢理襲うつもりだったのか?」
グレンの言葉にリディアはぎょっとする。反射的に男子生徒たちを見ると、彼らは慌てた様子で首を振った。
「そんなことするもんか! ……ただちょっと、今までのことを詫びてもらおうと」
「そ、そうだ。ほんの少し、泣いてもらうだけで……」
「そうか。そうか。ほんの少し、泣いてもらう。こいつに」
次の瞬間、グレンが男子生徒の頭を掴み、思いきり頭突きをかました。ゴン、という鈍い音が鳴り、その場に彼は崩れ落ちた。
「っ~~~~」
声も出ない様子で額を押さえており、指の隙間からは赤い色が見えた。
「ひいっ。血が出てる!」
「な、なにやってるんですか!?」
リディアはぎょっとしてグレンの腕を掴んだ。彼の額からもたらーっと血が流れており、おまけに目はギラギラと輝いて、ひゅっとリディアは息を呑んだ。まるで地獄の番犬のような迫力だ。怖い。殺す気満々だ。
「なにって、こいつらがお前にしようとしたことを俺が代わりに今ここで教えてやろうと思っただけだよ」
「ず、頭突きをするつもりはなかった!」
「そうか。じゃあ、何をするつもりだったんだ?」
言ってみろよ、とリディアの手を振り払って近づくグレンに、ひいっと彼らは尻餅をついたまま後退った。グレンはその一人の髪の毛を鷲掴み、容赦なく引っ張り上げた。
「力の弱い人間がさらに弱いやついじめて、楽しむつもりだったんだろう? 俺にもそれを味わせてくれよ?」
「ひいい。やめてくれえええ」
完全に腰を抜かしたようで、逃げることもままならない二人を確実にグレンは追いつめてく。
「そこ! 何をしている!!」
はっ、とリディアが振り返れば、厳つい男性教師が校舎の方から駆け寄ってくる。
「やばっ……」
リディアは教師の声など耳に入っていないグレンの腕を掴むと、走り出した。
「こらっ! 待ちなさい!」
(ごめんなさいっ、明日たくさん叱られますからっ!)
どうか今は見逃してくれと、怒号を背に、リディアたちは逃げ出したのだった。
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