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本編(ノーマルエンド)

20、友人の正体

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 みなの視線が一斉にセエレへと集まった。彼は表情の読めない顔で静かに頷いた。

「そうだね。たしかにキミはオレにそう言った」

 セエレの同意が得られたことで、マリアンの顔が幾分明るくなった。セエレもそんな彼女ににっこりと微笑みかける。

「うん。キミはたしかに言った。いつも困って仕方がないと。ほんの少し優しくしただけなのに彼らときたらすぐに勘違いして、わたくしに迫ってくるんですもの。本当に、すごく、すごーく困っている。どうかあなたの口添えで殿下に助けを請うてくれないか……って、キミは生徒会の一員であるオレに頼み込んだ」

「なっ……」

 セエレの言い方に、マリアンの目が見開く。リディアもまたセエレの言葉に驚いていた。

(セエレ。生徒会のメンバーだったんだ……)

 そんなこと自分には一言も言ってくれなかったのに……。リディアはまたしても裏切られた気分だった。

「ほほーう。つまり今ここにレナードがいるのは、そこの女が頼み込んだから、だと?」
「なるほど。そしてマリアン嬢の取り巻きのみなさんはこれから殿下の成敗を受けると?」

 そんなマリアン様! と取り巻きの彼らが一斉に悲鳴をあげる。マリアンのためだと思ってしてきたことが全て無駄で、それどころか煩わしいとマリアン本人には思われていたのだ。彼らのショックはいかほどか。きっとリディアと同じくらい傷ついたに違いない。

「セ、セエレ! わたくしはそんなこと……!」

 恨めしげにセエレを睨むマリアンにも、彼は涼しい顔をしていた。その態度にリディアも内心戸惑う。彼の態度はまるでマリアンを陥れようとしているようだったからだ。彼はマリアンに好意を持っていたのではないか?

「ごちゃごちゃ言ってるけど、じゃあなんだ? 俺たちにしつこく迫ったのも、わざとだったって言うのか?」

 マリアンは苦しそうに答えを絞り出した。

「……貴方たち二人を誘えば、いくら頼もしい彼らでも怖がって引いてくれると思ったんです」
「なるほど。だからあんな積極的に誘ったというわけだね」

 ニコニコと笑うメルヴィンの言い方は、どこかわざとらしかった。彼女の言葉が本音ではなく、その場しのぎの言い訳だと思っている証拠だ。マリアンの味方であった彼らも今や失望と困惑が混じった表情で彼女を見ていた。

「と、とにかく、殿下。わたくしは、わたくしなりに慎ましい生活を送っているつもりですわ」
「わかった。もういい」

 レナードが一同を見渡し、この騒ぎの終息に取り掛かった。

「マリアン・レライエ。貴女がやっと学園生活に戻ることができ、失われていた時間を取り戻そうと躍起になるのはわかる。だがここにいる全員、それ相応の身分であることを忘れないように。貴女にその気がなくとも、男は勘違いし、その男に苦しまされる女性もいるということをな」

 レナードはマリアンの取り巻きたちにも冷たい一瞥をくれた。

「きみたちもだ。可憐な女性に目が移るのはわかるが、自分の婚約者を悲しませるのは愚かな振る舞いだ」

 自分だけではなく、家同士にも亀裂が生じるというレナードの叱責に、気まずげに目を逸らす男子生徒たち。そんな中でマリアンだけが弁解しようとレナードに手を伸ばす。

「殿下。わたくしは――」
「話は以上だ。貴女ももう戻りなさい」
「……はい」

 まだ何か言いたげな表情だったが、これ以上は相手にされないと判断したのだろう。泣きそうになりながらも唇を噛みしめ、一人立ち去っていく。

「あ……」

 リディアは一瞬声をかけようかどうか迷った。

 ――あなたのような女性、友人だと思ったことは一度もありませんわ。

 けれどマリアンに言われた言葉が、結局リディアを留まらせた。

(そもそも呼び止めてなんて声をかければいいんだろう)

「……ねえ、大丈夫?」

 暗い顔で俯くリディアに、今まで傍観していたロイドが声をかけてきた。いつもは冷たい彼がこうしてわざわざ声をかけてくるとは……よっぽど自分は酷い顔をしているのだろうか。そう思うとリディアは何だかおかしかった。

「はは……大丈夫ですよ。こんなの、今までだって何度も……」

 あった。気にすることじゃない。そう答えようとしたが、自分の手を振り払ったマリアンを思い出し、声を詰まらせた。

(大丈夫じゃないよ……こんなの……)

「ちょっと。本当に大丈夫なの?」

 急に黙り込んだリディアにロイドが手を伸ばそうとしてくる。だがその手が届く前に、能天気な声が二人を遮った。

「んじゃあ、俺たちも昼飯食いに行こうぜ」

 ズシリと頭に重しがのっかる。こんな嫌がらせをするのは一人しかいない。

「そうだね。このところずっと別々だったから久しぶりに三人で食べよう」

 グレンの提案にメルヴィンも微笑みかけた。リディアは助けを求めるようにロイドへ視線を向けた。先ほど大丈夫かと声をかけてくれた彼ならば――

「あ、じゃあ俺はここで」

 だがやっぱりというか、期待を裏切らないというか、ロイドは失礼します、とわざわざ先輩であるグレンたちに礼をして何の未練もなく立ち去っていった。

(う、裏切り者~……!)

 面倒な事には関わりたくない。ロイドの背中にはありありとそう書かれていた。予想していたとはいえ、リディアはロイドが恨めしかった。少しは仲良くなれたと思っても、彼のスタンスはどこまでも変わらなかった。

「ほら、行くぞ」

 このままグレンたちに連行されてしまうのか。一度自由を味わったリディアは、猛烈に行きたくないと心の中で叫んだ。

「待て。彼女にはまだ話がある」

 だが救世主が現れた。レナードだ。この際誰でもいい。この悪魔から逃がしてくれるなら。

「話ならここで済ませればいいだろ」
「ここではできないから他に場所を移すんだ」

 それと、とレナードはセエレにも目を向けた。

「そこの彼にも話があるから、一緒に来てほしい」

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