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本編(ノーマルエンド)

36、裏側

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「――考え事か」

 はっとリディアは顔を上げた。

「す、すみません」

 止まっていた手を慌てて動かす。今日はレナードに呼び出され、生徒会の雑務を手伝う予定であった。だがマリアンのことが気になり、つい作業が疎かになっていた。

「お前の問題については新聞部に撤回を求めて解決したはずだが、まだ何か気になることでもあるのか?」
「へ」

 今なんて。

「あの、今新聞部に撤回を求めたって……」

「ああ。お前が困っていると聞いてな。私の方から新聞部に圧力をかけ……いや、話を聞いたところ、マリアン・レライエに買収されて書いたことを認めた。だからお詫びと訂正の記事を書くよう言ったんだ」

(今、圧力をかけたって言いかけたよね?)

 いや、それよりも。

「買収って、マリアン様がですが?」
「そうだ。お前の過去をでっち上げ、晒し者にしたかったんだろう」

 嘘だ、という気持ちとやっぱり、と納得する気持ちがあった。

「……」

 リディアは別れ際に自分を見たマリアンの顔を思い出す。彼女はリディアを睨んでいた。許さないと訴えていた。

(マリアン様……)

 セエレやロイドがみなマリアンのせいだと言っても、リディアはまだどこか信じる気にはなれなかった。だけど、今の話を聞き、どうやら本気で彼女は自分を嫌っていると認めざるをえないようだ。

(きついなあ……)

「……彼女が今学園内で話題に上っているのも、殿下の仕業ですか」
「私は新聞部に記事の訂正を求めただけだ。今マリアン・レライエの名前が有名になっているのは、セエレの仕業だろう」

 ――オレもこの噂が早く収まるよう何とかやってみるね。

(セエレが……!)

 何とかやってみる、というのはマリアンの噂を代わりに流すことだったのだろうか。

「まあ、セエレがどういう意図でやったかはわからないが、マリアン嬢には良い薬になったんじゃないか」
「良い薬?」

 怪訝な表情をするリディアにレナードは手元の書類を片付けながら言った。

「自分の身勝手な行動がいかに禍をもたらすか、という教訓になったはずだ。男子生徒からは恐れられ、女子生徒の妬みを買った。いいことなど何一つない。反省するよい機会になるだろう」

「……以前から思っていましたが、レナード殿下はマリアン様に容赦ないですよね」

「別にマリアン嬢一人だけじゃない。この学園の平和を乱す者は、誰であれ容赦しない」

 スッとの目がリディアに向けられる。

「お前もその一人だということを忘れるなよ」

 射貫くような目に、ごくりと唾を飲み込んだ。

「グレン・グラシアやメルヴィン・シトリーを抑えられると思ってお前が学園に残ることを上へと掛け合った。彼らのような問題児がいなければ、彼らを代わりに手懐ける存在がいれば、お前は今この学園にはいない」
「……そうですか」

 グレンやメルヴィンに迷惑ばかりかけられているのに、彼らのおかげで学園に通えている。非常に複雑な気分であった。

(いや、でも留年する原因になったのもあいつらにあるし……)

 やはりリディアの心中は素直に感謝できない。というかするべきではなかった。

「まぁ、今はグレンやメルヴィンだけでなく、セエレもお前のことを気に入っているようだからな。以前よりもずっと必要性が増したということだ」

 よかったな、とレナードはどこまでも淡々と言った。本当にそう思っているのだろうか。

「あいつは出自が出自だからな。お前のように心を許せる存在は珍しいんだろう」

 セエレはこの国の王の血をひいている。だがそれは公には知らされていない極秘の事実だ。国王にとってセエレの存在は隠したい、無かったことにしたい存在で、幼い彼を王宮の誰も目に触れない所へ隠した。決してその存在が世間に明るみにならないように。

(どんな気持ちだったんだろ……)

 セエレの明るさや無邪気さには、今までの苦しみや辛さを隠すような振る舞いが感じられた。

「……殿下は、監禁されるようにして囲われていたセエレを外へ連れ出したんですよね」
「そうだ」
「セエレの父親は……陛下はそのことについて何もおっしゃらなかったんですか」
「父上の中では、すでにセエレの件は片付いているからな」

 つまりもう実の息子でも何でもないということらしい。

(クソみたいな父親だな……)

 何が片付いているだ。ただの自己満足じゃないかとリディアはペンを握りしめた。

「……でも、殿下は弟であるセエレが可哀想で声をかけたんですよね」

 せめてそうであって欲しい、と思いながらリディアはレナードに問いかけた。

「お前は、私がそういった情を持ち合わせた優しい人間だと思うか?」
「でも……いくら殿下でも、血の繋がった家族は特別でしょう?」

 リディアが一年生の時のことだ。あの時、レナードには三年生のウィリアム殿下がいた。いつもは他人に厳しいレナードでも兄であるウィリアムには優しく、普段は見せない穏やかな表情を浮かべていた。

 そんな仲睦まじい様子は多くの人間を和ませた。リディアもその一人だ。普段冷酷だと言われているレナードも家族には優しいのだと。

「たとえ母親が違っても、セエレもあなたの弟であることに変わりはないでしょう?」
「……たしかにセエレは私の弟だ。だがそれは決して兄上と同じ括りではない」

 レナードの声には何の感情も込められていなかった。それがセエレに対する思いだというように。

「私がセエレを外へ連れ出したのは、あいつが普通の人間とは違う力を持っていたからだ」
「……彼の力が、この国のためになると思ったからですか」
「察しがいいな。その通りだ」

 ――オレの兄上は何でもできるすごい方なんだ。

 そう言ったセエレの顔が思い浮かんだ。

「冷たいと言いたげな顔だな」
「……」

 きっとレナードのことだから多くのことを考えているのだと思う。一国の王子だ。リディアよりもずっと広い視点で、この国の行く末を案じている。そのためにセエレの力が必要だと判断したのならば、たぶん正しいのだ。

(でも、セエレは知っているのかな……)

 彼は純粋に兄に心配され、救われたと信じているのではないか。だからこそ、あんなにもレナードのことを慕っていたのではないか。そう思うとリディアはやっぱり少し冷たいんじゃないのかと一言レナードに言ってやりたかった。

「お前がどう思おうが、私は構わない」

 沈黙したリディアなど気にせず、レナードは黙々と書類を片付けていく。自分も彼のように何事も割り切れたら、今よりももっと楽だったのだろうか。リディアはそう思わずにはいられなかった。


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