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本編(ノーマルエンド)
25、お悩み相談 ――師匠の勘違い――
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リディアは途方に暮れていた。
(マリアン様に嫌われてしまった。許さないって敵認定までされてしまった……)
悲しかった。短い間であったが、彼女はリディアの友人であった。もちろんマリアンにとっては友人になったつもりはなかったのだろうが、それでもリディアにとっては彼女は友人であった。
その彼女にあんな敵意のこもった目で睨みつけられた。これほど辛いことはなかった。
「……はぁ。やってらんないよ」
「リディア。ため息しながら料理しないで下さいよ。味まで辛気臭くなってしまいますよ」
「はぁ……」
リディアはキャスパーの言葉を無視し、鍋をかきまわした。今日は、というより今日も、夕食は野菜スープである。学校から帰ってきて凝った料理を作る気力は残っていないので大抵この献立が続く。リディアの日々疲れ果てた胃にも優しいメニューである。皿によそい、リディアはキャスパーの方へと押しやった。パンも小皿に出して、本日の夕食の完成である。
「あなたの作る野菜スープはとても美味しいですが、たまにはお肉なんかも食べたいですね」
「師匠は常日頃から女性と美味しいお店に行ってるからいいじゃないですか」
だいたい腹に入れば豪華な料理であろうと質素な食事であろうと同じである。大切なのは空腹が満たされること。作ってもらえるだけ有り難いと思え、とリディアは注文をつけられる度に思ってしまう。
「いえいえ、女性の方と食べる時は、料理を気に入ってくれるか、話題は何を振ればいいのか、テーブルマナーには気をつけなくては、などとあれこれ考えてしまって、全く食べた気がしないんですよ」
「そうですか……」
リディアは覇気のない声で答えた。
「何か学校で嫌なことでもあったんですか」
「え」
思わず顔を上げれば、キャスパーがどこか心配したような表情で自分を見ていた。
「どんなに疲れていても、いつもぼくが女性の話題を持ち出すと、あなたは容赦なく返してくるでしょう? でも今日はそれすらしないので、よほどのことがあったのではないかと思いまして」
そんなところで自分の変化に気づくキャスパーに、リディアは苦笑いした。けれど何だかんだ彼と一緒に暮らしていることだけはある。キャスパーは自分のことをよく見ている。
「何か悩みがあるのなら相談にのりますよ」
「師匠に相談するって、よっぽどわたしが追い詰められているってことですよね」
「何言っているですか。ぼくはあなたの保護者なんですから、守るべき存在が困っていたら力になってやるのが当然の務めってものでしょう?」
柄にもなく真面目な顔で言われ、逆にリディアの方が居心地が悪くなってしまう。こういう時のキャスパーはやけに鋭い。
(でも正直に話したところでなあ……)
マリアンたちのいざこざをキャスパーに話したところで、どうにかなるわけでもないだろう。
(うん。心配させるのも嫌だし、適当に誤魔化そう)
「別に悩みなんてありませんよ。ただこのところ忙しくて、少し疲れがたまっただけです」
笑ってそう言うも、キャスパーは真顔のままだった。なんならちょっと怖い。
「あの、師匠?」
「……またあの二人かい」
「え」
「あの生意気なクソが…少年たちのことですよ。ツンツンした赤い髪とふわふわした茶色の髪をした二人組の、あなたを留年まで追い込んだ悪魔みたいな男たちのことです!」
なぜか後半激昂するように言ったので、リディアは目を丸くした。
「師匠。よく覚えていましたね。普段は女の人のことしか覚えきれないのに」
「忘れるものですか! 二人揃ってズカズカ我が家に上がり込んできたんですよ!? あなたのことも馴れ馴れしい態度で触って、リディアって気安く呼んだりして! おまけに当時ぼくの恋人だった人から、あら、かっこいいわね、やっぱり若さ? ……なんて言われて! ぼくの方が何千倍もカッコイイのに!!」
ムキーっとキャスパーは大人げなく嫉妬を露わにした。
(……ああ。そういえばそんなこともあった気がする)
グレンとメルヴィンに関わった出来事はすべて最悪で、当時の記憶は半ば欠落している。この家まで押しかけて来たのなら、相当大変だったに違いない。これ以上の心労を重ねまいとリディアの脳が忘れてしまったのも無理はない。
「ほんっとあの二人には腹が立ちました!」
「はは。そうですか」
キャスパーも大概だが、その彼からしてもグレンとメルヴィンの性格は最悪らしい。
(というか相性が悪いのかも)
「……ねえ、リディア。あなたがまたあの二人に苦しめられているなら、ぼくが処理しましょうか?」
「は?」
処理、という言葉に一瞬頭がフリーズする。
「えっと…処理って、どういう意味ですか」
「あなたを苦しめる二人をこの世からきれいさっぱり消し去るということです」
「……なに、冗談言ってるんですか」
「冗談なんかじゃありませんよ」
ふふふとキャスパーは微笑んだ。その笑顔が怖い、と思った。
「こう見えてぼくは魔術師ですよ? 一般人の一人や二人、本気で殺そうと思えば簡単にできます」
「……い、いやいや、いくら師匠が魔術師だからって、人を殺しちゃ問題になりますよ」
いくら憎い相手だろうと、恩人の手で二人をあの世に送らせるつもりはなかった。だがキャスパーはリディアの話など聞いてはいないようで、一人勝手に話を進めていく。
「ああ、どうして今まで気づかなかったんでしょう! もっと早くにやっておくべきでした! そうすればあなたが今こうして頭を悩ます必要もなかったのに! ええ、ええ、そうですとも。この先余計な火種にならないとも限りませんし、ここで速やかに処理しておくべきです!」
(ほ、本気だ。師匠は本気であの二人をやるつもりだ……!)
なんて嬉しい……ではなく、とんでもないことだ。リディアは慌ててキャスパーを止める。
「ま、待って下さい、師匠。そんなことしなくて大丈夫ですよ。だいたいわたしが悩んでいるのは、その二人のせいじゃありませんから」
リディアは必死にそう主張すると、ようやくキャスパーは我に返った。鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとリディアの顔を見つめる。
「え。そうなんですか?」
「はい。だから、師匠が手を汚す必要はありませんよ」
むしろあの二人のことだ。キャスパーを返り討ちにしてしまう危険すらあった。それは長年一緒に過ごしている身として、絶対に阻止すべきことだ。
「では何をそんなに悩んでいたのですか?」
「それは……」
かつて友人だと思い込んでいた令嬢に嫌われ、憎悪の視線を向けられたから。という生々しい話をしてもいいのかリディアは迷った。だが彼女の迷いをキャスパーは勝手に解釈していく。
「リディア。隠さなくてもいいんですよ。あの男たちに何かされたんでしょう? 思春期の男性というものは、誰しも獰猛な獣を自身の身体に飼っているものです。あなたはその餌食となり、とても口にはできないおぞましいことを彼らに……」
「だから違いますって!」
こちらの話を聞かず勝手に妄想を膨らませていくキャスパーにリディアは声を荒げた。まあ、あの二人も関係しているのだが。
(というか、あいつらがもう少しマシな態度でマリアン様に接してくれれば、彼女もわたしに対してあんな怒らなかったんじゃないの?)
そう思うと、やはりキャスパーの手で地獄へ送ったやった方がいい気がしてきた。
(いや、あいつらのことだから地獄でも逞しく生きていくはず)
クズというのは本当に雑草のようにしぶとい。雑草の方がまだ速やかに駆除できる。
「リディア。大丈夫です。あなたは何も手を汚す必要はありません。ぼくがすべての責任を負いますので」
「だから違うって言っているのに。はぁ……わたしが悩んでいたのは、嫌われたくない人から嫌われてしまったからです」
「嫌われたくない人?」
パチパチと瞬きするキャスパーに、そうですとリディアは頷いた。
「師匠にもそんな経験あるでしょう? 本当は仲良くなりたいのにちょっとした行き違いですれ違って、取り返しのつかない関係にまで悪化してしまったこと……」
自分とマリアンとはもう以前のように仲良くできないのか。
(まあ、マリアン様の方は、最初からわたしのこと友達だとは思っていなかったみたいだけど……)
でもあのままお友達ごっこを続けていたら、もしかしたら本当の友達になれていたかもしれない。そう思うとリディアは簡単には割り切れないモヤモヤした気持ちが残っていた。
(仲良くなりたかったなあ……)
だがそれも今日の彼女を見て完全に望みは絶たれた。絶対に許さない。彼女はそう言い切った。
(せめてなんとか怒りを鎮めて、誤解だけは解きたい……)
あのグレンとメルヴィンに気に入られるというのは、マリアンが想像するような甘いものでは決してない。そこだけは声を大にして言いたかった。あの二人に今まで散々辛酸を舐めさせられてきたリディアの意地でもあった。
「できれば何とか以前のような関係に戻りたいって思っているんですけど……師匠ならこういう時どうしますか?」
キャスパーなら長年培ってきた女性関係から何か良いアイデアがあるのではないか。
(でもそれで上手くいっていたら、とっかえひっかえ女性と付き合ったりしないか)
とりあえず意見だけは聞いておこうとキャスパーの返事を待つが、彼はなぜか先ほどから黙ったままだ。そしてどこか青ざめた表情をしていた。
「あの、師匠? 聞いていますか?」
「あなた、好きな人なんていたんですか?」
「は?」
「は? じゃありませんよ! 嫌われたくない人に、ってことはリディアはその人を好きだということでしょう!?」
責められるように強い口調で言われ、リディアは戸惑う。なぜそこを突っ込んで尋ねるのか。
「どうなんですか。リディア」
「え、ええ。まあ、嫌いではないので、好きですね」
むしろ好きだから嫌われて落ち込んでいるのだ。だからまあ、キャスパーの言い分は間違っていない。
「ああ、やっぱり……」
リディアはそう思って肯定したのだが、キャスパーはなぜかショックだと言わんばかりに悲愴な顔をした。
「いつかこんな日が来るとは思っていましたが、まさかこんなに早いとは……相手は貴族、ですよね。年上ですか? それとも同じ学年の方ですか?」
「いや、何の話――」
「だめですよ、リディア。身分違いの恋は燃えるものですが、相手の男性はきっと状況に酔っているだけです。ぼくが言うんですから間違いありません。悪いことは言いませんから、潔く諦めなさい。あなたに恋愛はまだ早いです」
口をはさむ隙を一切与えず、キャスパーは滔々と言い聞かせた。そして最後にガシッとリディアの肩を掴み、今までにないほど真剣な表情で訴えたのだった。
「男女の駆け引きなんて、あなたはまだ知らなくていいんです」
「……あの、何を勘違いしているのか知りませんが、わたしが嫌われたくない相手はご令嬢です。殿方ではありません。師匠」
「へ?」
きょとんとする我が師に、弟子は深々とため息をついたのだった。
(マリアン様に嫌われてしまった。許さないって敵認定までされてしまった……)
悲しかった。短い間であったが、彼女はリディアの友人であった。もちろんマリアンにとっては友人になったつもりはなかったのだろうが、それでもリディアにとっては彼女は友人であった。
その彼女にあんな敵意のこもった目で睨みつけられた。これほど辛いことはなかった。
「……はぁ。やってらんないよ」
「リディア。ため息しながら料理しないで下さいよ。味まで辛気臭くなってしまいますよ」
「はぁ……」
リディアはキャスパーの言葉を無視し、鍋をかきまわした。今日は、というより今日も、夕食は野菜スープである。学校から帰ってきて凝った料理を作る気力は残っていないので大抵この献立が続く。リディアの日々疲れ果てた胃にも優しいメニューである。皿によそい、リディアはキャスパーの方へと押しやった。パンも小皿に出して、本日の夕食の完成である。
「あなたの作る野菜スープはとても美味しいですが、たまにはお肉なんかも食べたいですね」
「師匠は常日頃から女性と美味しいお店に行ってるからいいじゃないですか」
だいたい腹に入れば豪華な料理であろうと質素な食事であろうと同じである。大切なのは空腹が満たされること。作ってもらえるだけ有り難いと思え、とリディアは注文をつけられる度に思ってしまう。
「いえいえ、女性の方と食べる時は、料理を気に入ってくれるか、話題は何を振ればいいのか、テーブルマナーには気をつけなくては、などとあれこれ考えてしまって、全く食べた気がしないんですよ」
「そうですか……」
リディアは覇気のない声で答えた。
「何か学校で嫌なことでもあったんですか」
「え」
思わず顔を上げれば、キャスパーがどこか心配したような表情で自分を見ていた。
「どんなに疲れていても、いつもぼくが女性の話題を持ち出すと、あなたは容赦なく返してくるでしょう? でも今日はそれすらしないので、よほどのことがあったのではないかと思いまして」
そんなところで自分の変化に気づくキャスパーに、リディアは苦笑いした。けれど何だかんだ彼と一緒に暮らしていることだけはある。キャスパーは自分のことをよく見ている。
「何か悩みがあるのなら相談にのりますよ」
「師匠に相談するって、よっぽどわたしが追い詰められているってことですよね」
「何言っているですか。ぼくはあなたの保護者なんですから、守るべき存在が困っていたら力になってやるのが当然の務めってものでしょう?」
柄にもなく真面目な顔で言われ、逆にリディアの方が居心地が悪くなってしまう。こういう時のキャスパーはやけに鋭い。
(でも正直に話したところでなあ……)
マリアンたちのいざこざをキャスパーに話したところで、どうにかなるわけでもないだろう。
(うん。心配させるのも嫌だし、適当に誤魔化そう)
「別に悩みなんてありませんよ。ただこのところ忙しくて、少し疲れがたまっただけです」
笑ってそう言うも、キャスパーは真顔のままだった。なんならちょっと怖い。
「あの、師匠?」
「……またあの二人かい」
「え」
「あの生意気なクソが…少年たちのことですよ。ツンツンした赤い髪とふわふわした茶色の髪をした二人組の、あなたを留年まで追い込んだ悪魔みたいな男たちのことです!」
なぜか後半激昂するように言ったので、リディアは目を丸くした。
「師匠。よく覚えていましたね。普段は女の人のことしか覚えきれないのに」
「忘れるものですか! 二人揃ってズカズカ我が家に上がり込んできたんですよ!? あなたのことも馴れ馴れしい態度で触って、リディアって気安く呼んだりして! おまけに当時ぼくの恋人だった人から、あら、かっこいいわね、やっぱり若さ? ……なんて言われて! ぼくの方が何千倍もカッコイイのに!!」
ムキーっとキャスパーは大人げなく嫉妬を露わにした。
(……ああ。そういえばそんなこともあった気がする)
グレンとメルヴィンに関わった出来事はすべて最悪で、当時の記憶は半ば欠落している。この家まで押しかけて来たのなら、相当大変だったに違いない。これ以上の心労を重ねまいとリディアの脳が忘れてしまったのも無理はない。
「ほんっとあの二人には腹が立ちました!」
「はは。そうですか」
キャスパーも大概だが、その彼からしてもグレンとメルヴィンの性格は最悪らしい。
(というか相性が悪いのかも)
「……ねえ、リディア。あなたがまたあの二人に苦しめられているなら、ぼくが処理しましょうか?」
「は?」
処理、という言葉に一瞬頭がフリーズする。
「えっと…処理って、どういう意味ですか」
「あなたを苦しめる二人をこの世からきれいさっぱり消し去るということです」
「……なに、冗談言ってるんですか」
「冗談なんかじゃありませんよ」
ふふふとキャスパーは微笑んだ。その笑顔が怖い、と思った。
「こう見えてぼくは魔術師ですよ? 一般人の一人や二人、本気で殺そうと思えば簡単にできます」
「……い、いやいや、いくら師匠が魔術師だからって、人を殺しちゃ問題になりますよ」
いくら憎い相手だろうと、恩人の手で二人をあの世に送らせるつもりはなかった。だがキャスパーはリディアの話など聞いてはいないようで、一人勝手に話を進めていく。
「ああ、どうして今まで気づかなかったんでしょう! もっと早くにやっておくべきでした! そうすればあなたが今こうして頭を悩ます必要もなかったのに! ええ、ええ、そうですとも。この先余計な火種にならないとも限りませんし、ここで速やかに処理しておくべきです!」
(ほ、本気だ。師匠は本気であの二人をやるつもりだ……!)
なんて嬉しい……ではなく、とんでもないことだ。リディアは慌ててキャスパーを止める。
「ま、待って下さい、師匠。そんなことしなくて大丈夫ですよ。だいたいわたしが悩んでいるのは、その二人のせいじゃありませんから」
リディアは必死にそう主張すると、ようやくキャスパーは我に返った。鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとリディアの顔を見つめる。
「え。そうなんですか?」
「はい。だから、師匠が手を汚す必要はありませんよ」
むしろあの二人のことだ。キャスパーを返り討ちにしてしまう危険すらあった。それは長年一緒に過ごしている身として、絶対に阻止すべきことだ。
「では何をそんなに悩んでいたのですか?」
「それは……」
かつて友人だと思い込んでいた令嬢に嫌われ、憎悪の視線を向けられたから。という生々しい話をしてもいいのかリディアは迷った。だが彼女の迷いをキャスパーは勝手に解釈していく。
「リディア。隠さなくてもいいんですよ。あの男たちに何かされたんでしょう? 思春期の男性というものは、誰しも獰猛な獣を自身の身体に飼っているものです。あなたはその餌食となり、とても口にはできないおぞましいことを彼らに……」
「だから違いますって!」
こちらの話を聞かず勝手に妄想を膨らませていくキャスパーにリディアは声を荒げた。まあ、あの二人も関係しているのだが。
(というか、あいつらがもう少しマシな態度でマリアン様に接してくれれば、彼女もわたしに対してあんな怒らなかったんじゃないの?)
そう思うと、やはりキャスパーの手で地獄へ送ったやった方がいい気がしてきた。
(いや、あいつらのことだから地獄でも逞しく生きていくはず)
クズというのは本当に雑草のようにしぶとい。雑草の方がまだ速やかに駆除できる。
「リディア。大丈夫です。あなたは何も手を汚す必要はありません。ぼくがすべての責任を負いますので」
「だから違うって言っているのに。はぁ……わたしが悩んでいたのは、嫌われたくない人から嫌われてしまったからです」
「嫌われたくない人?」
パチパチと瞬きするキャスパーに、そうですとリディアは頷いた。
「師匠にもそんな経験あるでしょう? 本当は仲良くなりたいのにちょっとした行き違いですれ違って、取り返しのつかない関係にまで悪化してしまったこと……」
自分とマリアンとはもう以前のように仲良くできないのか。
(まあ、マリアン様の方は、最初からわたしのこと友達だとは思っていなかったみたいだけど……)
でもあのままお友達ごっこを続けていたら、もしかしたら本当の友達になれていたかもしれない。そう思うとリディアは簡単には割り切れないモヤモヤした気持ちが残っていた。
(仲良くなりたかったなあ……)
だがそれも今日の彼女を見て完全に望みは絶たれた。絶対に許さない。彼女はそう言い切った。
(せめてなんとか怒りを鎮めて、誤解だけは解きたい……)
あのグレンとメルヴィンに気に入られるというのは、マリアンが想像するような甘いものでは決してない。そこだけは声を大にして言いたかった。あの二人に今まで散々辛酸を舐めさせられてきたリディアの意地でもあった。
「できれば何とか以前のような関係に戻りたいって思っているんですけど……師匠ならこういう時どうしますか?」
キャスパーなら長年培ってきた女性関係から何か良いアイデアがあるのではないか。
(でもそれで上手くいっていたら、とっかえひっかえ女性と付き合ったりしないか)
とりあえず意見だけは聞いておこうとキャスパーの返事を待つが、彼はなぜか先ほどから黙ったままだ。そしてどこか青ざめた表情をしていた。
「あの、師匠? 聞いていますか?」
「あなた、好きな人なんていたんですか?」
「は?」
「は? じゃありませんよ! 嫌われたくない人に、ってことはリディアはその人を好きだということでしょう!?」
責められるように強い口調で言われ、リディアは戸惑う。なぜそこを突っ込んで尋ねるのか。
「どうなんですか。リディア」
「え、ええ。まあ、嫌いではないので、好きですね」
むしろ好きだから嫌われて落ち込んでいるのだ。だからまあ、キャスパーの言い分は間違っていない。
「ああ、やっぱり……」
リディアはそう思って肯定したのだが、キャスパーはなぜかショックだと言わんばかりに悲愴な顔をした。
「いつかこんな日が来るとは思っていましたが、まさかこんなに早いとは……相手は貴族、ですよね。年上ですか? それとも同じ学年の方ですか?」
「いや、何の話――」
「だめですよ、リディア。身分違いの恋は燃えるものですが、相手の男性はきっと状況に酔っているだけです。ぼくが言うんですから間違いありません。悪いことは言いませんから、潔く諦めなさい。あなたに恋愛はまだ早いです」
口をはさむ隙を一切与えず、キャスパーは滔々と言い聞かせた。そして最後にガシッとリディアの肩を掴み、今までにないほど真剣な表情で訴えたのだった。
「男女の駆け引きなんて、あなたはまだ知らなくていいんです」
「……あの、何を勘違いしているのか知りませんが、わたしが嫌われたくない相手はご令嬢です。殿方ではありません。師匠」
「へ?」
きょとんとする我が師に、弟子は深々とため息をついたのだった。
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