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本編(ノーマルエンド)
3、貴族と平民
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昼休み。
「リディアー。いるかー?」
(げっ……)
他の生徒よりも頭一つ大きい赤髪の上級生の姿にリディアは頬を思い切り引き攣らせた。相手は朝絡んできたばかりのグレン・グラシアだった。教室の入り口に立ち、きょろきょろとリディアのことを探していた。いるだけで目立つ存在なので何事かと教室にいた生徒たちは騒めいていた。
(最悪だ。なんでこんなところまでやってくるんだ……)
悪魔がいない授業は最高だった。静かな環境がいかに集中力を高めるのか、リディアは身に染みて感じたのだ。このまま昼休みも平穏に過ごしたい。あの二人の顔なんか見たくもない。そう思っていたのに……
「お。発見」
リディアの願いは早くも崩れ去った。グレンがずかずかとこちらへやって来る。そして逃げる暇もなく、腕を掴まれた。女子の平均身長よりほんの少し高いリディアでも、グレンは見上げるほど背が高い。というか威圧感があった。
「一緒に昼飯食おうぜ。メルヴィンも待ってる」
食わない。待たなくていい。
リディアは心の中で即答した。口に出すには、グレンの顔はあまりにも楽しそうで、恐ろしかった。
(いや、だめだ。ここで怖気づいてしまっては、また昔と同じだ)
はっきり断るんだ。
「あの、わたし、午後からの授業の予習に備えたいので、教室で食べ……」
「さっ、早くしねえと終わっちまうぜ。今日の学食は何だろうな」
(き、聞いてない!)
リディアの言葉などまるで耳に入っていないかのようにグレンはペラペラとどうでもいいことを話し始める。無神経そうなその顔つき。いっそ清々しいほどであった。
(そうだった。この男はこういうやつだった……)
ずるずると男に引きずられていきながらリディアは一年前のことを思い出す。あの時も何度こうしてこの男の我儘に振り回されたことだろう。嫌だとリディアが叫んだ所できっと担ぎ上げられて連行されるだけ。体験済みだ。
「あの、グレン様」
いっそこのまま白目を剥いて気絶してしまおうかと思った時、入り口付近で一人の女子生徒がグレンに声をかけてきた。友人であるのか、彼女の後ろにはさらに数人の女子生徒が何が言いたげな顔でこちらを見つめている。
雰囲気からして全員貴族の令嬢だ。というかこの学校に通うほとんどが貴族である。たまに特待生枠の平民出身がいるそうだが、それも毎年いるわけではない。
(わたしは別に特待生でもないし、貴族でもないから、なんで上級生の貴族と絡んでいるのか不思議なんだろうな……)
リディアはこの学園に入学してから、彼女たちと自分がいかに違うか存在かを実感してきた。生まれ持った身分。それに相応しい礼儀作法を彼らは幼い頃から躾けられ、世話されることが当前のことだと認識する。良いとか悪いとかではなく、それが貴族というもの。どうしたって自分の生きてきた世界とは違うのだ。
だから今グレンに話しかけている彼女もその友人も、心底不思議なのだろう。
「どうしてそんな平民出身の彼女を相手になさるのですか」
「そうですよ。よかったら私たちと食べましょう」
(いいぞ。もっと言ってやれ。そのまま押し通せ!)
彼女たちの誘いに内心リディアは全力で応援した。
「ああ、悪い。俺もそうしたいんだが、ほら、コイツは平民で、学年も一つ落としているだろう? 気まずくて落ち込んでいるだろうから、元同じ学年で、同じクラスだった俺とメルヴィンで励ましてやりたいんだ」
(ちょっ!? 何勝手に人の黒歴史暴露しているんだ!)
入学したばかりの新入生に、初対面の人間に留年したなどという恥ずかしい事実を知られてしまい、リディアは泣きそうになった。たとえいつかは知られてしまうのだとしても、いきなりこんな初日に教えなくてもいいじゃないか。
「まあ、そうでしたの……」
ちらりと女子生徒たちがリディアを見た。
(ああ、いやだ。やめて……そんな目で見ないで。可哀想というか、この子馬鹿なんだっていう目つきでわたしを見るのは……)
違うんだ。きちんとした理由があるんだ。今あなたたちが昼食に誘おうとしている男に原因があるのだと、リディアは声を大にして言いたかった。
「グレン様は本当にお優しいのですね。私、心底尊敬しますわ」
「ああ。だって俺とメルヴィンが見捨てたら、コイツ本当に一人ぼっちになっちまうだろう?」
「まあ、グレン様ったら」
「平民相手にもお優しいのですね」
おほほ。あはは。
愉快そうに笑う彼らに、リディアはもう何も聞くまいと心を閉じた。この人たちは平民出身である自分と違って生粋の貴族だ。平等を掲げる学び舎においても、どうしようもない身分の差があるのだ。人間というのはちょっとした違いを目敏く見つけ、上か下かの優劣を決めたがる。彼ら貴族にとって、平民である人間は常に下に見るべき存在なのだ。
(ただご先祖様が偉いだけだろうに……)
付き合い切れずリディアがグレンたちから顔を背けると、一人の男子生徒と目があった。眼鏡をかけた、灰色がかった青の目。
(あ、隣に座っていた子だ……)
なぜかこちらを凝視している。真顔なのでいまいち感情が読み取れないが、もしかしてリディアが困っているのに気づいたのだろうか。
(だったらどうか助けて! お願いします!)
だがリディアの必死の願いも虚しく、彼は立ち上がってさっさと教室を出て行ってしまった。まあ、そうだよなと肩を落とす。誰もこんないかにも面倒な事に突っ込む人間はいるまい。
「おい。もたもたしていないでさっさと行くぞ」
「……はい」
「リディアー。いるかー?」
(げっ……)
他の生徒よりも頭一つ大きい赤髪の上級生の姿にリディアは頬を思い切り引き攣らせた。相手は朝絡んできたばかりのグレン・グラシアだった。教室の入り口に立ち、きょろきょろとリディアのことを探していた。いるだけで目立つ存在なので何事かと教室にいた生徒たちは騒めいていた。
(最悪だ。なんでこんなところまでやってくるんだ……)
悪魔がいない授業は最高だった。静かな環境がいかに集中力を高めるのか、リディアは身に染みて感じたのだ。このまま昼休みも平穏に過ごしたい。あの二人の顔なんか見たくもない。そう思っていたのに……
「お。発見」
リディアの願いは早くも崩れ去った。グレンがずかずかとこちらへやって来る。そして逃げる暇もなく、腕を掴まれた。女子の平均身長よりほんの少し高いリディアでも、グレンは見上げるほど背が高い。というか威圧感があった。
「一緒に昼飯食おうぜ。メルヴィンも待ってる」
食わない。待たなくていい。
リディアは心の中で即答した。口に出すには、グレンの顔はあまりにも楽しそうで、恐ろしかった。
(いや、だめだ。ここで怖気づいてしまっては、また昔と同じだ)
はっきり断るんだ。
「あの、わたし、午後からの授業の予習に備えたいので、教室で食べ……」
「さっ、早くしねえと終わっちまうぜ。今日の学食は何だろうな」
(き、聞いてない!)
リディアの言葉などまるで耳に入っていないかのようにグレンはペラペラとどうでもいいことを話し始める。無神経そうなその顔つき。いっそ清々しいほどであった。
(そうだった。この男はこういうやつだった……)
ずるずると男に引きずられていきながらリディアは一年前のことを思い出す。あの時も何度こうしてこの男の我儘に振り回されたことだろう。嫌だとリディアが叫んだ所できっと担ぎ上げられて連行されるだけ。体験済みだ。
「あの、グレン様」
いっそこのまま白目を剥いて気絶してしまおうかと思った時、入り口付近で一人の女子生徒がグレンに声をかけてきた。友人であるのか、彼女の後ろにはさらに数人の女子生徒が何が言いたげな顔でこちらを見つめている。
雰囲気からして全員貴族の令嬢だ。というかこの学校に通うほとんどが貴族である。たまに特待生枠の平民出身がいるそうだが、それも毎年いるわけではない。
(わたしは別に特待生でもないし、貴族でもないから、なんで上級生の貴族と絡んでいるのか不思議なんだろうな……)
リディアはこの学園に入学してから、彼女たちと自分がいかに違うか存在かを実感してきた。生まれ持った身分。それに相応しい礼儀作法を彼らは幼い頃から躾けられ、世話されることが当前のことだと認識する。良いとか悪いとかではなく、それが貴族というもの。どうしたって自分の生きてきた世界とは違うのだ。
だから今グレンに話しかけている彼女もその友人も、心底不思議なのだろう。
「どうしてそんな平民出身の彼女を相手になさるのですか」
「そうですよ。よかったら私たちと食べましょう」
(いいぞ。もっと言ってやれ。そのまま押し通せ!)
彼女たちの誘いに内心リディアは全力で応援した。
「ああ、悪い。俺もそうしたいんだが、ほら、コイツは平民で、学年も一つ落としているだろう? 気まずくて落ち込んでいるだろうから、元同じ学年で、同じクラスだった俺とメルヴィンで励ましてやりたいんだ」
(ちょっ!? 何勝手に人の黒歴史暴露しているんだ!)
入学したばかりの新入生に、初対面の人間に留年したなどという恥ずかしい事実を知られてしまい、リディアは泣きそうになった。たとえいつかは知られてしまうのだとしても、いきなりこんな初日に教えなくてもいいじゃないか。
「まあ、そうでしたの……」
ちらりと女子生徒たちがリディアを見た。
(ああ、いやだ。やめて……そんな目で見ないで。可哀想というか、この子馬鹿なんだっていう目つきでわたしを見るのは……)
違うんだ。きちんとした理由があるんだ。今あなたたちが昼食に誘おうとしている男に原因があるのだと、リディアは声を大にして言いたかった。
「グレン様は本当にお優しいのですね。私、心底尊敬しますわ」
「ああ。だって俺とメルヴィンが見捨てたら、コイツ本当に一人ぼっちになっちまうだろう?」
「まあ、グレン様ったら」
「平民相手にもお優しいのですね」
おほほ。あはは。
愉快そうに笑う彼らに、リディアはもう何も聞くまいと心を閉じた。この人たちは平民出身である自分と違って生粋の貴族だ。平等を掲げる学び舎においても、どうしようもない身分の差があるのだ。人間というのはちょっとした違いを目敏く見つけ、上か下かの優劣を決めたがる。彼ら貴族にとって、平民である人間は常に下に見るべき存在なのだ。
(ただご先祖様が偉いだけだろうに……)
付き合い切れずリディアがグレンたちから顔を背けると、一人の男子生徒と目があった。眼鏡をかけた、灰色がかった青の目。
(あ、隣に座っていた子だ……)
なぜかこちらを凝視している。真顔なのでいまいち感情が読み取れないが、もしかしてリディアが困っているのに気づいたのだろうか。
(だったらどうか助けて! お願いします!)
だがリディアの必死の願いも虚しく、彼は立ち上がってさっさと教室を出て行ってしまった。まあ、そうだよなと肩を落とす。誰もこんないかにも面倒な事に突っ込む人間はいるまい。
「おい。もたもたしていないでさっさと行くぞ」
「……はい」
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