いじめられて、婚約者には見捨てられました。

りつ

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3、婚約破棄

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 何日かして、アルフレッドの両親から婚約の話をなかったことにさせて欲しいとの申し出が我が家に伝えられた。

 両親は娘が何か粗相をしたのかと、理由を聞いたが、詳しい返答を得ることは叶わなかった。

 どうしよう。私は、事の重大さにただ頭が真っ白になった。何か心当たりはあるかと聞く父に、私はただ謝ることしかできなかった。理由は思いつく。いや、きっとそれしかない。

 それでも、話すことができなかった。

 ――ごめんなさい。

 震える声で何度も同じ言葉を繰り返した。

 そんな私を、あなたは何も悪くないのよと母が優しく抱きしめてくれた。けれどその慰めが、ますます私を苦しませる。心配するなと父も笑って許してくれたが、その顔には心痛の色が隠せないでいた。

 いじめられているような娘と結婚したくない。

 アルフレッドは、そう両親に伝えたのだろうか。それとも、私の名誉のために、他の理由を述べたのだろうか。

 私は別にアルフレッドを責める気にはならなかった。ただ、あの時逸らされた目が寂しかっただけだ。憐れみも、嫌悪感も、どんな感情も浮かべていない無表情だった。他人だと思いたい彼の心情が伝わってきて、悲しいと思っただけだ。

 アルフレッドはお昼になっても、第三校舎に現れることはなかった。

 彼の口から理由を聞くことも叶わなかった。

 お別れも何もないまま、私たちの関係は終わったのだと思うと、案外人との絆など薄っぺらいものなのだと虚しくなる。

「可哀そう。婚約者にも見捨てられるだなんて」
「ねえ、どんな気分?」

 何回もそんなことを聞かれた気がする。よく、覚えていない。その反応が気に食わなかったのか、また個室トイレに連れて行かれた。ネチネチと嫌味を言われて、全身ずぶ濡れにさせられた。

 このまま帰るわけにもいかず、ある程度乾くのを待っていたら、脱いで乾かしていた靴をどこかへ隠されていた。最後まで抜かりないなと、逆に感心してしまう。代わりの履物を探すのが面倒で、もうそのまま帰ろうとぼんやりした頭で思った。

 下校時間はとっくに過ぎており、誰にも遭遇することなく、私は校舎を出ることができた。

 夕焼け空はこんな時でも、いや、こんな時だからこそかな。馬鹿みたいに綺麗だった。透き通るような鮮やかな空は、泥だらけの心を浮かび上がらせて、よけいに惨めな気にさせる。

 いっそ土砂降りだったら完璧だったのに。そしたら泣いても、雨に紛れて気づかれなかったのに。

「……いつまで続くんだろ」

 婚約破棄されたことは、とっくに学園中の噂になっている。憐れみの目や、どうしてそうなったか、同情や好奇の入り交じった視線が私に向けられる。

 もう、いいじゃないか。彼女たちの私を気に入らない理由の一つが解消されたわけだ。それでもいじめが終わることはなかった。むしろもっと酷くなったような気がする。

 どうしてだろう。私をいじめる理由なんかもうないはずだ。それともこれからが本番なのかな。鼻っ面の高いお嬢様の鼻をへし折って、顔面ぐちゃぐちゃにしなきゃ気が済まないのかな。そんな地獄みたいな状況が、卒業するまで続くのかな。

 何だか何もかもどうでもよくなったな。もう、こうなったら、いっそ――

「あ、あの。大丈夫?」

 おどおどした声に振り返り、私はぎょっとした。

 目の前に現れた人の前髪が、目をすっぽりと覆い隠すほど長かったからだ。

 正直、見た目だけはやばい人で、制服を着ていなかったら不審者だと思っただろう。その制服もこの学園のものではなく、見慣れない制服を着ていた。他校の生徒だろうか。

 私より本の少し背が高い男子生徒は、首を傾げながらもう一度大丈夫かと顔を覗き込んできた。

「あ、えっと、はい。大丈夫です」

 私は慌てて目元を袖で拭った。この気弱そうな人がわざわざ声をかけてくれるほど、私は酷い有様なのだろう。

「あの、よかったら、僕の靴、代わりに履いて下さい」

 そう言って男子生徒は、躊躇うことなく、その場で靴を脱いだ。男性にしては比較的小さなサイズで、私の履いていた靴とそう変わらないように思えた。

 だからといって、見知らぬ人の靴を履いて帰るのは躊躇われる。

「いえ、あの、わざわざいいですよ」
「あ、僕、今日からここの寮に住むから、代わりの靴もあるんです。だから、気にしないで。ほら、寮まですぐそこだから」

 じゃあね、とその人は早口で言うと、最後までおどおどした調子で私のもとを去っていった。気弱そうに見えて、私が靴を履くことは譲らない人だった。

「……変な人」

 普通、初対面の人に自分の靴を履いて下さいと言えるだろうか。私には無理だ。難易度が高すぎる。
 
 履いてみた靴はぴったりのサイズで、私は何だか不思議に思った。

「あの人、どうして靴を履いていないのか、聞かなかったな」

 わざわざ聞かなくても、わかっているみたいだった。

 ……あの子も、同じような経験をしたことがあるのかな。



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