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43、再会
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兄は泣いて気まずくなった雰囲気を誤魔化すようにブランシュとマティアスの生活を尋ねてきた。特にマティアスのブランシュに対する接し方について詳しく知りたがった。
「先ほども言いましたが、マティアスはわたくしにはもったいないくらいの人ですわ」
不平不満などあるはずがなく、今のままでも十分よき夫であることをしっかりと伝え、兄を安心させようとしたが、彼はあまり納得がいっていないようでもあった。
しかし家令が、ジョシュアの側近がそろそろ王宮へ戻るよう促していることを伝えると、渋々と腰を上げ帰ることにした。
「たまには王宮へ顔を出せ」
「……顔を出しても、よろしいのですか?」
「当たり前だろう。おまえは私の妹なのだから」
長い廊下を歩く兄の横顔は真っ直ぐと前を見据えていたが、普段言い慣れないことを言っているせいか、どこかぎこちなさも感じられた。
「父上が亡くなり、私とおまえの二人だけになってしまった。過去のわだかまりはそう簡単に払拭できるものではないだろうが……これからは、手を取り合って、この国を支えていきたい」
すでに公爵家へ嫁ぎ、世の中のこともあまり知らないブランシュには国を支えるために何か貢献できるとは思えないが……要は兄妹同士、仲良くしていきたいという、ジョシュアなりの歩み寄りなのだろう。
「はい」
「では、舞踏会が落ち着いたら、さっそく来るがよい」
「それは主人に相談してみますわ」
「……おまえが私に会いたいと思うなら、夫の顔色を一々気にする必要はない」
「ええ。でも、わたくしが相談したいんですの」
ジョシュアはブランシュに何か言いたげであったが、ちょうど玄関ホールまでたどり着いて時間切れとなってしまった。
「とにかく、何かあったら私を頼ることも忘れるな。いいな?」
「はい。……あの」
「なんだ?」
ブランシュは口を開き、外でちらちらとこちらを見ている側近の姿に、言葉を飲み込んだ。
「ブランシュ?」
「道中、どうかお気をつけてお帰りください」
「ああ、わかった。ではな、ブランシュ」
「はい」
結局、ブランシュは尋ねることはできなかった。
舞踏会には、エレオノールも出席しているのかと。
「――ねぇ、旦那様の元婚約者も今回の舞踏会に参加するって本当?」
メイドたちのおしゃべりをうっかり聞いてしまったのは、夜遅く。喉が渇いて、ヴァネッサが水差しを用意するのを忘れていたので、水を一杯もらおうと台所まで行った時のことだ。
(マティアスの元婚約者……)
彼女たちは銀食器を磨いたり、繕い物をしながらおしゃべりに花を咲かせていた。ヴァネッサはいないようだった。
「エレオノール様のこと?」
「そうそう。旦那様と別れてから辺境伯に嫁いだのよね?」
「そうよ。あんなことがあったから、王都で暮らさせるのはいろいろ気まずいだろうからって辺境伯の男性と……でも、遠く離れた場所へ嫁がされるのも可哀想よね」
ブランシュはどきどきしながらメイドたちの会話に耳を立てた。
「世間では奥様と旦那様が道ならぬ恋をしていて、それを婚約者であるエレオノール様が嫉妬で邪魔していた……ってことにされているけれど、本当は逆よね」
二人の恋路を邪魔していたのはブランシュの方だ。
「しっ。……例えそうだとしても、あたしたちはそう思わないといけないことになっているでしょ」
「そうね。奥様があんなことになられて……本当にあの時は大変だったわ」
ブランシュが池に飛び込んだ時のことだろう。
「それになんだかんだ言って、今の旦那様は奥様を大切にしていらっしゃるし、意外と噂通りだったのかもしれないわ」
「そうねぇ……ほんと、前と今とでは別人だものね」
(違う。マティアスは……)
優しいだけだ。憎み続けるのが苦しいから、ブランシュを許そうとしているだけだ。
「でも、エレオノール様と再会したらどうなるかしら」
ぽつりと呟かれた言葉に一瞬シンと静まり返る。ブランシュも心臓を掴まれたかのように息を止めた。
「一度は諦めた恋でも、また燃え上がっちゃうかもね」
「ちょっと。やめなさいよ」
「でも、そうでしょう。旦那様、あんなにエレオノール様のことが好きで、あたしたちもお似合いねって話していたじゃない」
しょせんは王女の権力で引き裂かれたのだと言われ、ブランシュは頭の中が真っ白になった。
これ以上聞きたくないと戻ろうとして、野菜を入れてあった木箱に躓く。思いのほか音が響き、誰かいるの? とメイドたちにその存在を気づかれそうになる。ブランシュは逃げるように走って、部屋へと戻った。
マティアスはまだ帰ってきてなかった。その事実に苦しくなって、先ほどのメイドたちの言葉が生々しく蘇ってくる。
『エレオノール様への気持ちを思い出すかもね』
ブランシュは毛布に包まって、嗚咽を漏らした。
今こうしている間も、マティアスはエレオノールと逢瀬しているかもしれない。
一度は諦めた想いでも、ずっと胸に秘めてきた想いを告げずにはいられなくて、駄目だとわかっていながら互いを求められずにはいられなくて……想像するだけで、胸が焼けるような嫉妬に襲われた。涙が止まらなかった。
(でも、仕方ないじゃない……)
もともと横恋慕で二人の仲を引き裂いたのはブランシュの方なのだから。二人が一緒になる運命だったのだから。
(わたくしはマティアスが好き。大好き……)
ほんの少しの間でも、彼はブランシュに絆されてくれた。夫婦の真似事に付き合ってくれた。だから……
(彼が別れを望んだら、その時は素直に応じよう……)
今度こそ、マティアスの幸せを願おう。彼に、幸せになってもらいたい。
『わたくしは、彼に幸せになって欲しい……』
かつてキルデリクに告げた言葉が蘇る。あの時も今も、嘘偽りは一切ない。けれどこんなにも苦しみを伴うものだとは、ブランシュは思いもしなかった。
「先ほども言いましたが、マティアスはわたくしにはもったいないくらいの人ですわ」
不平不満などあるはずがなく、今のままでも十分よき夫であることをしっかりと伝え、兄を安心させようとしたが、彼はあまり納得がいっていないようでもあった。
しかし家令が、ジョシュアの側近がそろそろ王宮へ戻るよう促していることを伝えると、渋々と腰を上げ帰ることにした。
「たまには王宮へ顔を出せ」
「……顔を出しても、よろしいのですか?」
「当たり前だろう。おまえは私の妹なのだから」
長い廊下を歩く兄の横顔は真っ直ぐと前を見据えていたが、普段言い慣れないことを言っているせいか、どこかぎこちなさも感じられた。
「父上が亡くなり、私とおまえの二人だけになってしまった。過去のわだかまりはそう簡単に払拭できるものではないだろうが……これからは、手を取り合って、この国を支えていきたい」
すでに公爵家へ嫁ぎ、世の中のこともあまり知らないブランシュには国を支えるために何か貢献できるとは思えないが……要は兄妹同士、仲良くしていきたいという、ジョシュアなりの歩み寄りなのだろう。
「はい」
「では、舞踏会が落ち着いたら、さっそく来るがよい」
「それは主人に相談してみますわ」
「……おまえが私に会いたいと思うなら、夫の顔色を一々気にする必要はない」
「ええ。でも、わたくしが相談したいんですの」
ジョシュアはブランシュに何か言いたげであったが、ちょうど玄関ホールまでたどり着いて時間切れとなってしまった。
「とにかく、何かあったら私を頼ることも忘れるな。いいな?」
「はい。……あの」
「なんだ?」
ブランシュは口を開き、外でちらちらとこちらを見ている側近の姿に、言葉を飲み込んだ。
「ブランシュ?」
「道中、どうかお気をつけてお帰りください」
「ああ、わかった。ではな、ブランシュ」
「はい」
結局、ブランシュは尋ねることはできなかった。
舞踏会には、エレオノールも出席しているのかと。
「――ねぇ、旦那様の元婚約者も今回の舞踏会に参加するって本当?」
メイドたちのおしゃべりをうっかり聞いてしまったのは、夜遅く。喉が渇いて、ヴァネッサが水差しを用意するのを忘れていたので、水を一杯もらおうと台所まで行った時のことだ。
(マティアスの元婚約者……)
彼女たちは銀食器を磨いたり、繕い物をしながらおしゃべりに花を咲かせていた。ヴァネッサはいないようだった。
「エレオノール様のこと?」
「そうそう。旦那様と別れてから辺境伯に嫁いだのよね?」
「そうよ。あんなことがあったから、王都で暮らさせるのはいろいろ気まずいだろうからって辺境伯の男性と……でも、遠く離れた場所へ嫁がされるのも可哀想よね」
ブランシュはどきどきしながらメイドたちの会話に耳を立てた。
「世間では奥様と旦那様が道ならぬ恋をしていて、それを婚約者であるエレオノール様が嫉妬で邪魔していた……ってことにされているけれど、本当は逆よね」
二人の恋路を邪魔していたのはブランシュの方だ。
「しっ。……例えそうだとしても、あたしたちはそう思わないといけないことになっているでしょ」
「そうね。奥様があんなことになられて……本当にあの時は大変だったわ」
ブランシュが池に飛び込んだ時のことだろう。
「それになんだかんだ言って、今の旦那様は奥様を大切にしていらっしゃるし、意外と噂通りだったのかもしれないわ」
「そうねぇ……ほんと、前と今とでは別人だものね」
(違う。マティアスは……)
優しいだけだ。憎み続けるのが苦しいから、ブランシュを許そうとしているだけだ。
「でも、エレオノール様と再会したらどうなるかしら」
ぽつりと呟かれた言葉に一瞬シンと静まり返る。ブランシュも心臓を掴まれたかのように息を止めた。
「一度は諦めた恋でも、また燃え上がっちゃうかもね」
「ちょっと。やめなさいよ」
「でも、そうでしょう。旦那様、あんなにエレオノール様のことが好きで、あたしたちもお似合いねって話していたじゃない」
しょせんは王女の権力で引き裂かれたのだと言われ、ブランシュは頭の中が真っ白になった。
これ以上聞きたくないと戻ろうとして、野菜を入れてあった木箱に躓く。思いのほか音が響き、誰かいるの? とメイドたちにその存在を気づかれそうになる。ブランシュは逃げるように走って、部屋へと戻った。
マティアスはまだ帰ってきてなかった。その事実に苦しくなって、先ほどのメイドたちの言葉が生々しく蘇ってくる。
『エレオノール様への気持ちを思い出すかもね』
ブランシュは毛布に包まって、嗚咽を漏らした。
今こうしている間も、マティアスはエレオノールと逢瀬しているかもしれない。
一度は諦めた想いでも、ずっと胸に秘めてきた想いを告げずにはいられなくて、駄目だとわかっていながら互いを求められずにはいられなくて……想像するだけで、胸が焼けるような嫉妬に襲われた。涙が止まらなかった。
(でも、仕方ないじゃない……)
もともと横恋慕で二人の仲を引き裂いたのはブランシュの方なのだから。二人が一緒になる運命だったのだから。
(わたくしはマティアスが好き。大好き……)
ほんの少しの間でも、彼はブランシュに絆されてくれた。夫婦の真似事に付き合ってくれた。だから……
(彼が別れを望んだら、その時は素直に応じよう……)
今度こそ、マティアスの幸せを願おう。彼に、幸せになってもらいたい。
『わたくしは、彼に幸せになって欲しい……』
かつてキルデリクに告げた言葉が蘇る。あの時も今も、嘘偽りは一切ない。けれどこんなにも苦しみを伴うものだとは、ブランシュは思いもしなかった。
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