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41、心細い夜
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王宮で舞踏会が開かれている間でも、出席せず、家で大人しくする。ブランシュがそうヴァネッサに伝えると、彼女は見るからに残念がった。
「せっかく奥様を着飾ることができると思いましたのに!」
「着飾りたかったの?」
「もちろんです! 奥様は誰よりも美しいですもの。そんな人が舞踏会に出席できないなんて……事情があっても、残念です」
がっくりと肩を落とすヴァネッサに、ブランシュは何もそこまで……と思ったが、女主人を美しく飾り立てるのもやりがいのある仕事で、楽しみなのかもしれない。
「別にわざわざ外出しなくても、家の中でもおめかしはできるでしょう」
「わたしはお美しい奥様を国中の人間に知らしめたいんです!」
「いくら大勢の人間が参加するといっても、さすがに庶民は参加しないわよ?」
「もう! わかってます! もののたとえです!」
鼻息荒く主張され、ブランシュは「そ、そう……」と少し引いてしまう。
(たくさんの人間に褒められるのって、そこまでいいものじゃないと思うけれど……)
純粋な気持ちだけとは限らない。変な人間に絡まれる可能性もある。それに……
「マティアスが思ってくれないと意味ないもの」
他の人間がどんなに褒め称えても、彼が美しくないと言ってしまえば、美しくないのだ。
「奥様……」
「あ」
つい、ぽろりと本音を漏らしてしまった。
「あの、今のは」
「素敵ですわ。奥様はそれほど旦那様のことを愛しておられるのですね!」
口元を両手で押さえ、感激した様子でヴァネッサは熱い視線を送る。
「そうですよね! 旦那様が帰って来るこの屋敷こそが奥様にとってはどんな豪邸にも負けない王宮で、毎日が舞踏会ですものね!」
「ええ。もう、それでいいから……それ以上言わないでちょうだい」
恥ずかしいから、とブランシュが頬を染めながら言うと、ヴァネッサはさらに興奮した声を上げたのだった。
「早く旦那様が帰ってくるといいですね!」
ヴァネッサは満面の笑みでそう言ったが、マティアスの帰りは次第に遅くなっていった。
一人で出席するぶん、あれこれ聞かれているのだろう。そうでなくとも、帰宅するのは自然と遅い時間帯になるものだ……と思っても、いざ家で待つとなると、ブランシュはしだいに心細い気持ちになった。
先に休んでいるよう言われて、大きな寝台で一人ぽつんと横になるのは、前なら気を遣わず逆にぐっすり眠ることができたのに今は何だか落ち着かない。
うとうとしかけても、すぐに目が冴えて、未だぽっかりと空いた隣を見て胸が騒ぐ。
結局マティアスが帰ってくるまでブランシュは眠ることができず、彼が無事にこの家へ帰ってきたことにひどく安堵するのだった。
「ブランシュ?」
彼が耳元で自分の名前を呼ぶ。ブランシュは起きていることを伝えたかったけれど、寝た振りをした。初日に遅くまで起きていたことを心配され、次からは早めに帰って来ると言われたからだ。
本音を言えばそうしてほしかったが、付き合いも大事である。自分の我儘だと言われるのは別に構わなかったが、マティアスは違うと反論するだろうし、そのせいで彼が悪く言われるのは嫌だった。
(それに……誰と会っていたの、って聞いてしまいそうだもの)
既婚者になったマティアスだが、女性からは未だに根強い人気がある。きっと踊ってほしいと頼まれたはずだ。想像するだけでモヤモヤする。
「おやすみ、ブランシュ……」
頬に柔らかな感触が当たる。ごそごそと寝床に入り、ほどなくして安らかな寝息が聴こえてくる。ブランシュは静かにそっと身を起し、マティアスの顔を覗き込んだ。
「マティアス……」
いけないと思いながらも、彼の唇にそっと口づけした。
「あなたが、好きなの……」
呻くような苦しげな声は、彼の耳には届かなかった。
「せっかく奥様を着飾ることができると思いましたのに!」
「着飾りたかったの?」
「もちろんです! 奥様は誰よりも美しいですもの。そんな人が舞踏会に出席できないなんて……事情があっても、残念です」
がっくりと肩を落とすヴァネッサに、ブランシュは何もそこまで……と思ったが、女主人を美しく飾り立てるのもやりがいのある仕事で、楽しみなのかもしれない。
「別にわざわざ外出しなくても、家の中でもおめかしはできるでしょう」
「わたしはお美しい奥様を国中の人間に知らしめたいんです!」
「いくら大勢の人間が参加するといっても、さすがに庶民は参加しないわよ?」
「もう! わかってます! もののたとえです!」
鼻息荒く主張され、ブランシュは「そ、そう……」と少し引いてしまう。
(たくさんの人間に褒められるのって、そこまでいいものじゃないと思うけれど……)
純粋な気持ちだけとは限らない。変な人間に絡まれる可能性もある。それに……
「マティアスが思ってくれないと意味ないもの」
他の人間がどんなに褒め称えても、彼が美しくないと言ってしまえば、美しくないのだ。
「奥様……」
「あ」
つい、ぽろりと本音を漏らしてしまった。
「あの、今のは」
「素敵ですわ。奥様はそれほど旦那様のことを愛しておられるのですね!」
口元を両手で押さえ、感激した様子でヴァネッサは熱い視線を送る。
「そうですよね! 旦那様が帰って来るこの屋敷こそが奥様にとってはどんな豪邸にも負けない王宮で、毎日が舞踏会ですものね!」
「ええ。もう、それでいいから……それ以上言わないでちょうだい」
恥ずかしいから、とブランシュが頬を染めながら言うと、ヴァネッサはさらに興奮した声を上げたのだった。
「早く旦那様が帰ってくるといいですね!」
ヴァネッサは満面の笑みでそう言ったが、マティアスの帰りは次第に遅くなっていった。
一人で出席するぶん、あれこれ聞かれているのだろう。そうでなくとも、帰宅するのは自然と遅い時間帯になるものだ……と思っても、いざ家で待つとなると、ブランシュはしだいに心細い気持ちになった。
先に休んでいるよう言われて、大きな寝台で一人ぽつんと横になるのは、前なら気を遣わず逆にぐっすり眠ることができたのに今は何だか落ち着かない。
うとうとしかけても、すぐに目が冴えて、未だぽっかりと空いた隣を見て胸が騒ぐ。
結局マティアスが帰ってくるまでブランシュは眠ることができず、彼が無事にこの家へ帰ってきたことにひどく安堵するのだった。
「ブランシュ?」
彼が耳元で自分の名前を呼ぶ。ブランシュは起きていることを伝えたかったけれど、寝た振りをした。初日に遅くまで起きていたことを心配され、次からは早めに帰って来ると言われたからだ。
本音を言えばそうしてほしかったが、付き合いも大事である。自分の我儘だと言われるのは別に構わなかったが、マティアスは違うと反論するだろうし、そのせいで彼が悪く言われるのは嫌だった。
(それに……誰と会っていたの、って聞いてしまいそうだもの)
既婚者になったマティアスだが、女性からは未だに根強い人気がある。きっと踊ってほしいと頼まれたはずだ。想像するだけでモヤモヤする。
「おやすみ、ブランシュ……」
頬に柔らかな感触が当たる。ごそごそと寝床に入り、ほどなくして安らかな寝息が聴こえてくる。ブランシュは静かにそっと身を起し、マティアスの顔を覗き込んだ。
「マティアス……」
いけないと思いながらも、彼の唇にそっと口づけした。
「あなたが、好きなの……」
呻くような苦しげな声は、彼の耳には届かなかった。
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