記憶を失った悪女は、無理矢理結婚させた夫と離縁したい。

りつ

文字の大きさ
上 下
33 / 56

33、蜜月、みたいな*

しおりを挟む
 それから二人は互いを名前で呼ぶようになった。しかしブランシュの方はまだ躊躇いがどこかにあり、ぎこちない呼び方になって、結局「あなた」とか二人称で呼ぶ方へ逃げてしまうことがある。

 そうすると、マティアスからの仕置きがある。

「また、名前を呼んでくれませんでしたね」
「ぁっ、ちがっ、ゃんっ……」

 夜の寝台で、互いに裸になって、マティアスがブランシュを汲み敷いて、剛直を蜜壺に突き刺して、ぬちゃぬちゃと粘着質な音を立て、結合部からたくさん蜜を溢れさせながら、耳元で責めるように囁いてくる。

「何が、違うんですか」
「あんっ、ごめ、んっ、なさいっ、気をつけるからっ」

 耳朶を軽く噛まれ、彼女はびくんと腰を反らした。

「ブランシュは、本当に耳が弱いのですね。私のこれで突かれるより」
「ぅんんっ――」

 ぐぷっと音を立てて雄茎が引かれたかと思うと、また一気に奥まで挿入される。ブランシュは声にならない悲鳴を上げて、記憶を失ったことも、王女という身分も、何もかもすべて忘れて、マティアスが与える快感に溺れた。

 はぁ、はぁ、と乱れた呼吸で胸を大きく上下させて、蕩けた顔を晒すブランシュにマティアスが上から覗き込む。

「ブランシュ。気持ちがいいですか」
「ええ……とても……こわいくらい……」

 ブランシュの答えに満足したようにマティアスは額やこめかみに口づけし、唇へと重ねた。特に抵抗することなく、彼女は口を開いて、マティアスを招き入れる。互いに舌を絡ませ、その心地よさにうっとりと微笑んだ。

「マティアス……」

 彼の名前を呼ぶと、ブランシュの中にある彼のものが大きく、その存在を主張してくる。今おまえを支配しているのは自分だというように。

(そう。わたくしは、彼のもの……)

 望んでいた。彼にこうして抱かれることをずっと――

(違う)

 それは今のブランシュではない。呑み込まれそうになって、慌ててブランシュは自分を取り戻そうとする。

「ブランシュ。閨事の最中に考え事ですか」
「えっ? ……あっ、だめっ、いったばかりだから、うごかないでっ、あぁっん……」

 また抽挿を始められ、ブランシュはマティアスに翻弄される。仕置きをされる時は前戯が長く、こちらが泣いて頼むまで挿入してくれない。そして繋がったら、またそこから気の遠くなるほどしつこく、一度達してもねちっこく弄られる。

「はぁっ、マティアス、もう、わたくしっ……」
「ええ、何度でもいってください。何度でも、私が導いて差し上げます、からっ」
「ああぁっ――」

 ブランシュはもう、マティアスの身体以外では満足できないだろう。この男でなければ、自分は言葉にできないほどの心地よさを、頭が真っ白になるほどの悦楽を味わえない。

(わたくしは、もう……)

「はぁ、ブランシュ……ブランシュ……」

 気も狂いそうな声で呼ばれると、こちらまでおかしくなる。もう無理だと思いながらも、まだ彼を求めようとする。何度同じことの繰り返しでも、力尽きて果てても、尽きることのない欲望が湧き上がって応えてしまう。

 ブランシュはもう、マティアスのことしか考えられなかった。

 まるで蜜月かのように二人は体を重ね、一緒に過ごした。マティアスはいつも平然とした様子で接してきたが、ブランシュの方はなんだか落ち着かず、たまに彼がじっと自分を見ていることに気づくと、彼女の方がひどく動揺する有様であった。

「陛下から、そろそろ帰って来るよう手紙が届いたわ」

 王家の紋章が押された封を受け取り、マティアスも中へ目を通す。

「心身ともに健康になられたら、と書かれてあります」
「もう十分、なったでしょう」

 マティアスの何か言いたげな視線に、ブランシュは何か、と尋ねる。

「もう、異性と会っても、怖くはありませんか」
「……怖い、という気持ちはまだあるかもしれないけれど、会っても大丈夫よ」

 本当ですか、と彼は再度確かめてくる。何かあったらと、心配しているのだろう。ブランシュはしっかりと頷いた。

「わたくしは大丈夫よ、マティアス」

 いつまでもここに閉じ籠っているわけにはいくまい。

「あなたの妻として生きることを、陛下にもお伝えしなければなりません」
「……そうですね」

 少し、マティアスが寂しそうに見えたのでブランシュは不思議に思う。

「まだ帰りたくないの?」
「ええ。……正直、名残惜しく思います」
「あなたのことだから、家のことが気になって早く帰りたいと思っていたけれど……ひょっとして、仕事をするのが嫌になったとか?」

 真面目な人間だと思っていたが、休みをもらえて本当はそうじゃないとわかったのか。ブランシュが興味深そうに問えば、マティアスは何とも言えない表情をする。

「なぁに、その顔は」
「いいえ。貴女は興味がないことには、本当に鈍く、残酷な方なんだと思いまして」
「ええ?」

 どういうことだと尋ねても、マティアスは自分で考えてくださいと最後まで答えを教えてくれなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...