記憶を失った悪女は、無理矢理結婚させた夫と離縁したい。

りつ

文字の大きさ
上 下
29 / 56

29、浅ましさ*

しおりを挟む
「公爵?」
「わかりましたから、じっとしていてください」
「えっ、だから後はわたくしが……」
「少し緩めてからの方が外しやすいと思うので」

 マティアスはブランシュの言葉を聞かず、きつく通されていたリボンを指にひっかけ、少しずつ緩めていく。指先がブランシュの背中に当たるたび、彼女は小さく震え、ドレスが落ちないようぎゅっと上へ持ち上げていた。それに気づいたマティアスがまずドレスを脱ぐよう促す。

「でも、」

 ブランシュの躊躇いも、風邪をひくかもしれないという不安の前では無視された。彼女は恥ずかしさと寒さで震えながらドレスを脱ぎ、マティアスが暖炉のそばで乾かすために紐に吊るし始める。下着姿になったブランシュは心もとない気持ちで彼を見ていたが、彼が手を貸す前にコルセットを外さなければと思い出し、慌てて手を動かす。

 しかし寒さのためか、指先がかじかんで上手く動かない。

「こちらを向いて下さい」

 そうこうしている間に干し終えたマティアスがブランシュのもとへ戻ってくる。

「も、もういいわ」

 必要ないと背を向けても、腕を引かれ、強引に前を向かされる。ぽたぽたと濡れた前髪から覗く目に、彼女は心臓が大きく跳ねた。

「あ、あなたも濡れているわ。わたくしのことより、自分のことを優先してちょうだい」
「私は貴女より身体が丈夫です。それに殿下に風邪をひかせた方がよっぽど問題ですから大人しくなさってください」

 羞恥に駆られるブランシュの抗議をマティアスは淡々と論破し、重ね合わせていた留め具を一つずつ、慎重な手つきで外していく。それを見ているとブランシュの髪から滴がぽたぽたと落ちる。マティアスのきれいに手入れされた指先にも落ちて、濡らした。

「こうやって、外すんですね」

 初めて知った、というように彼は呟く。
 女性の下着を外す経験など、彼にはなかったということだろうか。

「知らなかったの」

 気になって、つい尋ねる。

「はい」
「うそよ」
「嘘じゃありません。貴女は私にいろんなことをさせたけれど、貴女と身体を繋げるのはいつも夜で、こんな面倒なものはつけていらっしゃらなかった」

 ブランシュはちょっと意外に思った。

「あなたに洋服を着させたり、しなかったの?」

 使用人の真似事だと言ってさせそうなものだが。

「貴女が眠ってしまうと、私はすぐに部屋を後にしましたから。たとえ朝まで一緒に眠るよう睡眠薬を盛られて、こんなことをするよう命じられても、寝た振りをして誤魔化したでしょうね」
「……そう」

 留め具がすべて外され、圧迫感からひどく解放された心地になる。けれどすぐにマティアスの視線を感じ、彼女は手で胸元を隠す。まだシュミーズを着ていたけれど白い二の腕が露わになって恥ずかしかった。

「あ、ありがとう。もういいから」

(早く毛布を体に巻きつけよう……)

 けれどマティアスの指はシュミーズの肩紐にも伸ばされる。

「え?」

 今日着ているシュミーズは絹でできており、ブランシュの身体はほっそりとしている。だからそのまま下へずらして脱ぐことも可能であるが、胸元を隠すために腕を折り曲げていたのでそうはならなかった。

 そのことにほっとしつつ、彼女はマティアスから距離を取ろうとした。でも、彼の顔が、目が、射貫くように自分を見つめていて、息を呑む。身体が固まる。石像に変えられてしまったかのように一歩も動けず、マティアスが胸に当てられた手をどかしても、何も言えなかった。

 二の腕をくくる肩紐が、ブランシュの柔らかく、細い腕を、白い肘を、ゆっくりと、くすぐるように落ちていく。それに連れて胸元が、きれいな形をした乳房が露わになり、寒さでツンと尖ったピンク色の蕾や、くびれのできた腰や縦長のへこんだ臍、平らな腹をマティアスの目に映させた。

(なんで、見ているの……)

 いっそ嫌味でも構わない。何でもいいから言ってくれればいいのに、一言も彼は発さず、突き刺すような鋭い視線で裸体になっていく自分を見ている。

(あ、やだ……)

 シュミーズは呆気なく、ブランシュの足元へ落ちた。

「今日はドロワーズを着ていないんですね」

 下着は履いている。でもそれはドロワーズよりずっと無防備なものだった。

「……寒くなかったから」

 でも今は履かなかったことを後悔している。ぴったりと下半身に張り付き、その形を鮮明に浮かび上がらせる薄い布地はなんて頼りないことか。

「下着はもういいから……」
「ではあとはストッキングだけですね」
「それも自分で脱ぐわ!」

 もう勘弁してというように叫んでも、マティアスはブランシュを毛布の敷かれた寝台の縁に座らせ、靴下を留めているクリップ部分に手をかける。パチンという音を響かせ、絹のストッキングを太股からじれったくなるほどの手つきで脱がしていく。

 雨で濡れたせいかぴたりと肌にくっついており、マティアスは布地の内側へ指を食いこませて剥がそうとする。それがくすぐったくて、ブランシュを変な気持ちにさせようとして、彼女は唇を噛んだ。

「ねぇ、もう、一人でやるわ……」

 耐え切れずもう片方の脚は自分でやろうとしたが、その手はやんわりとどけられ、やはり同じように彼に脱がされた。そうしてストッキングを吊るしていたガーターリングを外し終え、ようやく終わった、と彼女は解放された心地になる。

「あ、ありがとう。公爵。あなたも、ひゃっ」

 マティアスの指が何も身につけていないブランシュの脚を撫で上げたのだ。まさかマティアスがそんなことするとは思わず、彼女はただただ困惑した、信じられない顔で彼を見つめた。床に膝をついている彼は見上げるかたちでブランシュを見つめ返したが、何も言わず、きれいな曲線を描いたふくらはぎに顔を近づけ、なんと唇を押し当てた。

「なっ……」

 何しているの、と彼女は言葉を失う。彼は今、まるで壊れ物でも扱うようにブランシュの小さな足を掌に乗せ、折れそうな足首や膝の裏に口づけを繰り返す。雨で濡れた滴か、あるいはブランシュの汗で濡れた肌が、舌で舐められていく。

 普段気高く、男女の色事とはまるで無縁のようなマティアスが――今までブランシュに報復として奉仕させてきた彼が、今は自らブランシュに跪き、舌を這わせる姿に、ブランシュはカッとなった。

「やめて!」

 慌てて脚を引っ込めようとするも、マティアスは逆に股を開かせ、その間に自身の身体を滑り込ませた。そして今度はむっちりとした太股を掌全体で撫でて、感触を楽しむようにぎゅっと掴んだ。

「いやっ、やめて。公爵……!」
「どうして?」

 どうしてって……

「あ、汗をかいていて、汚いわ」
「なら、なおさら綺麗にしないといけません」

 言って、ちゅうと彼は白い肌に吸い付いた。

「んっ……!」

 ブランシュは思わず声が出そうになって慌てて両手で口元を押さえる。そんな彼女を時折下から見上げながらマティアスはなおも吸い付いてくる。脚の付け根に向かって赤い花が咲いていく。

「ぁっ、ぅ、やめ……もうやめて、公爵……んんっ」

 マティアスの髪の毛を掴んで引き剥がそうとするも、びくともしない。彼の吐く息がブランシュの肌を粟立たせ、燃えるように熱くさせた。そうしてクロッチ部分に鼻先を押し当てられたかと思えば、布越しにじゅっと吸われた。

「あんっ……」

 はしたない声を出してしまう。マティアスはもっと上げさせようと、夢中で舌を捻じ込もうとしたり、花びらを甘噛みする。直接ではないのに久しぶりの行為のせいか、ブランシュの身体は昂り、あっけなく達しようとする。

「ぁっ、ん、公爵、だめっ、もうっ、んぅ……!」

 声にならない悲鳴を上げ、ぶるぶるっと彼女は身体を震わせた。

「はぁ、はぁ……」

 涙を浮かべ、何が起こったかわからない顔をするブランシュを、マティアスが立ち上がり、見下ろしてくる。ショーツは薄っすらと染みを作っていた。

「あ……」

 下着の中へ手を滑り込ませ、薄い和毛をさっと撫で、人差し指でひっかくように秘裂をなぞられる。くちゅりとした音がたしかに鳴り、彼女はちがうと口にしていた。

「何が、違うんですか」

 蜜を垂らした花びらを押しつぶし、つぷりと中へ指を入れられる。ぴちゃぴちゃと鳴らされる音に反応するようにブランシュは声を漏らす。

「ぁ、だめ……んっ、もう、やめ、ぁんっ」

 込み上げてくる快感から逃れたい。受け入れてはだめだと、彼の腕に縋りつき、懇願する。尻をもじもじさせ、乳房を押し付ける姿はまるで自ら誘っているようにも見えるが、ブランシュ本人は気づかない。

「こうしゃく……はぁ、こうしゃく……おねがい。もう……っ」

 やめて、と掠れた声も、どこか甘く響いた。俯いていたブランシュの頬に手が添えられ、顔を上げさせられる。空色の瞳が冷たく自分を見ていた。

「私にこうされるのは、怖いですか」

 尋ねながらもくちゅくちゅと蜜壺をかき回す手は止まらない。はぁ、と甘い吐息を零しながら、ブランシュは目を潤ませて、首を振った。

「怖く、ないわ」

 あの日から、ブランシュは異性が怖かった。でもマティアスだけは怖くなかった。

「では、私にこんなことされるのが嫌なんですか」

 違う、と彼女は激しく首を振った。

「嫌じゃない……!」

 嫌なら、服を脱がされる時点で拒絶している。そもそも一緒に馬に乗ったりしない。こんなところに、一緒に来なかった。

「では――」
「あなたに触られると、もっとして欲しいって思うの」

 空色の瞳が大きく見開かれる。
 言ってはダメだと思った。言う資格なんて自分にはない。

「これ以上あなたに触れられたら、きっと前と同じになる。以前のブランシュに戻ってしまう。わたくしはあなたを好きになってしまう……!」

 だからもう触れないで。優しくしないで。微笑んだりしないで。

(あなたに愛して欲しいって、望んでしまう……)

 あんな酷いことをしておきながら、願ってしまう自分がいる。そんなこと、ブランシュ自身が一番許せなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...