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22、罪悪感

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「……従わないとおっしゃっても、国王の命令ですよ」
「今まで散々我儘だったのでしょう。なら、また同じようにするだけです」
「記憶を無くしているのに、本領発揮できるんですか」
「できるわよ」

 根拠もなくそう宣言した。マティアスは呆気にとられた様子であったが、やがて俯き、ブランシュの方へ腕を伸ばし、ぐいっと自身の方へ引き寄せた。思わず彼女が身を引こうとすれば、力が込められる。

「貴女が目覚めてから、私は自分がどうすればいいかわからない……」

 小さく呟かれた言葉に、ブランシュは胸を衝かれた。

「記憶を失っても、貴女は冷酷な性格のままだと思っていた。自分の叶えたいことだけを考えて、他者の気持ちなど一切顧みない……私のことなんて、今までのように弄ぶだけだと」

(マティアス……)

「今までの過去を忘れてしまったと聞いて、私のこれまでの苦しみは何だったのだろうと思いました。あれほど執着していた私への感情をあっさり手放して、今度は別の人間を手に入れようとする」

 以前激昂した時とは違う。静かに語られる口調は、よりブランシュの心を抉った。

「あなたには信じられないかもしれないけれど……今のわたくしはそんなこと、考えていないわ」

 何か、何か言わなくてはと、絞り出すように否定する。彼はあっさり認めた。

「ええ。だから、なおさら困惑しているんです。……いっそのこと、私が嫌いだから手放すとおっしゃってくれれば、私は貴女を憎み続けることができる。でも、そうでなければ……」

 その先は続けられなかったが、ブランシュには伝わった。わかって、胸が苦しくなった。

 ブランシュ自身も、ずっと不安に駆られていた。でもそれはマティアスも同じだった。いや、彼の方がずっと苦しんでいる。ブランシュに向けられていた憎しみや怒りが急に宙ぶらりんになってしまったから。ブランシュが悪い人ではなくなってしまったから、今までのことを許せと言われているようで、辛いのだ。

(優しい人、なんだわ……)

 本当は誰かを憎む性格なんてしていない。弱者を労わる優しい人間だとジョシュアは言っていた。そしてブランシュも、父親が亡くなった時のことから実感していた。

 そんな人を、自分が変えてしまった。

(なんて、取り返しのつかないことをしてしまったんだろう……)

「……ごめんなさい」

 ブランシュは消えてしまいたい思いに駆られながら、口にしていた。

「あなたをそんなふうに苦しませてしまって、奪って、傷つけてしまって、本当にごめんなさい」

 いっそ記憶を取り戻したい。それでマティアスが楽になるなら、憎むことで気が済むなら、ブランシュはもう一度死の淵を彷徨っても構わなかった。

「ごめんなさい、マティアス……」

 涙が頬を伝う。そんな自分が卑怯者に思える。

 彼女は乱暴に涙を拭い、彼に頭を下げるように俯いた。泣いても彼を困らせるだけ。苛立ちを募らせるだけ。だから必死で目を瞬いて、自分に泣く資格なんてないと歯を食いしばった。

「ブランシュ……」

 頬に手が添えられる。顔を上げさせられ、マティアスの顔が滲んで見える。彼は口を開いて何かを言いかけ……やめた。代わりに顔を近づけて、濡れた頬に唇に押し当て、涙を吸い取った。もう泣かないで、と慰められているように感じ、彼女はますます涙腺を緩ませた。

「口を開いて」

 目元に口づけされ、耳朶を指でなぞられる。優しい命令にブランシュは大人しく従いそうになったが、だめだとマティアスの胸元を押し返した。

「ブランシュ?」
「しばらく、一人にさせて……」

 これ以上、彼の優しさに甘えてはいけない。溺れて、有耶無耶になってしまう。それで苦しむのは結局マティアス自身だ。

 ブランシュの意図を汲んだのか、それともここで行為に及ぶのは礼儀に反すると冷静になったのか、わからないがマティアスは「わかりました」と腰を上げた。

「陛下に今日はもう失礼することを伝えて参ります。私が部屋を出たら、念のために鍵をおかけ下さい。いいですね?」

 こくりと頷く。マティアスはまだ何か言いたげであったが、すぐに戻りますと部屋を静かに退出した。ブランシュはぐすぐすと鼻を鳴らし、しっかりしろと頬を抓って、軽く叩いた。深呼吸を繰り返して、ようやく少し落ち着くと、改めてひどい自己嫌悪に陥る。

(泣いて許してもらおうなんて、なんて嫌な女なの)

 心の奥底に眠る、以前のブランシュがそうしているのだろうか。記憶を喪失しても、やはり自分は悪女なままなのか。

(そうかもしれない……)

 だって、マティアスのことを自分は少しずつ――

(だめ)

 そんなこと許されないとブランシュは自分の心に蓋をした。そうして彼に鍵をかけるよう言われたことを思い出し、気持ちを切り替えるように立ち上がった。ドアノブに手をかけようとした瞬間、取っ手が回る。もう戻ってきたのかと一歩下がれば、現れたのはフロックコートを着た、見知らぬ男性であった。

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