18 / 56
18、夫の立場
しおりを挟む
「まぁ……」
「あれって……」
「ほぉ……」
(覚悟はしていたけれど……)
案の定、会場中のすべての視線が自分に注がれているのではないかと思うほど、ブランシュは注目されていた。
ジョシュアに挨拶だけ述べて後はひっそり端の方で過ごそうと考えていたが、そうもいかず、にじり寄ってくる貴族たちに彼女は笑顔で挨拶しなければならなかった。
「ブランシュ様。もう体調の方はよろしいのですか」
「ええ、ご心配をおかけしましたわ」
「何事もなかったのなら、よかったです」
「本当に。ですが公爵と想いが通じてようやくご結婚が叶いましたのに、また病気の治療で王宮へお戻りになられて、気の毒でしたわね」
最後の夫人の言葉に、ブランシュは棘を感じた。同情しているようで、別の意味にも聴こえたのだ。
(どこまでそう思っているのかしら……)
それは目の前の彼女だけではなく、今周りにいる全員かもしれないけれど。
一応ブランシュは嫁いだばかりの公爵邸で体調を崩し、王宮で治療を受けていた、ということになっている。もちろん、狭い貴族社会。実はそうでないことをすでに彼らは知っているはずだ。
「公爵も奥方と屋敷で暮らせなくて、お寂しい思いをしたのではありませんこと?」
その女性はブランシュの隣にいるマティアスへ話を振る。彼はそうですね、と外向きの微笑を浮かべて答えた。
「本当? でも、あまりそうはお見えにはならないわ」
やけにしつこく絡んでくる。それとも以前からこんなふうに執着されていたのだろうか。だとしたらなんてこの世界は面倒なのだろう。王女が我儘になったのはこうした鬱憤を晴らすためかもしれない。
ブランシュが微笑みを崩さず、必死に口角を吊り上げてそんなことを考えていると、マティアスは先ほどとは違う、しんみりとした口調で答えた。
「陛下が亡くなる前に、親子で少しでも長く一緒にいられたのなら、かえってよかったのかもしれないと思ったのです」
亡き王のことを口に出され、夫人も口を噤む。ブランシュもマティアスの言葉を意外に思う。人前だからかもしれないが、彼がブランシュを悪く言うことはなかった。
いや、マティアスの表情を見ていると、本当にそう思ったからこそ言えた言葉な気がした。
(だとしたらなんてお人好し……)
夫人も同じように思ったのか、眉をひそめ、扇で口元を隠しながら話を終わらせようとした。そしてブランシュとすれ違う一瞬、吐き捨てるように言った。
「エレオノールから奪って、よくものうのうと幸せな顔をしていられるわね」
ブランシュは凍りついた。
『エレオノールが耐え切れず涙を流しても、貴女は嘲笑って、彼女の容姿を悪し様に罵った』
あの女性はブランシュと同じくらいの年齢に見えた。それはつまり、エレオノールと顔見知りで、仲が良かった可能性もある。……いや、きっとそうだ。
(出席する貴族の名前は一通り教えてもらったけれど……)
マティアスの方をちらりと見上げる。彼は辛そうな、切なげな表情で女性の後ろ姿を見ていた。まるで彼女が何に対して腹を立てているか、よくわかっているというように。
それでも彼は今ブランシュの夫であり、妻の立場を立てなければならない。それが結局は、あの夫人の評判を守ることにも繋がる。
(わたくし……)
「殿下。どうかなされましたか」
目が合って、彼女はとっさに俯いてしまう。夫人がエレオノールとどういう関係であったか、確かめる気にはなれなかった。
彼がどんな表情をしているのか怖くて、見たくなかった。優しい声を聴きたくなかった。笑みを浮かべていても、その目が突き刺すように自分を見ていたら――
「殿下? どこか具合でも、」
「これは、ブランシュ様。お久しぶりでございます」
マティアスの言葉を遮り、朗々とした声が響く。顔を上げれば、懐かしむように自分を見つめる青年と目が合った。
「あれって……」
「ほぉ……」
(覚悟はしていたけれど……)
案の定、会場中のすべての視線が自分に注がれているのではないかと思うほど、ブランシュは注目されていた。
ジョシュアに挨拶だけ述べて後はひっそり端の方で過ごそうと考えていたが、そうもいかず、にじり寄ってくる貴族たちに彼女は笑顔で挨拶しなければならなかった。
「ブランシュ様。もう体調の方はよろしいのですか」
「ええ、ご心配をおかけしましたわ」
「何事もなかったのなら、よかったです」
「本当に。ですが公爵と想いが通じてようやくご結婚が叶いましたのに、また病気の治療で王宮へお戻りになられて、気の毒でしたわね」
最後の夫人の言葉に、ブランシュは棘を感じた。同情しているようで、別の意味にも聴こえたのだ。
(どこまでそう思っているのかしら……)
それは目の前の彼女だけではなく、今周りにいる全員かもしれないけれど。
一応ブランシュは嫁いだばかりの公爵邸で体調を崩し、王宮で治療を受けていた、ということになっている。もちろん、狭い貴族社会。実はそうでないことをすでに彼らは知っているはずだ。
「公爵も奥方と屋敷で暮らせなくて、お寂しい思いをしたのではありませんこと?」
その女性はブランシュの隣にいるマティアスへ話を振る。彼はそうですね、と外向きの微笑を浮かべて答えた。
「本当? でも、あまりそうはお見えにはならないわ」
やけにしつこく絡んでくる。それとも以前からこんなふうに執着されていたのだろうか。だとしたらなんてこの世界は面倒なのだろう。王女が我儘になったのはこうした鬱憤を晴らすためかもしれない。
ブランシュが微笑みを崩さず、必死に口角を吊り上げてそんなことを考えていると、マティアスは先ほどとは違う、しんみりとした口調で答えた。
「陛下が亡くなる前に、親子で少しでも長く一緒にいられたのなら、かえってよかったのかもしれないと思ったのです」
亡き王のことを口に出され、夫人も口を噤む。ブランシュもマティアスの言葉を意外に思う。人前だからかもしれないが、彼がブランシュを悪く言うことはなかった。
いや、マティアスの表情を見ていると、本当にそう思ったからこそ言えた言葉な気がした。
(だとしたらなんてお人好し……)
夫人も同じように思ったのか、眉をひそめ、扇で口元を隠しながら話を終わらせようとした。そしてブランシュとすれ違う一瞬、吐き捨てるように言った。
「エレオノールから奪って、よくものうのうと幸せな顔をしていられるわね」
ブランシュは凍りついた。
『エレオノールが耐え切れず涙を流しても、貴女は嘲笑って、彼女の容姿を悪し様に罵った』
あの女性はブランシュと同じくらいの年齢に見えた。それはつまり、エレオノールと顔見知りで、仲が良かった可能性もある。……いや、きっとそうだ。
(出席する貴族の名前は一通り教えてもらったけれど……)
マティアスの方をちらりと見上げる。彼は辛そうな、切なげな表情で女性の後ろ姿を見ていた。まるで彼女が何に対して腹を立てているか、よくわかっているというように。
それでも彼は今ブランシュの夫であり、妻の立場を立てなければならない。それが結局は、あの夫人の評判を守ることにも繋がる。
(わたくし……)
「殿下。どうかなされましたか」
目が合って、彼女はとっさに俯いてしまう。夫人がエレオノールとどういう関係であったか、確かめる気にはなれなかった。
彼がどんな表情をしているのか怖くて、見たくなかった。優しい声を聴きたくなかった。笑みを浮かべていても、その目が突き刺すように自分を見ていたら――
「殿下? どこか具合でも、」
「これは、ブランシュ様。お久しぶりでございます」
マティアスの言葉を遮り、朗々とした声が響く。顔を上げれば、懐かしむように自分を見つめる青年と目が合った。
160
お気に入りに追加
4,280
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】記憶を失くした旦那さま
山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。
目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。
彼は愛しているのはリターナだと言った。
そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる