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18、夫の立場
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「まぁ……」
「あれって……」
「ほぉ……」
(覚悟はしていたけれど……)
案の定、会場中のすべての視線が自分に注がれているのではないかと思うほど、ブランシュは注目されていた。
ジョシュアに挨拶だけ述べて後はひっそり端の方で過ごそうと考えていたが、そうもいかず、にじり寄ってくる貴族たちに彼女は笑顔で挨拶しなければならなかった。
「ブランシュ様。もう体調の方はよろしいのですか」
「ええ、ご心配をおかけしましたわ」
「何事もなかったのなら、よかったです」
「本当に。ですが公爵と想いが通じてようやくご結婚が叶いましたのに、また病気の治療で王宮へお戻りになられて、気の毒でしたわね」
最後の夫人の言葉に、ブランシュは棘を感じた。同情しているようで、別の意味にも聴こえたのだ。
(どこまでそう思っているのかしら……)
それは目の前の彼女だけではなく、今周りにいる全員かもしれないけれど。
一応ブランシュは嫁いだばかりの公爵邸で体調を崩し、王宮で治療を受けていた、ということになっている。もちろん、狭い貴族社会。実はそうでないことをすでに彼らは知っているはずだ。
「公爵も奥方と屋敷で暮らせなくて、お寂しい思いをしたのではありませんこと?」
その女性はブランシュの隣にいるマティアスへ話を振る。彼はそうですね、と外向きの微笑を浮かべて答えた。
「本当? でも、あまりそうはお見えにはならないわ」
やけにしつこく絡んでくる。それとも以前からこんなふうに執着されていたのだろうか。だとしたらなんてこの世界は面倒なのだろう。王女が我儘になったのはこうした鬱憤を晴らすためかもしれない。
ブランシュが微笑みを崩さず、必死に口角を吊り上げてそんなことを考えていると、マティアスは先ほどとは違う、しんみりとした口調で答えた。
「陛下が亡くなる前に、親子で少しでも長く一緒にいられたのなら、かえってよかったのかもしれないと思ったのです」
亡き王のことを口に出され、夫人も口を噤む。ブランシュもマティアスの言葉を意外に思う。人前だからかもしれないが、彼がブランシュを悪く言うことはなかった。
いや、マティアスの表情を見ていると、本当にそう思ったからこそ言えた言葉な気がした。
(だとしたらなんてお人好し……)
夫人も同じように思ったのか、眉をひそめ、扇で口元を隠しながら話を終わらせようとした。そしてブランシュとすれ違う一瞬、吐き捨てるように言った。
「エレオノールから奪って、よくものうのうと幸せな顔をしていられるわね」
ブランシュは凍りついた。
『エレオノールが耐え切れず涙を流しても、貴女は嘲笑って、彼女の容姿を悪し様に罵った』
あの女性はブランシュと同じくらいの年齢に見えた。それはつまり、エレオノールと顔見知りで、仲が良かった可能性もある。……いや、きっとそうだ。
(出席する貴族の名前は一通り教えてもらったけれど……)
マティアスの方をちらりと見上げる。彼は辛そうな、切なげな表情で女性の後ろ姿を見ていた。まるで彼女が何に対して腹を立てているか、よくわかっているというように。
それでも彼は今ブランシュの夫であり、妻の立場を立てなければならない。それが結局は、あの夫人の評判を守ることにも繋がる。
(わたくし……)
「殿下。どうかなされましたか」
目が合って、彼女はとっさに俯いてしまう。夫人がエレオノールとどういう関係であったか、確かめる気にはなれなかった。
彼がどんな表情をしているのか怖くて、見たくなかった。優しい声を聴きたくなかった。笑みを浮かべていても、その目が突き刺すように自分を見ていたら――
「殿下? どこか具合でも、」
「これは、ブランシュ様。お久しぶりでございます」
マティアスの言葉を遮り、朗々とした声が響く。顔を上げれば、懐かしむように自分を見つめる青年と目が合った。
「あれって……」
「ほぉ……」
(覚悟はしていたけれど……)
案の定、会場中のすべての視線が自分に注がれているのではないかと思うほど、ブランシュは注目されていた。
ジョシュアに挨拶だけ述べて後はひっそり端の方で過ごそうと考えていたが、そうもいかず、にじり寄ってくる貴族たちに彼女は笑顔で挨拶しなければならなかった。
「ブランシュ様。もう体調の方はよろしいのですか」
「ええ、ご心配をおかけしましたわ」
「何事もなかったのなら、よかったです」
「本当に。ですが公爵と想いが通じてようやくご結婚が叶いましたのに、また病気の治療で王宮へお戻りになられて、気の毒でしたわね」
最後の夫人の言葉に、ブランシュは棘を感じた。同情しているようで、別の意味にも聴こえたのだ。
(どこまでそう思っているのかしら……)
それは目の前の彼女だけではなく、今周りにいる全員かもしれないけれど。
一応ブランシュは嫁いだばかりの公爵邸で体調を崩し、王宮で治療を受けていた、ということになっている。もちろん、狭い貴族社会。実はそうでないことをすでに彼らは知っているはずだ。
「公爵も奥方と屋敷で暮らせなくて、お寂しい思いをしたのではありませんこと?」
その女性はブランシュの隣にいるマティアスへ話を振る。彼はそうですね、と外向きの微笑を浮かべて答えた。
「本当? でも、あまりそうはお見えにはならないわ」
やけにしつこく絡んでくる。それとも以前からこんなふうに執着されていたのだろうか。だとしたらなんてこの世界は面倒なのだろう。王女が我儘になったのはこうした鬱憤を晴らすためかもしれない。
ブランシュが微笑みを崩さず、必死に口角を吊り上げてそんなことを考えていると、マティアスは先ほどとは違う、しんみりとした口調で答えた。
「陛下が亡くなる前に、親子で少しでも長く一緒にいられたのなら、かえってよかったのかもしれないと思ったのです」
亡き王のことを口に出され、夫人も口を噤む。ブランシュもマティアスの言葉を意外に思う。人前だからかもしれないが、彼がブランシュを悪く言うことはなかった。
いや、マティアスの表情を見ていると、本当にそう思ったからこそ言えた言葉な気がした。
(だとしたらなんてお人好し……)
夫人も同じように思ったのか、眉をひそめ、扇で口元を隠しながら話を終わらせようとした。そしてブランシュとすれ違う一瞬、吐き捨てるように言った。
「エレオノールから奪って、よくものうのうと幸せな顔をしていられるわね」
ブランシュは凍りついた。
『エレオノールが耐え切れず涙を流しても、貴女は嘲笑って、彼女の容姿を悪し様に罵った』
あの女性はブランシュと同じくらいの年齢に見えた。それはつまり、エレオノールと顔見知りで、仲が良かった可能性もある。……いや、きっとそうだ。
(出席する貴族の名前は一通り教えてもらったけれど……)
マティアスの方をちらりと見上げる。彼は辛そうな、切なげな表情で女性の後ろ姿を見ていた。まるで彼女が何に対して腹を立てているか、よくわかっているというように。
それでも彼は今ブランシュの夫であり、妻の立場を立てなければならない。それが結局は、あの夫人の評判を守ることにも繋がる。
(わたくし……)
「殿下。どうかなされましたか」
目が合って、彼女はとっさに俯いてしまう。夫人がエレオノールとどういう関係であったか、確かめる気にはなれなかった。
彼がどんな表情をしているのか怖くて、見たくなかった。優しい声を聴きたくなかった。笑みを浮かべていても、その目が突き刺すように自分を見ていたら――
「殿下? どこか具合でも、」
「これは、ブランシュ様。お久しぶりでございます」
マティアスの言葉を遮り、朗々とした声が響く。顔を上げれば、懐かしむように自分を見つめる青年と目が合った。
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