17 / 56
17、新たな国王
しおりを挟む
ブランシュの父親が亡くなったことで、次の王には当然息子のジョシュアが即位した。新しい国王は臣下たちの祝福を受け、その若さと美貌は民衆から素晴らしい治世を期待された。
「舞踏会、ですか……」
「そうだ。父が亡くなり、暗い雰囲気が漂っているからな。気持ちを新たにするためにも、大々的に執り行う予定だ」
年老いた王の死を悼むのは、ほんのわずかなひと時であったように思う。それでも王宮に残るわずかな憂いも、ジョシュアは取り除きたいと考えているらしい。あるいは、父の思い出を語り、これからは自分がその意思を受け継いでいく、という方向で進めたいのかもしれない。
「おまえも、今回は参加しなさい」
「わたくしも、ですか……?」
自分には関係ないことだと思っていたブランシュは戸惑ったようにジョシュアを見つめ返す。
「そうだ。おまえもすでに結婚した身とはいえ、父上の娘なのだから」
「でも、わたくしは……」
あまり参加したくない、と心の中で呟く。
国王が開催する舞踏会なのだから大勢の人間が参加するだろう。その中で自分の存在は否が応でも注目される。記憶を失ったことがどこまでの人間に知れ渡っているかは知らないが、自殺まがいの騒ぎやマティアスとの関係、そしてこれまでの王女の振る舞いについては、きっと何か言われる。
その中に飛び込んでいく勇気は、父を亡くしたばかりのブランシュにはなかった。
「今回は、欠席してはいけないでしょうか」
「……ブランシュ。これは上に立つ者としての、役目だ。きちんと出席しなさい」
命じられれば、彼女が逆らうことはできなかった。
「マティアスがそばについていてくれるだろうから、何かあったら彼を頼りなさい」
公爵の名を出され、ブランシュはよりいっそう気持ちが沈んだ。彼はあの晩、涙を流すブランシュを抱きしめ、一晩中そばに寄り添ってくれた。それからは無理に抱くことはせず、ただ昼間にだけ、様子を見るかのように部屋へ訪れる。
気を遣われている。
(あんなに酷いことをしたというのに……)
もう演技だとは、思わないのだろうか。いっそそう思って突き放してくれた方が、まだ楽なような気がして、けれど確かにあの夜彼に抱きしめられて救われたのも事実だったので、ひどく複雑な心中であった。
(せめてあまり迷惑をかけないよう、じっとしていましょう……)
以前は片時もマティアスを離さず自分のそばに控えさせ、ダンスも彼とばかり踊っていたことを聞かされたブランシュはそう誓うのだった。
舞踏会当日。相応しい正装をさせられて、その時点ですでにブランシュは疲れ果ててしまった。
「姫様。とてもよくお似合いですわ」
侍女たちがうっとりとブランシュを眺め、自分たちの出来栄えに惚れ惚れとしていた。
(知らない人みたい……)
鏡に映し出された女性は、あの肖像画の女性とよく似ていた。金色の中に赤みのある色が混じったストロベリーブロンドはうなじが見える形でまとめ上げられ、白い首筋と、頼りなさげな肩の線を露わにしていた。手足も長くて、腰回りもほっそりとしているが、胸元は豊かで、襟ぐりが深くても顔立ちのおかげで下品には見えず、儚げな雰囲気を醸し出していた。
(本当に、容姿だけはいいのね……)
中身は悪魔みたいな性格をしていたというのに。
「姫様。ルメール公爵がお見えですわ」
「え」
ブランシュは驚いた。てっきり会場でのエスコートだけだと思っていたから、わざわざ部屋にまで迎えに来るとは予想だにしていなかったのだ。
「ちょ、ちょっと待って。まだわたくし、心の準備が――」
主人の制止も遅く、マティアスが部屋へ入ってくる。彼はブランシュの姿を見ると、目を瞠って、黙り込んだ。
一方ブランシュも、公爵の正装姿に目を奪われた。もともと彼の見目の良さは日頃から顔を見るたびに認識してきたが、今日はいっそうその美貌を際立たせていた。
呆けたように互いを見つめていた二人だが、やがてマティアスがハッとしたように顔を逸らしたことで、一気に現実へと引き戻された気がした。
「準備は、よろしいでしょうか」
「え、ええ……」
まるで付き合い始めたばかりの恋人のようなぎこちなさを纏いながら、ブランシュたちは舞踏会が開かれる広間へと向かうのだった。
「舞踏会、ですか……」
「そうだ。父が亡くなり、暗い雰囲気が漂っているからな。気持ちを新たにするためにも、大々的に執り行う予定だ」
年老いた王の死を悼むのは、ほんのわずかなひと時であったように思う。それでも王宮に残るわずかな憂いも、ジョシュアは取り除きたいと考えているらしい。あるいは、父の思い出を語り、これからは自分がその意思を受け継いでいく、という方向で進めたいのかもしれない。
「おまえも、今回は参加しなさい」
「わたくしも、ですか……?」
自分には関係ないことだと思っていたブランシュは戸惑ったようにジョシュアを見つめ返す。
「そうだ。おまえもすでに結婚した身とはいえ、父上の娘なのだから」
「でも、わたくしは……」
あまり参加したくない、と心の中で呟く。
国王が開催する舞踏会なのだから大勢の人間が参加するだろう。その中で自分の存在は否が応でも注目される。記憶を失ったことがどこまでの人間に知れ渡っているかは知らないが、自殺まがいの騒ぎやマティアスとの関係、そしてこれまでの王女の振る舞いについては、きっと何か言われる。
その中に飛び込んでいく勇気は、父を亡くしたばかりのブランシュにはなかった。
「今回は、欠席してはいけないでしょうか」
「……ブランシュ。これは上に立つ者としての、役目だ。きちんと出席しなさい」
命じられれば、彼女が逆らうことはできなかった。
「マティアスがそばについていてくれるだろうから、何かあったら彼を頼りなさい」
公爵の名を出され、ブランシュはよりいっそう気持ちが沈んだ。彼はあの晩、涙を流すブランシュを抱きしめ、一晩中そばに寄り添ってくれた。それからは無理に抱くことはせず、ただ昼間にだけ、様子を見るかのように部屋へ訪れる。
気を遣われている。
(あんなに酷いことをしたというのに……)
もう演技だとは、思わないのだろうか。いっそそう思って突き放してくれた方が、まだ楽なような気がして、けれど確かにあの夜彼に抱きしめられて救われたのも事実だったので、ひどく複雑な心中であった。
(せめてあまり迷惑をかけないよう、じっとしていましょう……)
以前は片時もマティアスを離さず自分のそばに控えさせ、ダンスも彼とばかり踊っていたことを聞かされたブランシュはそう誓うのだった。
舞踏会当日。相応しい正装をさせられて、その時点ですでにブランシュは疲れ果ててしまった。
「姫様。とてもよくお似合いですわ」
侍女たちがうっとりとブランシュを眺め、自分たちの出来栄えに惚れ惚れとしていた。
(知らない人みたい……)
鏡に映し出された女性は、あの肖像画の女性とよく似ていた。金色の中に赤みのある色が混じったストロベリーブロンドはうなじが見える形でまとめ上げられ、白い首筋と、頼りなさげな肩の線を露わにしていた。手足も長くて、腰回りもほっそりとしているが、胸元は豊かで、襟ぐりが深くても顔立ちのおかげで下品には見えず、儚げな雰囲気を醸し出していた。
(本当に、容姿だけはいいのね……)
中身は悪魔みたいな性格をしていたというのに。
「姫様。ルメール公爵がお見えですわ」
「え」
ブランシュは驚いた。てっきり会場でのエスコートだけだと思っていたから、わざわざ部屋にまで迎えに来るとは予想だにしていなかったのだ。
「ちょ、ちょっと待って。まだわたくし、心の準備が――」
主人の制止も遅く、マティアスが部屋へ入ってくる。彼はブランシュの姿を見ると、目を瞠って、黙り込んだ。
一方ブランシュも、公爵の正装姿に目を奪われた。もともと彼の見目の良さは日頃から顔を見るたびに認識してきたが、今日はいっそうその美貌を際立たせていた。
呆けたように互いを見つめていた二人だが、やがてマティアスがハッとしたように顔を逸らしたことで、一気に現実へと引き戻された気がした。
「準備は、よろしいでしょうか」
「え、ええ……」
まるで付き合い始めたばかりの恋人のようなぎこちなさを纏いながら、ブランシュたちは舞踏会が開かれる広間へと向かうのだった。
145
お気に入りに追加
4,260
あなたにおすすめの小説
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
貴方の記憶が戻るまで
cyaru
恋愛
「君と結婚をしなくてはならなくなったのは人生最大の屈辱だ。私には恋人もいる。君を抱くことはない」
初夜、夫となったサミュエルにそう告げられたオフィーリア。
3年経ち、子が出来ていなければ離縁が出来る。
それを希望に間もなく2年半となる時、戦場でサミュエルが負傷したと連絡が入る。
大怪我を負ったサミュエルが目を覚ます‥‥喜んだ使用人達だが直ぐに落胆をした。
サミュエルは記憶を失っていたのだった。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※作者都合のご都合主義です。作者は外道なので気を付けてください(何に?‥いろいろ)
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる